カテゴリー「0.6 mile radius (半径 1 Km 圏内)」の17件の記事

2015年9月17日 (木)

九月になれば・・・

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今週になって日差しの角度が随分と緩くなってきた事に気が付いた。
それを教えてくれたのは、室内のだいぶ奥の方まで届くようになっていた屋根から差し込むトップライトの光だった。こんな光景は日々視界に入っているはずなのに、ある日突然それに気付くのは散髪に行かなければと思うタイミングと良く似ている。今年はあの嘘のような暑さが九月という月を待つことなく急速に失せてしまった。ようやく先週あたりから落ちついた平年並みという気温は、先月末のあの寒さとも感じ取れた涼しさが、いかに季節外れのおかしな気温だったかを教えてくれる。九月も半ばを過ぎて気がつけば蝉の声が消え、日中から虫の声が聞こえるようになっていた。

 

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僕だけかも知れないけれど、今頃の時期に湧き出てくるこのメランコリックな感情はいったい何だろうといつも考える。
もしこの国に天変地異でも起きて移住しなければならい必要性が出たのなら、僕は暑いのがけっこう苦手だし、日ごろから一度はオーロラと白夜体験はしてみたいと思っているので迷うことなく極地方を選ぶタイプ。おそらくこの感情の起りは秋の気配を感じるとスイッチが入ったように浮かんでくる夏のせいだろう。それを比喩的に表現すればガランとした広場を残し、荷物を纏めて去って行ったサーカスだと言える。そのサーカス小屋の中には、いったい何が詰まっていたのかとひとつ一つ思い返してみる。
入口に掛かる帆布生地のゴワゴワした幕の間から覗く天井に映し出されているのは、古い映画のように少し色が褪せた2015-夏。僕の好きな青空に涌く入道雲・早い夜明け&遅い日没・蝉の声・風鈴の音・強い日差しとひまわりに朝顔・ビアガーデン・蚊取り線香&プールの塩素消毒の匂い・打ち上げ花火・碧瑠璃色など。それは遠い子供の頃の記憶といまだに密接に繋がっていて、本能の赴くままに裸で過ごしていた開放的な夏に対し、季節が移り涼しくなるにつれてその本能が服と共に主知に包まれていくような感情(感覚)なのかも知れない。

春・夏・冬が来たとは言うけれど、秋が来たとはあまり聞かないし・・・”夏が終わった” で代用される事が多い。
きっと秋とはそんな季節なのだろう。

 

 

 


 フランク・シナトラ   ' セプテンバー ソング '     
( 1965 )
 
 
これからは一年の中で空気の清澄度がもっとも高い時期を迎え
高さを増してゆく空を見上げる事が多くなる季節がもうすぐ訪れる

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2014年1月 6日 (月)

天体と紙の月

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月は昔から好きな天体の一つ。
遠き少年時代の天文学を学習していた頃は、たとえ月を眺めても心に浮かぶものと言えば、月齢・距離・直径・質量・公転周期や海の干満の具合など数値的なものでしかなかった。けれどもそれ以降の長い歳月やさまざまな見聞は、そんな科学少年に月に対する全く別物の感覚を植え付けたようだ。

もう十数年程前からだろうか。
月を見るとそれまで条件反射的にうかんでいたものが浮かぶことはあまりなくなってきていて、いつしかそこには豊かな情景(抒情)が広がるようになっていた。それまでは単なる”観測”の対象でしかなかった無機質の天体が、日本人にとって花鳥風月に重要な意味をもつ”風流”というメンバーの一員だと知りようやく、昔人の”月を愛でる”という意味が理解できたのだろう。けれども僕はまだ月と言えば”観月”という、いわば月の出から天頂あたりの頃までしか楽しむすべは知らなかった。
何故ならば明け方とか明るい西の空に浮かぶ、空の青さにいまにも溶け入りそうなこのはかない月の表現や記述は、それまで見かけた事がなかったから。ましてや”紙の月”という表現を知らなかったし、その意味も含めて理解したのはそんなに遠い昔の事ではなかった。

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それは昨年、霜月の早朝だった。
いままでの見なれた、ただのブロンズ像が生気を得たように、いや・・・正確には一人の生身の女性のように輝きだした。ちょうど足をとめて西のそらに沈みかけた月を眺めていた時に、今まで真っ白に霜が付いていた裸婦のブロンズ像に陽があたりはじめ、さも彼女自身が檜の手桶で上がり湯を掛けて、濡れた洗い髪の水気をきっているかのように濡れてきた。腕・乳房・背中・腰のあたりを曲線を描くように滴る水滴の軌跡は、見ていて本当にハッとするほど美しかった。

この光景を見ながら心に浮かんできたのは二年前に桜吹雪の下で読んだ、谷崎潤一郎の陰影礼賛という本の事だった。
同書の恋愛及び色情の中で氏は、「東洋の婦人は、容態の美、骨格の美において西洋に劣るけれども、皮膚の美しさ、肌理(きめ)の細かさにおいては彼らにまさっている」  と前置きした後で、
「西洋の婦人の肉体は、色つやと云い、釣合いと云い、遠く眺める時は甚だ魅惑的であるけれども、近くよると、肌理が荒く、うぶ毛がぼうぼうと生えていたりして・・・」  と少しの不満をもらした後、氏はさらに呟く。
「つまり男の側から云うと、西洋の婦人は抱擁するよりも、より多く見るに適したものであり、東洋の婦人はその反対であると云える。
・・・・・・・・・・・これは畢竟、源氏物語の古えから徳川時代にいたるまでの習慣として、日本の男子は婦人の全身の姿を明るみでまざまざと眺める機会を与えられたことがなく、いつも蘭燈ほのぐらき閨のうちに、ほんの一部ばかりを手ざわりで愛撫したことから、自然に発達した結果であると考えられる」  と結び。
最後に日本女性の美も白日の光ではなくて、陰影の中でほの白く生きてくるのだと自信をもって述べている。
   

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僕にとっての日本女性の美しさとは。
氏の云うような肌の滑らかさや肌理のこまかさだとか、体を掴んだ時にぎゅっと引き締まった充実感とかの肉体的なことだけではなく、何よりもその心の肌理の細かさだと思う。そしてそれは白日の眩しい光の中で人を魅了する種類の美しさではなくて、たとえば・・・・・・
西の空に淡くうかぶ紙の月のように、ひっそりと僕の心に沁みこんでくる美しさのことだった。

 

Paper Moon     by   由紀さおり
  
 
 
物理的には腰かけた裸婦までは約38メートル、紙の月までは約38万キロメートル
この二つまでには約一千万倍の距離があるけれど
僕の感覚的にはあまり違わないのかも知れない

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2013年10月16日 (水)

日常の中で 偶然に出会う 非日常

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大人(オトナ)になってからぐっと少なくなってきたもの・・・、思い返してみるとまっさきに思い浮かんだのはいたずらだった。
子供の頃からそうとうのいたずら坊主だったとなにかの折に触れ、周囲の親戚はみな口を揃えて証言する。それを毎回記憶の中で照合してみれば確かに思い当たる節はあるのだけど、その時におよぼした被害の大きさを鑑みると思い出せないフリをするしかないのが実情だ。

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僕の幼少期、少年時代のいたずらはわりと物理的な事案が多く、クラスの悪ガキ達との複数犯で犯行に及んでいたものだ。
授業で使うチョークを水に漬けるか、糊で固めて書けなくしたり新聞紙を固く巻いて作る石炭ストーブの着火材に爆竹を忍ばせたりと、実に悪い事ばかり仕掛けていた。なかでも着火材に爆竹を仕込むアイディアは僕が考えたものだ。新聞紙が分厚くかつ固く巻かれているので、爆竹に火が及ぶのは随分と遅延されて授業時間の半ばの頃だった。ストーブはだいたい教壇の傍と決まっているから、とうぜんビックリするのは先生なのだ。
厚くかつ固く巻かれた新聞紙のタイマーによって、まるで完全犯罪化された一回だけの破裂音。もっと爆竹を増やそうという意見もあったけれど、スナイパーが一発目を外しても絶対に2発目の銃弾を放たないのと同じ理由で、偶然石炭がはじけた事にしなければならなかった。

ちょうど昨年の今頃、当時の恩師の先生が近くのコミュニティセンターで講演することを知り、午後の予定も考えずに電話を入れて無理やりアポを取りつけた。ここ数年は賀状のやり取りだけで会って話をする機会がなかったからだ。近くで昼メシを食べながら懐かしい話に花が咲き、あっという間に時間が過ぎる。”先生、たまに教え子に昼メシをおごらせるっていうのもいいもんでしょう?”と言うと”教師冥利に尽きるなぁ~”と何度も礼を言われて、地元の教え子で連絡をとってくれるのは僕だけだと喜ぶ顔に、ついまた白状しそびれてしまっていた。

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話が脱線して前置きが随分と長くなってしまった。
この視覚的ないたずらは最近思いついたことではなくて、2~3ヶ月前のニュースでスマホなどの端末を歩きながらとか、自転車に乗りながら操作していて事故に至るケースが急増していると聞いた時だった。けれどもなかなか試す時間とシュチュエーションがなくていたのだ。そしてこの絵を作っていたら僕のいたずらゴコロが再び目を覚ましてしまったようだ。


この絵を仕事場のクライアントの目に付く場所にさり気なくピン止めしておく、 (ごく一般的には仕掛けるという行為) 

(A) 興味のない人は全く見ない。
(B) 少し興味のある人はチラっとみる・・・で、その後の行動が実に面白かった。

   (B-01) チラッとだけ見て通りすぎてゆくひと
   (B-02) そのあとに2~3歩あるいてから、ン!と再び見返すひと
   (B-03) 目に入った瞬間から食い入るように見入るひと

                              そのレスポンスも、前朝ドラ風の表現で言えば(je×1)から(je×4)までの4段階だった。

○この絵をジョークだと気づいた人からは、次にどうしたらこんなことができるのかという質問を受ける。
○この絵をジョークだと思わない人からは、次にどこのメーカーの製品かと質問を受ける

                                                 どっちにしても、説明するには少し時間がかかるのだけど。

いたずらは物理的なものから、主に視覚・聴覚的なものに移行したようだ。けれども精神年齢的なレベルは昔とほとんど変わっていないらしい。中学校の同級生からよく、少年のような茶髪のオヤジだと揶揄されているけれど、そういえばカノジョはまだこの絵を見ていない。こんど来たらどこのメーカーの新製品だと騙してやろう?

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一番最近に僕が出会った日常の中の非日常というのは虹だった。
これを偶然見かけて不快な気分になる人は、おそらく世界中探してもいないに違いない。数年前の事だろうか突然の土砂降りで、近くの公共施設で雨宿をした時だった。雨が止んで素晴らしい虹が空に架かった時。それまでは全く見知らぬ者同士がおなじ虹を見上げて、つい無防備な笑顔を交わしてしまう・・・・・虹とはそんな力も持ち合わせているようだ。

 

 

 

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2012年9月20日 (木)

白無垢 といふ色彩 (一枚だけのポートレート)

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実は僕がこのカップ達と出会ったのは最近のことではない。
オーナーから初めて見せられた時には、この無地のカップ自体よりも淡いグラデーションのかかったソーサーの方に、”ほぉ~”と注意が向いてしまったのを覚えている。そんな事があってから目の前で何度か眺めていると、このデザイナーの意図はこのカップの無地という部分にあるのではないかと思い始めていた。きっとそれがソーサーであればなにも2色である必要はないのだから。
いまどきめずらしい、文様などの装飾すら施されていないシンプルこの上ないものなのだけれど、メタリックをほんの少しだけ含む、ホワイトパールのような質感のリフレクションを僕に返してくる。そんな深い趣のある釉がかけてあったりしていた事に気が付いたのは、それこそつい最近の事だった。

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いまだに理由は分からないけれど、このカップ達を見ながらいつも心に浮かんでいたのは、法服と白無垢の事だった。
裁判官の公平無私の象徴である、”どんな色にも染まらない”という法廷での気風を表した黒の法服。
それとは対照的な”あなたの色に染まります”という意図の花嫁の白無垢。
法服の黒に対してこれはたぶん、日本特有の”ゆかしい”というあたりの表現から派生した例えで、僕が常々日本女性の原点だと思ってやまない(信じている)部分だったりする。

自分という輝き(美しさ)を失うことなく、ソーサーの色にほんのり染まるこのカップは、僕の記憶に白無垢と大和撫子というtagを括りつけた。

実はマスターにも笑われたのだけど、これは実に3度目の正直の上に切り取れた絵だった。

   
  
   
   
   
   
   
  
   
  

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2012年2月 8日 (水)

昔より狭く見える通学路 (2/2)

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小学校の通学路をそれこそ何十年振りに久しぶりに歩いてみたときに、
ガリヴァーになって小人の国とまではいかなくても、まるで3/4スケールの世界に迷い込んだ気分になることがある。

いや、そんな筈はないのだが道幅も建物も全てが狭くちいさくなっているのでは・・・・・と。
その錯覚は軽自動車が通る事を想定されて作られたロケセットの中を、無理やり大型ダンプを通行させているようなものだ。校舎の建物やあの途方もなく広く感じたグランドなどは更にせまくて2/3程に感じてしまう。
そんな錯覚に対してよく説明される一説には、自分の身長が高くなって視点が変わりそう感じるというのを読んだ事があるが、僕にはそれだけの理由ではないような気がしてならない。
   

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途中にあった造り酒屋から学校に向かって歩道橋を渡り、少し先のT字路の角に小さな駄菓子屋があった。
     
   
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< 加トちゃんと定番たち >
山形県山形市

 

その駄菓子屋の筋向いには八百屋があって、そこが同級生の自宅だった。
学校からは近いし向かいは駄菓子屋だし、僕は彼が羨ましくて仕方なかったのをよく覚えている。

登校時間はその店のガラス戸の中身は一面の白い布カーテンだった。
きっとあのおばさんはまだ寝ているのかななんて考えながら、カーテンに描かれた大きな雨ジミが動物か何かに見えて、学校が終わったら早くおいでよと言っているように思えたものだ。

多くの駄菓子屋がそうであるように、展示するとか並べるとかからは遥かにかけ離れた、商品を上から吊るそうが、壁に掛けようがなんでもアリで、僅か一畳ほどのスペースに信じられない種類(数)の駄菓子がおいてあった。この時来駄菓子屋にしても、夜祭の出店にしても、この小さなスペースの”こちゃ、こちゃ感”を見ると反射的にワクワクするようになってしまったようだ。

あの頃好きだったのは、束ねたタコ糸の先に三角の飴が付いているやつだ。
一番大きい飴は舐めると言うよりも頬張るに近いほど大きくて、一度は自分に必ず当たると信じて回数を重ねたが、小学校時代に一等のタコ糸を引き当てる事はついにできなかった。粉末ジュースも水に溶かして飲むと言うよりは、そのままなめているのが僕らの流行りだった。今思えば不衛生極まりない話だが、学校帰りに手も洗わずに人差し指をなめて中につっこみ、指についた粉末をまたなめるというのを繰り返していた。誰が考えた訳でもなく、ふくろの説明を読んだわけでもなかったのに。今回見つけたふくろの後ろに書いてあった文字はこうだった。
”120ccの冷水に溶かしてお飲み下さるか、そのままお召し上がりください”



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< グラフティー Ⅰ >
書斎にて

   
   
串刺しカステラの懐かしいポソポソ感や、カルメ焼きのディープな甘さを楽しみながらウヰスキーを楽しんでいると、もうひとつの駄菓子屋の事を思い出した。その店は帰り道ふたたび造り酒屋を過ぎて、駅前をとおりまもなく大通りから僕の家の方に曲がる直前にあった。
そこは書店というか文房具店というか、雑貨店というかなんとも不思議な店だった。一番奥のまんなかにレジがあって、そこでいつも店番をしているおじいさんが、さっきのお面に確か似ていた気がするのだけれど。(チョビ髭はなかった)そのおじいさんの前に机があってその上にはさっきの駄菓子屋にはない、僕ら男の子にとって魅惑的なおもちゃが並んでいた。それらはベーゴマやメンコ、おもちゃのピストル(銀玉を使うやつと巻き火薬を使うやつ)やゴムで飛ばす組み立て飛行機などと、少し品揃えが違うお菓子だった。
   

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< グラフティー Ⅱ >
書斎にて

    
    
もともと甘味との相性が良いウヰスキーなのだが、駄菓子との取り合わせも悪くない。
僕はAlcの毒でかなりマヒした大脳皮質のその下で考えていた。もちろん何故狭く見えるかのことである。小学校高学年ならば身長は確かに現在の」4/3かもしれない。けれども膝を曲げてその当時の身長をまねたとしてもそんなに感覚的な変化はなかった。だとすればその違いは成長による物の見方(空間の認識)の変化ではないか。中学以降では物の見方も出来ているのか、あのような極端な錯覚に陥る事はあまりない事を思い出していた。 
 

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  酒はやめても酔いざめの水はやめられぬ (詠み人不詳)

    

   

  

  
 
 
 
 
 
 
         

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2012年1月 7日 (土)

昔より狭く見える通学路 (1/2)

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新酒の仕込みが最盛期を迎えるちょうど今頃、フト思いだす光景と匂いがある。
もうかなり昔の話になるが僕が小学生のころ、通学路の途中に造り酒屋があった。当時紅顔の美少年であった僕には、造り酒屋(又は日本酒)とは何かなど知る由もなかったのだが、不思議な光景と匂いだったのをよく覚えている。

それは通学路に面した壁に小さな窓が3つ程しかなく、子供心にまるで何かの要塞のように思えた大きな大きな建物だった。色は薄いベージュだったような記憶がある。そのシーズンのトップバッターは、その壁面から等間隔で5つ程突き出たダクトから多量に吐き出されていた湯気だった。それはもち米を蒸したような匂いで、それがなぜ判ったかと言えば僕は餅自体よりも、餅になる前の(つくまえの蒸した)もち米を食べるのが何よりも好きだったからだ。
そして1週間か10日もすぎると子供ごころながらに、その湯気の中にえも言われぬ馨しい匂いが混じりだし、日々その大気中におけるppm濃度が増してゆくのを感じていた。

僕はいつもその前を通る時には、なぜか歩くのが少し遅くなり集団登校の列に少し遅れをとってしまっていていた事もあったし、一番高濃度のダクトの前では少し立ち止まって匂いを堪能してしまい、なんどか班長に注意された。きっと大酒飲みだった父親のDNAが僕にも刻まれていたであろうというのは、これを思い出してもまちがいない。いま想えばたぶん、盛り塩に足を止める牛車のようでもあったと思っている。
その匂いこそが日本酒の発酵臭である事を知ったのは、自らどぶろくを仕込んでみた20年後の事だった。



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< 造り酒屋-Ⅱ >
山形県米沢市

  
  
初めて試すもの。
それは恐るおそる且つ慎重に物事を運ぶからなのかわからないけれども、今までの事を思い返してみても、案外成功する事例が多いような気がする。僕の場合どぶろくのときもそうだった。
簡単に言えば蒸した米と麹を混ぜて、定量の水と混ぜるだけなのだが、発酵が始まるとこれが実に感動ものなのだ。表面が盛り上がりフツフツと泡が立ちはじめると、遠い昔の通学路の記憶が甦る。毎日のいわゆる塩梅見で日々アルコール度数が上がっていくのが実感できるのだ。当時はもちろん違法なわけでその背徳感を感じながらも、この”微生物の研究”をもう少し重ねようと思って、次はいきなり一斗(10升)に挑みいきなり失敗。結構高かった一斗分の麹や酒造米もわずか三晩で酢に帰してしまった。

敗因はたぶん雑菌の繁殖が原因だ。器具やポリ桶のアルコール消毒が不十分だったというかそれしか考えれれないのだけれど。
何事も小さな勝利に奢らず、常に初心を以て事にあたらなければならないものだと教えられた出来事だった。
   

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当時造り酒屋とは知らなかったその工場が、駅前再開発都市計画道路の計画で、どぶろく密造の頃と前後して郊外に移転した。







     

    
  

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2011年7月 5日 (火)

魅かれる うつわ

 

連休に読んだJ.Tanizaki氏著の『inei_raisan』
僕にとってはよほど印象に残ってしまったのだろう、あれから翳というものをずいぶんと注意深く眺めるようになっていた。ほぼモノクロに近い翳の諧調は、墨を一滴コップに落としたような極々薄いものから、漆黒の直前の暗さまで、ものすごい幅があるものだと気が付いた。著のなかで
”明暗。暗は明るいの反対であるが、闇ではない” と述べているように、まさに闇の直前まで翳の諧調が続いているのだ。
   

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そんな事があって、僕の頭の中には『翳』というキーワードが出来ていたのかもしれない。
先の休日も”書斎”にてアイラモルトを片手に、絵の倉庫で探し物をしていた。いままで何度となく通り過ぎていた小さなサムネールの上でマウスが止り、次の瞬間はっと胸が騒ぐ事がある。クリックしてモニターに大きく映し出された絵を眺める。泥濘の中に小さな宝石を見つけだしたような、幸せな気分になるのはそんな時だ。
  
   

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< ワイルド・ストロベリー Ⅰ >
山形県米沢市

  
  
少し見やすいように翳と思しき部分をほんの少し強調して仕上げたが、実際にはもっと淡く繊細な紋様なのである。
この淡く描かれた翳がなければごく普通の華やかな皿なのだろうし、魅かれる事もなかったのだろう。人間というのは感情の動物と言われるだけあって、ものを見た印象はその時の気分で大きく左右されるのかもしれない。

楽しい時や、また誰かと過ごす時にこの皿は、華やいだ中にもけっしてそれらを邪魔しない薄い色合いで、大人らしい落ちつきのある悦びの時間を、演出してくれるのだろう。

華やかだけのうつわならば気分が滅入っている時や、寂しい時、悲しい時はあまり顔を合わせたくないものである。
でもこれならばそんな時も、ちゃんと付き合ってくれそうな気がした。この翳が気持ちを共有すべく語りかけてくるのは、そんな時に必要な落ちつきであったり・薄氷のような寂しさを分かち合ったり・それとなく遠い過去から持ち出された、寂寥のほのかなかをりもしそうな気がするのだった。


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< ワイルド・ストロベリー Ⅱ >
  
 
   
   
この絵皿とペアのカップも、持つ人だけに見えるように施された淡い翳という計算された美しさを持っていた。
注がれたコーヒーから最初は半分ほど顔を覗かせて、
存在をさりげなく伝えるこの演出もいいものだろう。

そんな演出と一緒に愉しむ、この皿にお誂え向きな一品は果たして何だろう・・・・・と考えていた。
   
   
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< ペアのカップ >

 
最近ペアのお客さんが増えたからだろうか、棚にはこんなカップが多くなったような気がする。”春色の会話”のカップもステキだったが、これも実に良い雰囲気だと思う。これを供されるお二人にはあまり関係ない事かも知れないのだけれど。
   
以前友人に、  こういう小品の切り撮り方はいわずもがな、遠目でみてもすぐ判る。   といったニュアンスの事を言われた事があった。
良いにしろ、悪いにしろ、個性とは大事なものである・・・・・・と嘯いてはみたものの
  
 
それらはいつも個性とは程遠い、単なる思いつきなのだった。

 

 

 

    

   

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2011年5月16日 (月)

 ひとあし早い 『涼』 

 

さくらも散ってまだ10日程だが新緑もすっかり色味を増し、ここ一両日は初夏を思わせる陽気となっていた。
   
うっすらと汗ばむような季節になって来ると欲しくなるのが、これからの定番である冷たい飲み物だ。まだホットでも悪くはない季節なのだが、ひとあし先に初夏の気分をあのgrassで味わってみたいのだった。
冬から気になるグラスがあった。マスターの話ではアイスコーヒー用のグラスなのだそうだが、ちょうど東京スカイツリーのように基部と上部の形状が違うのだ。グラスは丸いものという固定観念を持った人が手に取った時、錯覚かと目をしばたいてしまう人もいるというのも頷ける。

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< 魅かれるグラス >
山形県米沢市

   
   
   
このグラス、何故こんなカタチをしているのだろうか?と手に取りながら考えていた。少し理数系に偏ったマニアックな話となるが、上と下で長軸と短軸の比率の違う楕円形が90°の交差を作り、内側には山形の突起が作られている。それが捻じれずにまっすぐに延びているということは、幾何学的に考えても上部の山の間隔と下部の形状(間隔)をうまく調整しなければ不可能な事だった。たっぷりと手間のかかったデザイン的にも計算しつくされた美しい形の中に、造り手の意図を辿ってみるのだった。

眺めているだけでもいいのだが、以外にもこの造り手の真意(たぶん)は、何気なくマドラーでコーヒーをかき混ぜた時に耳から飛び込んできた。通常のグラスでは氷とグラス内面がぶつかる事があまり起きないので、お互い背中を向け合ってこすれるような少し鈍い音なのだが、これは違った。意図的に付けられたグラス内面の角と氷の角がキチンと共鳴して実に澄んだ涼しげな、まるで風鈴のような音色を奏でるのだ。
   
僕がそうだったように、初めてこのグラスに触れる人はきっとこんなリアクションを示すことだろう。
運ばれてきたグラスが円形でないことに気を留めるか、留めないかはその人なりとして、ミルクなりガムなりをそそぎ、何気なくマドラーを1~2回まわすとハタと手が止まるのだ。
そしてグラスをしげしげと見つめ、再び2~3回、そして反対まわりにまた2~3回。
そして口元には美しいものと出逢った時にだけ見せる笑みが浮かぶ事だろう。


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< 新緑の透過光 >

   
   
 
ひとあし早い涼、それは耳で愉しむ『涼』でもあった。
様々な角度からこの美しさをと味を堪能し、またマドラーを意味もなく2~3回廻してしてみたくなる。外の日差しに翳してみれば、新緑の透過光が氷との水色の中を通り抜けて美しいグラデーションも見え隠れするのだった。
豆は特に指定がなければ、深煎りのイタリアンブレンドを使うそうである。豆を変えれば水色と味覚も変わるわけで、グラデーションを眺めながら早くも次の豆はと考えていた。

      

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< 一服の涼 >

   
   
僕のアイスの愉しみ方は少し変わっているのかも知れない。
ホットは必ずブラック(プレーン)なのだが、アイスは最初にプレーンを一口愉しみ、次にミルクを半分だけ注いであまりかきまぜないまま一口、そして残りのミルクとガム半分いれてマドラーでかき混ぜるのである。
   
いつの間にか八十八夜から立夏も過ぎ、来月の芒種を過ぎるころまではまだ、梅雨の鬱陶しさもない。さらに新緑が日に日に色濃くなり気候的にも過ごしやすく爽やかな季節なのである。

   
   


< 放課後の音楽室 > を聴きながら

   

 

 

 

 

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2011年5月 8日 (日)

さ く ら の頃 ( 2/2 )

 

今年の春祭りは秋に延期となったこともあり、比較的静かな5月のスタートだった。
こんなにのんびりとさくらを眺めるのは何年振りだろうか。下の絵、山肌の紋様は市内屈指の高さを誇るスキー場である。標高は確か一番高い所で2,000m程あり、真冬の雪質は北海道のスキー場にも劣らないパウダースノーが堪能できるゲレンデである。地元の僕が言うのも少し憚られるが少しだけアクセスが不便で、シーズンインのまだ他のスキー場での滑走が出来ない時と、近隣のスキー場が閉鎖されてから連休後までが込み合うスキー場なのだ。
荒天時などは強風でリフトはしょっちゅう止まるし、(風に揺られながら乗ったまま動き出すのを待つしかないのだが)標高の高いぶんその寒さたるや、そこいらのスキー場の比ではないのである。しかしながら好天の日には、この山形県の一番南端このゲレンデから、一番北端の鳥海山や市内を眺めながら、一気に降りる全長3,000mの滑走は実に爽快なものだった。    
    

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< 春の原風景 Vol.2 >
山形県米沢市

  
この白い紋様は"白馬の騎士"とか"馬上の謙信"と呼ばれているもので、雪解けとともに現れて春祭りが近いことを教えてくれる。以前農作業の基準だとも聞いた事があるが、春を待ち焦がれるこの地方の人にとっては、それこそ春の原風景なのだろう。
そう言えば地元酒蔵のCMで、祭りの風景のあとこの白馬の騎士が画面に顔をだし、『人々はこの祭りで長かった冬を忘れる』と言う僕の好きなフレーズがあった。そして締めくくりには、『祭りに乾杯!』というのをちゃんと忘れていなかったものだった。そしてもう少し時間が経って、この紋様が見えなくなる頃には初夏の訪れである。

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この連休に読もうと思った本が3冊あった。
さくらの下、それもチラホラと花びらの舞い落ちる中で。アイラ・モルトをお伴に、やわらかな春の陽光の中で夢中で本を読んだ。それはずいぶん、いや近年体験することのなかった贅沢でのんびりとした時間だった。

その中で特に印象深い1冊の本と出会った。それは『inei_raisan』という『J.Tanizaki』氏の著書だった。昭和8年に書かれたこの本はタイトルに旧漢字が使われていたりして、少しとっつきにくい印象があるかもしれないのだけれど、光と翳を扱う職業の人は必ず手に取るという意味が読んでみると良く解る。

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< 於:さくらの木の下 >

    
読み進めていって思ったのが、氏のあくまでもディティールにこだわったものの捉え方である。それこそ漆器・醤油・漱石と食べた羊羹・蒔絵にいたるまでことこまかに記されていた。以前友人から僕の絵はすぐに判ると言われたことがある。話を聞いてみるとどうも切り取り方が普通とは少し違うらしく、先程の漆器~蒔絵など小品を切り撮るとそれが顕著に表れるらしいのだ。
確かに文字を追いながら僕は5、6度はうなずいてしまっていた。ひょっとすると僕の前世は氏の書生だったのかもしれないなと、舞い落ちる花びらを見て思っていた。

その著のなかで氏がいみじくも言いきっているように、『陰翳=日本の美のこころ』なのであり、それ自体が大和撫子とサムライが持っている日本の美に対する礎であるように想える。日本人ならは一度それについて考え、想い、そして一度はふれてみるのも大切なことのように思うのだ。日本人として生まれて、その根底にあった自分の感覚的ルーツを一度は覗いてみることで、持って生まれたの日本人としての自分の感覚、そしてその礎の上にある現在の自分の感覚の繋がりが少しは判るのかもしれない。
 

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さくら吹雪の中を歩いてみるというのは何年振りだろうか。
数ある花のなかでも、一番美しい散りかたをするのもさくらだと想ふ。すこし強めの春風に誘われて一斉に舞おちるはなびらを、さくら吹雪とは良くいったものである。

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< さくら吹雪の中で >

    
さくら吹雪ももちろん素敵なのだが、風のない時、はら、はらっ、と左右にふれながら自由落下する花びらも独特の美学を持っているものだと僕は思ふ。なぜならばそのタイミングは時の風に左右される訳でもなく、神のみぞ知る時間なのだ。そして花が散る時にはそこにはすでにちいさな新緑が芽生えていて、これからも続く季節を連想させてくれるのだ。そんな安心感がさらに見る人を酔わせるのではないだろうか。

  
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< '11 春の密かな楽しみ >

    
   

最後になってしまったが今回(5月)から、再びこのLOGの名称を変える事をさくらの木の下で考えていた。
 
囲炉裏端に始まり、光と影からこれで三度目なのだが、
理由はもちろん前出の本との出会いだった。
氏は薄暗さを空気の濃淡のような素晴らしい表現で捉えていた。
もちろん僕にはそんな能力は無いのだろうけれど
なんとなく薄暗さのディティールを知ってこそ、初めて光の諧調が解る気がしたのだった。

   

    

    

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2011年4月 1日 (金)

春色の会話

   

まちに待った一番好きな月の訪れだ。

今日はエイプリールフールなのだが、ここ久しく(たぶん20年程)この日に罪のない嘘をついた記憶がない。もうそんな齢ではないと言えばそれまでなのだが嘘が下手というか、とかくこの日に普段と違う事を言えば最後まで語ることなく、オチがばれていたものだった。
 

* at April Fool's Day *  

僕の前にある二つのカップは、柔らかな春の光の中で会話に夢中だった。
口元を寄せ合い囁き合うような静かな時間。
時折聞こえる『ウフッ』とか『クスクス』とかのちいさな笑い声から、話の楽しさが居合わせた僕にもよく伝わってきた。そんなふたりの会話に耳を澄ませてみる。

Delightfully_talk

<春色の会話>

  
マスターの洗い方がすこし手荒いとか、春分の日も過ぎだいぶ日が長くなったとか、二人をペアで指名してくれたカップルのお客さんが途中で口喧嘩を始めたとか、桜はいつごろ咲くのかとか、たまには紅茶なんかも注がれてみたいとか・・・
  
ふたりの会話は他愛もない無邪気なもので、それをこっそり盗み聞きしている僕にとっても実に微笑ましいものだった。

会話もだいぶ進んだ頃であろうか、話題は一緒に夜桜を見に行こうという話になっていた。
なんでもお店が閉店した後に、二人でこっそりと出かけるらしい。場所の選定でしばらくもめていたようだが、ようやく決まったようだ。そして日時はと言えば、月の見える7分咲きの日にお出かけのようである。

時々聞こえる笑い声の中、囁くような会話はしばらく楽しげに続いていた。
そこに居合わせて二番目に楽しかったのは、なんといっても僕自身だったのは言うまでもないことだった。


マスターには内緒にしてあげるから、見つからないように行っといで。
それとくれぐれも、ジョークの分からない人間達に見つかったりしないように、気をつけてゆっくりと楽しんでおいで。
それから明るくなる前にはちゃんと戻ってくるんだよ・・・
   

* at April Fool's Day *

    
   
ふたりの会話に聞き入っていた僕は、今日はどの豆を淹れる? というマスターの問いかけにふと我に返った。
    Book_01

< Favolit Cup vol.6>
山形県米沢市

   
このカップ、それもピンクの方に合う豆を・・・
とオーダーすると棚を一通り見て、浅炒りを示すピンクのラベル群で目がとまった。
その中から彼がチョイスしてくれたのは水色と後味がやわらかいドミニカ・アロヨポニートだった。

今回は春らしく淡い桜色、やわらかなモノクロームのなかで。
    Book_02

   
 
春色の会話には、美しいヴァイオリンの音色とこの曲のタイトルが良くマッチする。


< Thinking of You >を聴きながら

    
   

   

   

   

   

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