カテゴリー「color (色)」の31件の記事

2017年5月25日 (木)

初夏の色彩

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ゴールデンウィークも通り過ぎてしばらくすると、快適な湿度と気温を持った高気圧に長く覆われる季節がやってくる。
春の花はわりと暖色系が多いような気がするのだけど、この爽やかな空気の中で少しずつ寒色系の花が視界にはいるようになってきた。ラベンダーや紫陽花、それに菖蒲や花菖蒲はまだ咲き始めだけど、ちょうど満開の時期を迎えた花もある。それが新緑の里山でも遠目に気づくこの桐と藤の花。この地方での藤棚はうっかりしていると冬期間に雪で壊れるので、あまり見かける事は少ないという事情もある。けれども少し郊外へと足を運べば立木に巻きついて自生している藤の花をたくさん見ることができる。桐は自生しているものよりも農家の庭先植えてあるケースが多くて、どちらも僕にとっては季節が夏へと向かっていることを知らせてくれる好きな色。色の絵本にもひとえに藤色と言っても『青藤色』『薄藤色』『白藤色』などのバリエーションがある書いてあって、昔から日本女性が愛してきた伝統色なのだという事を知った。

 

上の絵は桐の木に藤蔓が巻きついているという、ありそうでなかった初めて見る組み合わせだった。
これを見ていて思ったのは桐にとってはどうにも歩が悪いだろうということだ。同じ時期に咲く藤の花はあまりにもポピュラーで、それと間違えられたり、あげくの果てに藤色などと言われたことも数多あったに違いない。それでも同時に見れば同じ色目の花でも桐と藤の違いを説明するのには好都合だ。上に向かって咲くのが桐で、下に向かって咲くが藤なのだと明確に説明できる。
この花たちをながめていて心に浮かんできたのは遠い昔の記憶だった。
それは僕がまだ紅顔の少年だった頃に、年の離れた従姉達と遊んでいた花札の事で、”こいこい”という遊びの中で出てくる役の名前だった。つい懐かしくなっていろいろと調べてみると、どうやらそれはあくまでローカルな役だったらしい。けれど子供心にも変な絵が描いてあると思っていた花札にこめられた、日本の花鳥風月を知ることができたのは実に嬉しい事だった。
   
当時は疑問すら浮かばなかった事が、どうもこの歳になるといろいろと引っかかってしまう。
それは藤が四月で桐が十二月の札だということなのだ。いろいろとリンクを回ってみると、どうやらこの国では藤よりも桐の方が遥かに格上の扱いがされてきた事を知った。桐は菊と並んで皇室の印であったり、戦国時代の天皇はその印を武将たちに下賜したりもしたらしい。その一人であった豊臣秀吉はそれを家紋にしていたり、気をつけて見てみると事実上日本政府のマークになっていて、パスポートや公式会見の演台にはちゃんと桐が入っている。十二月の札である桐は何故か三枚がカスで、最後の五光に不思議な鳥が描かれていたのはずっと記憶に残っていた。
それこそが伝説の霊鳥である鳳凰だった事を初めて知るきっかけとなった、2017-初夏の色彩だった。
 僕の仕事場の前にある河川敷にはニセアカシアの林があって、木々の間にチラホラと卯の花色の小さな房が見え始めた。
あと十日もすれば芒種をむかえる。
その頃には甘いかをりの中での散歩を愉しめるだろう。

 

 

嗚呼。
     いままでも、これからも”猪鹿蝶”と関わりのないご諸兄方、ごめんなさい。

 

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先週末から週明けにかけて各地とも五月としては記録的な暑さだったようだ。
僕の所ではまだ真夏日で済んだけれど、峠を越えた隣街では猛暑日を記録したとニュースで言っていた。そんな日が続いたかと思えば今朝の最低気温は平年並みの16℃だったりする。
まるで八百万の神様たちの中に、「来年酉年の連休明けは清々しい初夏の間に真夏を挟み込んでみるのはどうだろう」と神無月の例会で斬新なアイディアを出した若い神様がいて、うん、それもおもしろいだろうとなんとなく決議されたような具合だ。
 
近頃は「例年なみ」という言葉が通用しないほど、雨の降り方や気候が変わってきている。
昨年のような大きな気象変動が今年のリストには載っていない事を願うばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

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2016年12月 1日 (木)

春待月 廿日間のカウントダウン

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今年の冬は少し様子が違うようでいまだ積雪のない暗い朝が続いている。
いままで何度か雪は舞ったのだけどまだ積雪にまでは至っていないし、周囲の山々すらもうっすらと白い程度なのだ。なのに関東圏では半世紀ぶりの11月の積雪に見舞われたりなどしているけれど、これも温暖化の一環なのだという事をニュースで言っていた。
ここ最近の暗い朝。
秋口まであれ程いろんな事が出来た、朝活という僕の自由時間もすっかりと影を潜めてしまった。平年ならば今頃は積雪もあって雪明りの仄かな明るさがあるのだけど、今は夜中も漆黒の闇が広がるばかりなのだ。そんな中でいま一番心待ちにしているのはもちろん冬至。僕はクリスチャンではないから、いまとなっては単に飲食会の理由となってしまっているクリスマスよりも、ずっとカウントダウンのし甲斐のある日なのかも知れない。
春待月。
これは12月の異名で僕の会話の中では師走よりも登場回数がずっと多い。先日クライアントとの会話の中で、これから雪の降り積もる冬が来るのが嫌だと言っていた人がいた。そんな彼女に言ったのは、冬が来なければ春は絶対に来ないのだから、サッサと終わらせもらうのがイチバンだし、なによりも12月は春待月だから冬至を過ぎれば一足先に光の春が始まるのだと。そしてその人はすごく前向きな考え方だと笑顔になってくれた。

 

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先日の事、PCの絵の倉庫で目が留まったこのスナップ。
記憶をたどりながら慎重に現像をしてみると浮かび上がってきたのは美しい落葉と、つい先日の非日常の旅から戻った自分の事だった。
この公園は仕事場のすぐ近くで目と鼻の先にはコンビニもあり、日差しが暖かなシーズン中は必ず2~3回はこのベンチで昼メシを食べていた。けれど今年は何か忙しい訳でもなかったけれどこの公園の事は考えもしなかった。だからこの絵を切り取った時もベンチで昼メシを食べるなんて思いつくこともなかった自分に、改めてビックリしてしまった。

 

 

秋はすべての葉が花となる
 
二番目の春である
アルベール・カミュ          .           

 


Bill Evans-My Foolish Heart

 

 

 

 

 

 

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2016年9月 8日 (木)

明治のかをり

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この瀟洒な洋館は湖畔沿いの国道から、つづら折りの細い坂を辿った森の中に建っていた。
運転免許を手にした若き頃からすでに数十回はこの湖を訪れているし、この建物の存在もだいぶ昔から知っていた。なのに今までこの門をくぐる事がなかったのは、いったい何故なのだろうと二階の御居間から庭を眺めながら考えてみた。
どうやらその答えは自分の移動ルート選択上のクセに起因しているようだった。僕は元来往路と復路は同じ道を通るのは好きではないし、この湖岸の外周道路も交通量が多い国道よりも、水際を渡る風をより近くに感じられる一般県道を選んでいた。北にある僕の街からこの湖面に来るには南下の後に東ルートと、西ルートの選択があって数十キロにおよぶ湖畔外周路にはこのどちらにも属さない、数キロに渡るこの空白路が存在していた。

 

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この館の主は今から100年以上も前の明治時代の皇族で、いまから34年前に重文に指定されたものだ。
建物が建築された理由は僕も非常に同感するところで、なんでも東北地方の旅行中この地に立ち寄った殿下がこの風光の美しさに魅了されて、この別邸を設けたと記されていた。
誰が設計に関わったのかは知る由もないけれど、標高500mを超えるこの寒冷地に当時日本でもあまりポピュラーではなかった、マントルピースを選択したのは素晴らし発想だ。洋間はマントルピースの存在ひとつでガラリと表情を変えることをもちろん彼は知っていたのだろう。また廊下や階段の踊り場までそれは設置されていて、この地の寒さに対する客人への十分なもてなしだったこともうかがえる。
天井やシャンデリア、またマントルピースにも花や植物などがモチーフされており、当時のゴルフクラブやビリヤード台の装飾を見ても、これはヨーロッパ留学の時にきっと本場のアール・デコに触れてきた、殿下目利きの品に違いないと思ってしまった。
そんな中でご婦人同行ならば是非にという気の利いたサービスがあった。
一つは明治時代のドレスの試着、もう一つは上の食堂で楽しむ季節の紅茶とスィーツだ。
どちらも試した訳ではないけれど、明治のかをりを堪能するという意味ではきっと良い思い出になることだろう。

 

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人もこの建物のように齢を重ねてくると”忘れられないもの”が何かと増えてくる。
それらを大別すると一つは身近で常に何かしらの意識があるもので、例えばクローゼットの中でいつも目に付く古着のようなもの。そしてもう一つは物置の中に忘れ去られたように埋もれている大きなトランクのようなもの。そこには全部の中身すら言い当てられないような雑多なものがぎゅうぎゅうにつまっている。
齢を重ねると言っても僕はまだこの館の半分程度の若造だけど、普段の煩雑な日常生活の中ではそんなトランクの存在すら忘れているのに、何かの拍子に心にある事が浮かんだりきっとそれに近い連想があった時には、パンドラの箱のようなものではないので時折ふたを開けてみたりする事がある。
その中からゴソゴソと出てくるのはぶ厚い束になった古い記憶の数々なのだ。
一つの束は忘れられない音楽であったり、また別の束は映画の1シーンだったりするし、そのまたとなりの束は僕自身にとっての忘れられない人々だったりする。
音楽や映画はネットが当たり前となった現代では、もう一度再会したいと思えばかなり容易に実現できるのに比べると、”人”という場合にはそうは簡単にはいかない。なぜならばその束に入っている人たちの大部分はもうこの世に存在していなかったり、たとえ何処かで元気にしていても、様々な仕事関係や交友関係も途絶えてしまって、もうたぶん会う事はないだろうと思われる人たちだった。

 

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そのなかでも一番ボリュームがあって大切なものは、自分で目にした”風景(光景・シーン)”という記憶の束だ。
それはブログのようにカテゴリ別には分類されている訳ではなくて、5~10年区切りの大まかな年代とそれとは別に様々な印象を記したタグが付いている。それは外部からの検索にヒットする心配ないので、僕しか知り得ないその時の感情などを憚らないで織り込んだ結構大胆なものだったりする。
 
 
 
館で見上げた、いつの間にか高さを増した空をトンボが横切り
中庭からは虫の声
街に戻ればいつの間にかコンビニに並ぶおでん。
 
もうすぐウヰスキー片手にその倉庫を彷徨いたくなる季節がまたやってくる。

 

 
先週、知人がノラ・ジョーンズの”Don't Know Why”のアドレスを送ってくれた。
ここ3ヵ月程はいろいろと用事が重なって、ゆっくりと音楽を聴きながら流れる風景を愉しむ余裕のなかった僕の心に、それはゆっくりと浸み込んでくる歌声だった。幸い相棒に積んであるSDカードにはカノジョのアルバムが2枚が入っていて、久しぶりの青い空の下125哩の散歩は実に楽しいものだった。
 

1stアルバム”Come Away With Me”より
Feelin' the same way
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2016年4月 1日 (金)

今日だけの話

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バッカス(酒の神)は、ネプチューン(海の神)よりも 多くの者たちを溺死させた
 ローマの諺   . 
 

 

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<1/6>

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2016年1月 8日 (金)

ふゆ 来たりなば・・・

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種類や品目は人それぞれだけど、それを食べただけで季節を感じとる事の出来る食材は、誰しも一つや二つは持っているもの。
僕の場合はともに野菜で、一つ目はここの温泉熱を利用した室で育てられた豆もやし。独特の卵色の葉(豆)とスラリと伸びた白味がかった花葉色の茎を持つ。二つ目は上杉鷹山公が推奨したと言われている雪菜という伝統野菜だ。確か正宗の膝元である仙台にも雪菜はあったけれど、この土地のものは雪の中で成長させるので茎や葉が緑のものではない。茎はこの豆もやしよりもさらに白い卯の花色で、葉の部分は雪の中で遠くの春を夢見ていたような萌木色のグラデーションが美しい。この二つとも冬の三か月程の間だけ食べる事が叶うこの地方のふゆの味覚。豆もやしは生産量が限られている上に観光土産や、冬の贈答用に供されるので売り切れていることも度々だけど。
   

このノスタルジックな店は街の奥座敷と呼ばれる温泉街にあって、市街地よりも三割程多い積雪があるのが普通の光景。けれど今年は店の前に広がっているは一面の冬枯れた川原の景色だった。雪の降らない地域にお住まいのご諸兄方にはごく普通の光景かも知れないけれど、雪国住まいの僕にとっては時期的にもすごく珍しい光景だったりするもの。
普段見慣れた光景(場所)で花見と並ぶ江戸風情である枯れ野見を愉しんでいて気がついたのはその繊細な色彩だった。
目立たないけれどしっとりとした品があって陽の光が射せば華やかさすら感じる。色の名前は分らないけれど、それぞれの組み合わせにそこからハッとするような広がりを感じたりもしていたものだ。
そんな時に何の前ぶれもなくて全くの偶然に手元に届いたのが、『日本の伝統色を愉しむ』というタイトルの素晴らしい”色の絵本”だった。
中でもあっ!と思ったのが本の袴に書かれていた”日本には微妙に違う色合いを見分ける感性と色を表現する美しい言葉がある”というくだりだった。
これをいろいろと繙いていくと、昔はわび・さびの境地として枯れ野の美が歌に詠まれていたことを知った。そしていままであまり経験のなかった身近な枯れ野に身を置いてみて感じたことは、時おり風の中に混じるのはむかし雪に閉ざされた牧場で嗅いだ記憶のある干し草の匂いだったり、何もないからこそ潔くて美しい、かえって温もりを感じたりもするその色彩の諧調に気がついたこと。
  

朽葉というのは確か冬の季語だったはずだけど、それが色の名前になっているたというのはこれも絵本で初めて知ったこと。
平安の貴族も愛した冬枯れの基本色である朽葉色。その絵本に載っているだけでも朽葉・黄朽葉・赤朽葉・青朽葉の四色だけど、そこから派生した朽葉四十八色と言われるほど存在していたことは、昔人の色の感性の素晴らしさに感心するばかりだ。

 

  
こんな思ってもみなかった愉しみを教えてくれた今年の枯れ野の景色。
秋も終わりになって、皆がこれからいよいよふゆが来るのだとため息をつき始めると、僕はそんな人たちにこう言っていた。”季節には順序というものがあって冬を飛び越して春という訳にはいかないのだから、冬にはなるべく早くちゃっちゃと終わらしてもらうしかないの”と。そんな事を言うと相槌をうちながら、少し笑顔になってくれたものだった。
今年の正月は視界にほとんど雪のない三が日を過ごした。
あれから五日が経って少しは白くなったけど気温が高くて、また視界から消えてしまった。僕の拙い記憶では二十年程前にもこんな正月があったような気がするのだけど、ここはれっきとした雪国。しかも二~三年に一度は累計積雪量が10mを平気で越えてしまう程の豪雪地帯という地域性から、冬は雪そのものを生業にしている人も大勢いる訳で、もうすぐ一月も半ばなのだから足元が良いと喜んでばかりもいられない。
雪国でいう本当のふゆという季節はまだ始まったばかりのようだ。経済や雪が積もるという前提の上で成り立つ夏場の水の面から考えると、枯れ野の上に早く白いくて分厚い布団が掛けられる事を願って止まない。

 

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先月、巴里で開かれたCOP二十一関連のドキュメンタリーを偶然に目にした。
体育館のようなとてつもない広い部屋にぎっしりと並んだスーパーコンピュータが映し出され、これから起こるであろう気象変動について、その計算結果を図表と共に解説していた。本州(東北)では林檎が採れなくなってくるとか、関東圏では桜の花が咲かなくなってミカンの産地になるとかで、思わず椅子に掛けて見入ってしまった。台風などの災害に至っては、上陸ルートは今よりもずっと東に移動して東海・関東地方になるとか、台風の発生件数は少なくなるけれどその殆どがスーパー台風になるとも言っていた。そして最近よく言われるようになってきた『かつて経験したことのない・・・・』を頻繁に経験することになるだろうという恐ろしい事を言っていた。
僕がこの星に居るあと少しの時間ではそこまで大変な事にならないにしても、次の世代・またその次の世代と続いていくのだし、どうやらこれは前出の会議同様に自国や目先の事だけではなく、この星全体を運命を共にする一つの宇宙船として一人ひとりが考えなければならない問題のようだ。
   

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2015年8月31日 (月)

癖 と 習慣 のこと

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面白いもので他人の癖というものは見ていてけっこうわかるものだけど、当の本人はなかなか気づいていないケースが多い。
それは全くの無意識のうちに行っているぐらい自分にとってはごく自然で馴染み深いものだけれど、周囲の人たちから見ればチョット気になるものでもあるらしい。最近の僕といえば、ウン・・ウン・・と頷きを多くする時には人の話を聞いていないという指摘をされた事があった。いつも会話の中では自称:うなずきベタだとと思っているので、それは大いに思い当たるところだったりする。僕は使わないけれど誰かの会話でときどき聞こえてくる、”へぇ~”とか”なるほどぉ~”とかと同じ事だったのかも知れない。

 

また親しい人との間ではその癖というか個性自体が、生態認証のようなもので妙に安心する時がある。
僕の友人にメシの時でも呑んでいる時でも、目の前の器をキチンと並べておかないと気が済まないヤツがいる。もちろんそれが顕著に表れるのは居酒屋などで小鉢が多い時。店員が空いた器をひょいと下げて、次の小鉢を彼の庭園とも呼べるエリアの外側に無造作に置いてゆく。僕は彼が次に行う動作を知っているから話を暫しの間ポーズボタンで止めて、彼の行う見事な箱庭庭園の再編成を鑑賞するのがわりと楽しかったりする。癖というものに理由などあろうはずもなく、ダメ押しでむかし本人にさり気なく訊いてみた事があったけど、なんとなく気になるからの一言で終わってしまった。不思議なのは普段の彼はそんなに几帳面な方ではなく、僕の知る限りこれが表れるのは趣味の世界とメシの時だけのこと。年月が経ち彼の目の前の器が無造作に並ぶようになったら、淋しく思うのはきっと僕の方だろう。

 

以前気づいたのだけど癖というものも嗜好と同じように、年月とともに変化するもののようだ。
僕が随分昔にやっていた食べ物のにおいを嗅ぐこと。今はもうすることはないけれど、次男がそれをやっているのを見て妙な懐かしさを覚えた。もちろん止めるように注意したけれど、たぶんその時期が来なければやめる事はないだろう。
癖は遺伝はしないというけれど、僕は母親と全く同じ食事の摂り方の癖というか習慣がある。
それは汁物を一番最後に食べるという他人からみれば実に奇妙なこと。オフィシャルなシーンや人目がある時はバランス良く食べるのだけど、そうでない時は味噌汁やスープは一番最後の仕上げにという順番になってしまう。そうそう子供の頃の給食もそうだった。はじめにパンだけ食べて最後に牛乳でシメるというパターン。周囲からよく水物なしでパンが食べられるなぁ~とよく関心されたものだ。

 

 

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そんな僕も気づいているけれど、もう30年程もなかなかやめられない癖が三つある。
一つ目はわりとノーマルにしても、二つ目と三つ目は子供の指しゃぶりと唐突的な行動のようなもので僕の歳からすれば、おそらく奇癖という範疇に入ることだと思っている。
   

一つ目は、考え事などをする時で、左手でグーを作り親指と人差し指で出来た穴とキッスをしたり息を吹き込んだりすること。

二つ目は、半袖の時期にクルマを転がしている時に起こる密か事。
こんなふうに書いてしまうとなんだか女性週刊誌や三面記事のようだけど、単調な道のりが続くと出てくるもの。それは右手首から15cm程の前腕にある長い体毛を、唇で挟んで軽く引っ張ったりすること。これがことのほか両者(唇と体毛)にとって気持ちが良かったりする。これはきっと子供の自己接触行動のようなものと同じレベルの事なのだろう。距離が延びてくる程に濃厚さを増してくる”それ”は、誰もいない車内という密室で繰り返される密かな情事といっていいだろう。

三つ目は、ところ構わず窓から外を覘くこと。
この件に関しては、なぜだか一階の窓にはあまり興味を示すことはなくて、高い建物ほど顕著に表れる。初めての店やオフィスビルなどでも、いきなり窓に寄っていって外を眺めたりしてしまう。そしていつも変な人だと思われただろうなと後悔するのだ。

 

一般的に癖という字に添えらる二つの数字の意味を知ったのはそんなに昔のことではない。
単純に七癖とは数的な意味よりも、人はみな必ずなにかしらの癖を持っているという事らしいし、四十八癖とはそれを数多持ち合わせている人という意味合いのようだ。

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2014年11月 8日 (土)

Nostalgia (2/3)

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なぜだか夕暮れ時は子供の頃の記憶がフト蘇ってきたりする。
今の時期は日が短いので学校が引けてからのほんの1~2時間の事だっただろうけれど、それはものすごく充実した時間だった記憶がある。いつの間にか気の早い星はまたたき始めて、あの頃は竈か風呂かは判らないけれど仄かに漂ってくる煙のにおいが解散の合図だった。ふと通りかかった家から漂ってくる夕餉の匂いもそうだ。それは焼き魚だったりあるいはカレーだったりとそれらがますます空腹感を増幅させて、家までの道のりがいつもの倍もあるように感じたものだ。

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この「風の高原」は好きな場所のひとつ。
標高1,100m、広さ230ha(東京ドーム50個分)の広大な高原で、春から秋にかけては菜の花やヒマワリ、それにコスモスなどが咲き乱れる。それに高原キャベツや大根が実る豊かで優しい場所だけど今年はこれまで一度も訪れる事はなかった。
ここでは晩秋というよりはもう初冬と言える時期で風が強くてものすごく寒い。いつもの順路の通りに手綱を進めるけれど、たぶんそうかなぁ~と思っていた通りにこの高原には僕ひとり。聞こえるのは風の音と風車の廻る低い音だけだった。この世界で一人ぽっちのようなこの孤独感はそうは体感できるものではないだろう。あの頃と同じように辺りは薄暗くてなって気の早い星がまたたき始める。

これはたぶんこの季節特有の・・・、ここに一人でいるとますます孤独が拗れてゆくような感覚を覚える寒さと広さだった。

 

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"Mr. Lonely"  by Bobby Vinton   

 

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2014年10月21日 (火)

Nostalgia (1/3)

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秋も深まってくると、時折おかしな感覚を覚える瞬間がある。
しとしとと冷たい雨の降る日や夕暮れ時などに、なんの前触れもなくいきなり海馬が”ツン”とするようなあの感覚。
それを感じると思わず反射的に遠い目をしてしまう。人はそれをノスタルジーと呼ぶようだけど少なくとも僕にとっては、そんな高尚な言の葉で表せるようなものではないような気がしている。少なくともその言の葉から連想されるものは人それぞれだろうし、またそれを呼び起こすきっかけもいろいろあることだろう。僕の場合は主観的感覚なのだけども、その根底にあるものは一種の喪失感のようなもの。その失くしてしまったものとは一体なんなのだろうかと考えてみると、それはたぶん幸福を感じていた頃というか時間のようなもの。
だからといって今が不幸とかいうのではないのだけど、明日の我が身とかを心配する必要のなかった頃(つまり不幸という事態を知らなかったころ)の記憶の光景が多い気がするのだ。いずれにしてもノスタルジーを感じる(事ができる)という事は幸せな記憶がある証拠なのだ。

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神が創り賜うたおそらく最高傑作である、ヒトというユニット(構造体)。
その中でも海馬はきっと神の遊び心で、その脳内での位置が決められたに違いない。
なぜならば色や音や感覚、そして匂ひ、味などを感じる感覚器の矢状方向の交差点なのだから。

 



"Now You're Not Here"  by Swing Out Sister

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2014年10月 5日 (日)

Blue ++

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これはアンディー・マティスというフランスの画家が遺した言葉。
そして僕の一番好きな色はこの青なのかも知れない。それもターコイズブルーとかピーコックブルとかの明るいものではなくて、藍色に転んだような深い青が好きだ。そんな事を考えてみると、いつも僕の心のどこかには必ずこの色が挟みこんであって、無意識のうち視線の中にその色を探しているのではないかという事に気が付いた。

例えば休日の空の青は小さな旅へと誘うし、その先にある凪いだ海の蒼は孵ったウミガメがたどりついたような深い安らぎを感じる。それにメールが普通になった今では忘れかけてしまうけれど、懐かしい人の手紙のインクに感じるのはほんの少しの感傷のような切なさだったりする。

僕の中での青というイメージは”メランコリック”だったり、また”センチメンタル”だったり、そして”ロマンティック”だったりと、そんな感情と結びついている色なのかも知れない。そしてそのグラデーションの中に感じているものは一種の贅沢のようなもの。なぜならば必死な時にはたぶん味わえない感情だからだろう。こんな事を書いていると3年ほど前に美しいBlueを観た事を思い出した。それは修復を終えて本国のオランダに先駆けて公開された「フェルメールからのラブレター展」でそれも『手紙を読む青衣の女』は日本初公開だと書いてあった。
そこで初めて実物を見た有名なBlueは鉱物由来の岩彩は、ハッっとするほど美しく、心に沁み入る青だった。

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英語では blue rose と言えば不可能を意味する言葉。
どうやら青い薔薇はあり得ないという事のようだ。最近は化学の力を借りるか、画像の中では作れるようになったようだけど。

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2014年9月19日 (金)

W i n d ・・・・・

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風には確かに色があるという。
これは昔ラヂオで誰かが言っていた話だったけど、偶然耳にした時にはそんなのは歌の文句の世界でそんなバカなことがあるものか!!と思ったものだった。そう思ったのは当時おもい浮かぶ風と言えば、物理的に空気の流れとしての風(風車、風車)とか、視覚的な趣きをもった風(風景、風物詩)ぐらいなものだったから。映画のような表現をすれば『それから20年以上という歳月が流れ・・・・』、僕の視野は広がっただけではなくて、ついでに視力も良くなったのかも知れない。最近は”風”というワードに感じるものは以前の二つだけではなくて、予感や変化、それに柔軟性とか未来や時の流れ、そして旅立ちの合図だったりする。
いつもそれを感じていたという事は、常に風に対して多情多恨でいられたのかも知れない。風はいつも新しい季節の訪れを僕に教えてくれるだけではなくて、そっと背中を押してくれたり、何かで行き詰った時にフッと気分を変えてくれることもあるし、気になる人の消息をそっと届けてくれることもあったりする。

春と秋はいつもよりも特別な風が吹く季節。
夏風とか冬風とはあまり言わないように、それらは季節の『極』と『極』との間を静かに吹く本当の季節風なのかも知れない。ここ最近は毎年の事だけど、まるで野分きのようなそれがことし僕に残していったのは、今までに感じたことのないような、いや・・・それを感じる事すら想定していなかった『感傷』というものだった。

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