カテゴリー「seasons (季節)」の67件の記事

2017年5月25日 (木)

初夏の色彩

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ゴールデンウィークも通り過ぎてしばらくすると、快適な湿度と気温を持った高気圧に長く覆われる季節がやってくる。
春の花はわりと暖色系が多いような気がするのだけど、この爽やかな空気の中で少しずつ寒色系の花が視界にはいるようになってきた。ラベンダーや紫陽花、それに菖蒲や花菖蒲はまだ咲き始めだけど、ちょうど満開の時期を迎えた花もある。それが新緑の里山でも遠目に気づくこの桐と藤の花。この地方での藤棚はうっかりしていると冬期間に雪で壊れるので、あまり見かける事は少ないという事情もある。けれども少し郊外へと足を運べば立木に巻きついて自生している藤の花をたくさん見ることができる。桐は自生しているものよりも農家の庭先植えてあるケースが多くて、どちらも僕にとっては季節が夏へと向かっていることを知らせてくれる好きな色。色の絵本にもひとえに藤色と言っても『青藤色』『薄藤色』『白藤色』などのバリエーションがある書いてあって、昔から日本女性が愛してきた伝統色なのだという事を知った。

 

上の絵は桐の木に藤蔓が巻きついているという、ありそうでなかった初めて見る組み合わせだった。
これを見ていて思ったのは桐にとってはどうにも歩が悪いだろうということだ。同じ時期に咲く藤の花はあまりにもポピュラーで、それと間違えられたり、あげくの果てに藤色などと言われたことも数多あったに違いない。それでも同時に見れば同じ色目の花でも桐と藤の違いを説明するのには好都合だ。上に向かって咲くのが桐で、下に向かって咲くが藤なのだと明確に説明できる。
この花たちをながめていて心に浮かんできたのは遠い昔の記憶だった。
それは僕がまだ紅顔の少年だった頃に、年の離れた従姉達と遊んでいた花札の事で、”こいこい”という遊びの中で出てくる役の名前だった。つい懐かしくなっていろいろと調べてみると、どうやらそれはあくまでローカルな役だったらしい。けれど子供心にも変な絵が描いてあると思っていた花札にこめられた、日本の花鳥風月を知ることができたのは実に嬉しい事だった。
   
当時は疑問すら浮かばなかった事が、どうもこの歳になるといろいろと引っかかってしまう。
それは藤が四月で桐が十二月の札だということなのだ。いろいろとリンクを回ってみると、どうやらこの国では藤よりも桐の方が遥かに格上の扱いがされてきた事を知った。桐は菊と並んで皇室の印であったり、戦国時代の天皇はその印を武将たちに下賜したりもしたらしい。その一人であった豊臣秀吉はそれを家紋にしていたり、気をつけて見てみると事実上日本政府のマークになっていて、パスポートや公式会見の演台にはちゃんと桐が入っている。十二月の札である桐は何故か三枚がカスで、最後の五光に不思議な鳥が描かれていたのはずっと記憶に残っていた。
それこそが伝説の霊鳥である鳳凰だった事を初めて知るきっかけとなった、2017-初夏の色彩だった。
 僕の仕事場の前にある河川敷にはニセアカシアの林があって、木々の間にチラホラと卯の花色の小さな房が見え始めた。
あと十日もすれば芒種をむかえる。
その頃には甘いかをりの中での散歩を愉しめるだろう。

 

 

嗚呼。
     いままでも、これからも”猪鹿蝶”と関わりのないご諸兄方、ごめんなさい。

 

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先週末から週明けにかけて各地とも五月としては記録的な暑さだったようだ。
僕の所ではまだ真夏日で済んだけれど、峠を越えた隣街では猛暑日を記録したとニュースで言っていた。そんな日が続いたかと思えば今朝の最低気温は平年並みの16℃だったりする。
まるで八百万の神様たちの中に、「来年酉年の連休明けは清々しい初夏の間に真夏を挟み込んでみるのはどうだろう」と神無月の例会で斬新なアイディアを出した若い神様がいて、うん、それもおもしろいだろうとなんとなく決議されたような具合だ。
 
近頃は「例年なみ」という言葉が通用しないほど、雨の降り方や気候が変わってきている。
昨年のような大きな気象変動が今年のリストには載っていない事を願うばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

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2017年4月10日 (月)

深山で出会った山吹色と 近頃のハード事情

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「梅は咲いたか 桜はまだかいな・・・」 とこんな冒頭の件で始まる端唄があった。
これは花の事ではなくて、芸妓たちを季節の花々に例えて唄っていたという事を知ったのは、この歳になって恥ずかしながらつい数年前の事だった。僕の地方では降雪量が極端に少なかった昨年に比べても今年はまだ梅すら咲いていない。そんな事を話した知人が教えてくれたのは隣町(とは言っても県境を越えてしまう)でそろそろ見頃を迎えた、福寿草の群生地の事だった。
その場所は市街地から峠を三つも越えて、さらにつづら折りの狭い生活道路の奥にあった。時おり陽が射す広大が群生地を歩き回りながら愛でる春一番の黄金色。ボランティアガイドの人の解説で初めて知った事は、花は陽射しがなけれ開かない事。それから夏になると葉や茎は枯れてしまい、来年の春までじっと地下で過ごすことだ。この花の生態を知っている人には常識なのだろうけれど、初めて知った僕はビックリしてしまった。
 
  
一昨年偶然僕の手許に舞い降りた「日本の伝統色を愉しむ」という色の絵本にも、ちゃんと春の項目に山吹色=大判・小判と解説してあった。この絵本には色の名前が美しい日本語でたくさん紹介されてある。春一番のこの幸福の花を皮切りに、さぁ~て今年はどんな伝統色に出逢えるのだろうか。

 

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近頃といってもここ数年、一眼レフのカメラを持って出かけることはほとんどなくなっていた。
理由は単純にかさばること。それこそレンズなどを含めるとそれだけで一つの荷物になってしまう。そのきっかけはと言えばそれと同じRAWフォーマットで記録できるコンパクトデジカメを手に入れたからだ。小さなショルダーバックやポッケにも入るコンパクトさと、ピンボケ以外はいかようにでも救済できる諧調の深さをもったそのデータ形式は、以来いつでも気軽に持ち歩けるという強みにもなっている。
最近のスマホのカメラは素晴らしく性能が良くて(特にi-phone)びっくりするほどきれいな絵が撮れる。
海外ではi-phoneだけで撮影し写真集を出版しているプロの写真家がいる。
写真集を見た後に彼の話を読んで納得してしまった。人々の表情が実に自然で素晴らしいのだ。彼曰く。人々にゴツイ一眼レフを向けると皆、緊張してこんな表情はしてくれないのだそうだ。やはりスマホならではの気軽さや親しみやすさがこんなステキな人々の表情を捉えるのだろう。昨今の技術の進歩はめざましく、きっと近い将来スマホでRAW形式の絵が撮れる時代が来るに違いない。
僕にとってのスマホデビューはそれからでも決して遅くはないのだろうと、強がりを言って周囲から失笑をかっているのも事実なのだけど。
  
 
 
また話が一眼レフに戻るけれど。
10mmの超広角レンズを手に入れたのはそれよりも2程前の事だったが、たちまち虜になってしまった。超広角を初めて手にする者がそうであるように、遠近を極端に強調したものや、それでなければ撮れないアングルなど、夢中になって撮りながら非日常的な視角をもたらすレンズ光学の魔術に感嘆していた。
そしてしばらくすると飽きてしまった。

それが今回、偶然持ったレンズの収納バックを持った時に感じたあの重さと大きさ。
日常の視点を超えて夢中になったあの頃を思い出してしまって、結局は連れて行ってしまった。
冒頭の縦長の絵なのだけど。
一番手前の花の上空わずか20センチのところにレンズがある。

 

 

 

 

 

 

 

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2016年12月22日 (木)

冬至とかぼちゃと赤ワイン

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冬 至
 
 
日南の限りを行きて
 
日の短きの至り
 
なれば也
暦便覧より          .

 

 

キリッと冷えた白を好んだ季節から、赤が恋しくなりだす長袖の季節もとうに過ぎてしまった。
僕の暮らす地方は雪国だから今頃の時期はどうしても時雨れる事が多い。一日中鉛色の空の下で暮らしていると、たまに気まぐれな雲の隙間から顔をのぞかせる、青空なり夕日が飛びきり美しく見えるようだ。けれど昨日は偶然にも一日中、快晴の天候に恵まれた。こんな事は思い返してもここ10年ほどはなかったような気がする。朝は子供のように何度も空を見上げ、昼休みは用もないのに外出して日差しを浴び、夕方には早々と暮色に染まる街並みを仕事場の窓から眺めることができたのは嬉しい限りだった。

 

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例えば、良くない事が続いた後に幸運に転じる事を一陽来復と言うように。
先人はこの日を冬のどん底と思い、ここから太陽の光が復活して春に向かうと考えていたらしい。今年うまく行かなかった事もきっと来年は良い方向へ向かうという前向きな願いもこの言葉に込められているに違いない。
一年の計は元旦にあり。
これは僕が小さなころに周囲の大人たちからよく言われた言葉。いつのまにか自分がそんな歳になり、あわてて子供たちに言ってはみるのだけどいかんせん今の生活習慣と彼らの感性にはどうも響かないようだ。
子供のころの記憶を辿ってみると、日本人は正月をことのほか大切にしてきた事が思い出される。晦日になれば歳神様が降りてくる目印を立てたり、家の中に神聖な場所を作り、お供え物をしてそれぞれの家で迎える。
古来、お正月とは新年の神様である歳神様を迎えて幸運を授けてもらう大切な日。
そんな事を丁寧に説明してくれる大人たちの話を真顔で聞き流しながら、胸の中でお年玉の皮算用をしていたのは何を隠そうまだ紅顔の少年であった僕なのだった。

 

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この店は僕のお気に入りのワインバー。
いつもは不定期に寄るのだけど夏至のあたりと冬至のあたりには必ず顔を出す。目当てはいつも『本日の・・・(夏至は白)と(冬至は赤)』。むろんワインバーとはいっても洋酒の品ぞろえも豊富で、時おり珍しいエールビールやシングルモルトにもありつける。
この店のオーナーはkeikoさんという自らワインショップも営む女性のソムリエ。ここを会場に定期的にワイン講座も開催される。僕も2度ほど出席してテイスティングの方法を教わったり、葡萄の品種ごとの特徴も体験させてもらった。けれど、いつもどうしても覚えられないのがワインの名前だった。それをこぼすと、そんな事よりも日本酒よりもずっとシビアな、”あて”とのマリアージュを間違えなければ、それでいいのだと彼女は笑うのだけど。
さて冬至に食べたあずきの入ったかぼちゃの煮物。
普段飲みの安物(もちろんライトボディ)の赤を少し温め、ホットワインにして食べてみたらビックリするくらいに美味しいマリアージュだった。

 

 

 

 

 

 

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2016年8月25日 (木)

処暑が過ぎた頃

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今週は週明けの台風が上手いこと本年の真夏を納めてくれたような気がする。
いつも暦の上ではとか、名ばかりとか言われている立秋には気の毒だけど、今年の処暑はちゃんと的を得ていたようだ。台風通過の前夜にこの地方はこの夏あまり経験していなうだるような熱帯夜だったけど、翌日の夕方から嵐が強まるにつれて次第に気温が下がりだし窓を閉めた程だった。そして迎えた処暑の朝は風の表情も一変していて、湿度が一気に30%も下がったような爽やかな西風が吹いていた。
西から吹くこの心地よい涼風は確か”極楽の余り風”と言われていたと言うのを昔聞いた事がある。
西方,十万億土のはるか彼方から秋を連れてくるこのそよ風を昔人達は、いち早く敏感に感じとってきたのだろう。暑さが収まってくると秋の嵐が吹き始める季節が始まる。その昔、台風は野分と呼ばれていたようにまさに野の草を分ける程の強い風が吹き荒れたことだろう。西日本には野分が過ぎると風見舞いと言って親しい人の安否を気遣い、訪問した習慣があった事を何かの本で読んだことがあった。これも互いになぐさめ、励ましあって人生の嵐をも乗り越えていくという昔人の知恵だったのだろう。

 

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そう言えば今年の台風の進路に例年とは違う何かを感じたのはきっと僕だけではないだろう。
いま遙か南方沖で成長中の10号だってそうだ。その進路を眺めながら思い出した事があった。それは今年の伊勢志摩サミットに先立ち、昨年パリで地球温暖化について話合われたG7サミットの事だった。日本でもG7関連の特番が組まれ、スパコンで計算した50年後の気象変動について日本の研究者が話していた。思わず腰をおろして見入ってしまったその内容は、台風の上陸地点は現在の九州・四国からどんどん東にズレていって、東海・関東が中心となること。そして台風の発生件数は減るのだけど、そのほとんどが日本列島がまだ経験したことのないスーパー台風になるということ。それから雨の降りかたにしても、かつて経験したことのない・・・・を、たびたび経験することになるだろうという恐ろしい事を言っていた。

 

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空気が澄んでくるこれからは草花に光の雫が宿る季節に入ってゆく。
これから二百十日も過ぎれば陽ざしはまだまだ強いけれど、風はひんやりとしてきて夏の終わりを感じさせてくれる。
 
処 暑

陽気とどまりて、初めて退き
やまんとすれば也。
季節便覧より        -

 

 


過ぎゆく夏に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2016年6月23日 (木)

夏至が過ぎた頃に

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今年も半分が終わってしまった。
こんな事をいきなり書いてしまうと、それは今月末日を以ってではないのか?と訝しがられるような気もするが、僕の中では夏至と冬至が一年の折り返し地点なのだ。何故そんな感覚をもっているのか、自分でもハッキリした理由があまりよく分らない。ただ一つ思い当たるとすれば、普段カレンダーよりも空を見る回数の方がずっと多いということ。
それにこの二つの特異日と四季をもたらしていたのは、神が創りたもうた奇跡的なこの星の地軸傾斜だと知ったのは、天文学者に憧れて図書館に通い詰めていた小学校時代の事だった。
暦などない大昔の遺跡も殆どがこの二つの太陽方角を基準に神殿などが作られているように、先人たちはこの二つの特異日を長年の生活経験の中から見出していたに違いない。

 

 

連休のなごりが落ち着き始める5月中旬頃から夏至まで間は、陽の出と日没の時間が変わってゆくのをハッキリと実感できる。
いよいよ僕の好きな朝活の季節の訪れだ。特に夏至までの二週間程は午前3時を過ぎれば空が白んでくる程に日の出が早くなる。そんな時に快晴(星空)だったりすると居ても立っても居られなくなって、クルマで1時間圏内のお気に入りの場所に出かけてみたりする。毎回とは限らないけれど、何度も見慣れたはず光景が全く違う横顔を見せてくれる時があって、それはいつも通い慣れた森の径でいきなり麗人に出くわしたような驚きなのだ。

 

この2枚の絵の前には( prologue )として乳白色の霧の中にボンヤリと輪郭が霞む水没林があった。
そこから朝陽が向こうの山から顔を出して霧を消し去り、( epilogue )を迎えるまで僅か30分程の出来事。それはまるで映画でも見ているような感覚だった。霧が降るという事は当然無風な訳で、休日でもない朝にこんなウユニ湖のような光景に出くわす事の幸運を神に感謝せねばと思った。
僕が朝活をするようになったのは、ずっと昔に読んだ某カレーハウスの創業者の言葉に由来する。それは『朝早く起きるという事は自分で自分の時間を創り出すこと』という件だった。朝活には自分で決めているルールがあって、どこで何をしていても7時には戻るということ。
そこから始まるのはいつもの、ごくありふれた朝なのだ。

 

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僕の書斎兼仕事場は偶然にも真北と真南に窓がある。
夏至を挟んで10日間程は日没の陽射しが北窓から室内へ届く。それを眺めていると、この星の奇跡的な偶然と宇宙の節理まで想いを馳せてしまう。これからまた季節が進み、今度は南の窓から夕陽が差し込むことだろう。暫らくしてそれが見えなくなる頃にはまちに待った光の春の訪れだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2016年1月 8日 (金)

ふゆ 来たりなば・・・

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種類や品目は人それぞれだけど、それを食べただけで季節を感じとる事の出来る食材は、誰しも一つや二つは持っているもの。
僕の場合はともに野菜で、一つ目はここの温泉熱を利用した室で育てられた豆もやし。独特の卵色の葉(豆)とスラリと伸びた白味がかった花葉色の茎を持つ。二つ目は上杉鷹山公が推奨したと言われている雪菜という伝統野菜だ。確か正宗の膝元である仙台にも雪菜はあったけれど、この土地のものは雪の中で成長させるので茎や葉が緑のものではない。茎はこの豆もやしよりもさらに白い卯の花色で、葉の部分は雪の中で遠くの春を夢見ていたような萌木色のグラデーションが美しい。この二つとも冬の三か月程の間だけ食べる事が叶うこの地方のふゆの味覚。豆もやしは生産量が限られている上に観光土産や、冬の贈答用に供されるので売り切れていることも度々だけど。
   

このノスタルジックな店は街の奥座敷と呼ばれる温泉街にあって、市街地よりも三割程多い積雪があるのが普通の光景。けれど今年は店の前に広がっているは一面の冬枯れた川原の景色だった。雪の降らない地域にお住まいのご諸兄方にはごく普通の光景かも知れないけれど、雪国住まいの僕にとっては時期的にもすごく珍しい光景だったりするもの。
普段見慣れた光景(場所)で花見と並ぶ江戸風情である枯れ野見を愉しんでいて気がついたのはその繊細な色彩だった。
目立たないけれどしっとりとした品があって陽の光が射せば華やかさすら感じる。色の名前は分らないけれど、それぞれの組み合わせにそこからハッとするような広がりを感じたりもしていたものだ。
そんな時に何の前ぶれもなくて全くの偶然に手元に届いたのが、『日本の伝統色を愉しむ』というタイトルの素晴らしい”色の絵本”だった。
中でもあっ!と思ったのが本の袴に書かれていた”日本には微妙に違う色合いを見分ける感性と色を表現する美しい言葉がある”というくだりだった。
これをいろいろと繙いていくと、昔はわび・さびの境地として枯れ野の美が歌に詠まれていたことを知った。そしていままであまり経験のなかった身近な枯れ野に身を置いてみて感じたことは、時おり風の中に混じるのはむかし雪に閉ざされた牧場で嗅いだ記憶のある干し草の匂いだったり、何もないからこそ潔くて美しい、かえって温もりを感じたりもするその色彩の諧調に気がついたこと。
  

朽葉というのは確か冬の季語だったはずだけど、それが色の名前になっているたというのはこれも絵本で初めて知ったこと。
平安の貴族も愛した冬枯れの基本色である朽葉色。その絵本に載っているだけでも朽葉・黄朽葉・赤朽葉・青朽葉の四色だけど、そこから派生した朽葉四十八色と言われるほど存在していたことは、昔人の色の感性の素晴らしさに感心するばかりだ。

 

  
こんな思ってもみなかった愉しみを教えてくれた今年の枯れ野の景色。
秋も終わりになって、皆がこれからいよいよふゆが来るのだとため息をつき始めると、僕はそんな人たちにこう言っていた。”季節には順序というものがあって冬を飛び越して春という訳にはいかないのだから、冬にはなるべく早くちゃっちゃと終わらしてもらうしかないの”と。そんな事を言うと相槌をうちながら、少し笑顔になってくれたものだった。
今年の正月は視界にほとんど雪のない三が日を過ごした。
あれから五日が経って少しは白くなったけど気温が高くて、また視界から消えてしまった。僕の拙い記憶では二十年程前にもこんな正月があったような気がするのだけど、ここはれっきとした雪国。しかも二~三年に一度は累計積雪量が10mを平気で越えてしまう程の豪雪地帯という地域性から、冬は雪そのものを生業にしている人も大勢いる訳で、もうすぐ一月も半ばなのだから足元が良いと喜んでばかりもいられない。
雪国でいう本当のふゆという季節はまだ始まったばかりのようだ。経済や雪が積もるという前提の上で成り立つ夏場の水の面から考えると、枯れ野の上に早く白いくて分厚い布団が掛けられる事を願って止まない。

 

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先月、巴里で開かれたCOP二十一関連のドキュメンタリーを偶然に目にした。
体育館のようなとてつもない広い部屋にぎっしりと並んだスーパーコンピュータが映し出され、これから起こるであろう気象変動について、その計算結果を図表と共に解説していた。本州(東北)では林檎が採れなくなってくるとか、関東圏では桜の花が咲かなくなってミカンの産地になるとかで、思わず椅子に掛けて見入ってしまった。台風などの災害に至っては、上陸ルートは今よりもずっと東に移動して東海・関東地方になるとか、台風の発生件数は少なくなるけれどその殆どがスーパー台風になるとも言っていた。そして最近よく言われるようになってきた『かつて経験したことのない・・・・』を頻繁に経験することになるだろうという恐ろしい事を言っていた。
僕がこの星に居るあと少しの時間ではそこまで大変な事にならないにしても、次の世代・またその次の世代と続いていくのだし、どうやらこれは前出の会議同様に自国や目先の事だけではなく、この星全体を運命を共にする一つの宇宙船として一人ひとりが考えなければならない問題のようだ。
   

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2015年10月 3日 (土)

秋の黄昏に思ひ出したこと

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秋分を過ぎてからは日没の時間が加速しているような感覚を覚える事がある。
地動説の考え方からすればもちろんそんな事はなくて、冬至という次の節目に向かって一日に一分程の定量で日没の時間が早まっているだけ。昼から夜へと渡る橋のような、明るくもなくて、暗くもないボンヤリとしたこの黄昏という時間。子供の頃にはいつも理由もなく物悲しい気分にさせられたものだった。いまは竈なんて山奥にでも行かないとお目にかかる事は出来ないけれど、あの煙の匂いが流れてくると急激に薄暗さを増してゆくように感じた。それに夕餉の匂いが混じり出すとそれが遊びの終焉を告げる合図。
そんな遠い昔の映像を記憶の奥底から引き上げて来たのもの、それは昨日黄昏時にどこからともなく漂ってきたシチューの匂いだった。

 

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僕にとって赤ワインが恋しい季節が訪れた。
半袖の間はキリッと冷えた白が美味しいのだけど、長袖のシャツを着ると手に取ってみるようになる。けれど僕はワインに詳しい訳ではないし、ヌーヴォーにも赤はないから世間が大騒ぎするほど興味があるというものでもない。だから選ぶ基準はざっくりと白ならば辛口、赤はライトかミディアムボディの廉価品となる。この魅惑の果実酒は季節やシュチュエーションによって、さまざまに装いを変える事ができるのも素晴らしい。それは遡れば紀元前四千年あたりからという、気の遠くなるような時間と人々の知恵の結晶なのかも知れない。

グラスを揺らすと万華鏡のように光のリングが交差する美しい液体。
一般的には常温で愉しむ赤だけど寒くなるにつれ、少し温めると美味しいという事を知ったのはつい数年前のこと。
ラヂオが来週あたりから朝の気温がひと桁台に入ると言っていた。

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2015年9月17日 (木)

九月になれば・・・

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今週になって日差しの角度が随分と緩くなってきた事に気が付いた。
それを教えてくれたのは、室内のだいぶ奥の方まで届くようになっていた屋根から差し込むトップライトの光だった。こんな光景は日々視界に入っているはずなのに、ある日突然それに気付くのは散髪に行かなければと思うタイミングと良く似ている。今年はあの嘘のような暑さが九月という月を待つことなく急速に失せてしまった。ようやく先週あたりから落ちついた平年並みという気温は、先月末のあの寒さとも感じ取れた涼しさが、いかに季節外れのおかしな気温だったかを教えてくれる。九月も半ばを過ぎて気がつけば蝉の声が消え、日中から虫の声が聞こえるようになっていた。

 

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僕だけかも知れないけれど、今頃の時期に湧き出てくるこのメランコリックな感情はいったい何だろうといつも考える。
もしこの国に天変地異でも起きて移住しなければならい必要性が出たのなら、僕は暑いのがけっこう苦手だし、日ごろから一度はオーロラと白夜体験はしてみたいと思っているので迷うことなく極地方を選ぶタイプ。おそらくこの感情の起りは秋の気配を感じるとスイッチが入ったように浮かんでくる夏のせいだろう。それを比喩的に表現すればガランとした広場を残し、荷物を纏めて去って行ったサーカスだと言える。そのサーカス小屋の中には、いったい何が詰まっていたのかとひとつ一つ思い返してみる。
入口に掛かる帆布生地のゴワゴワした幕の間から覗く天井に映し出されているのは、古い映画のように少し色が褪せた2015-夏。僕の好きな青空に涌く入道雲・早い夜明け&遅い日没・蝉の声・風鈴の音・強い日差しとひまわりに朝顔・ビアガーデン・蚊取り線香&プールの塩素消毒の匂い・打ち上げ花火・碧瑠璃色など。それは遠い子供の頃の記憶といまだに密接に繋がっていて、本能の赴くままに裸で過ごしていた開放的な夏に対し、季節が移り涼しくなるにつれてその本能が服と共に主知に包まれていくような感情(感覚)なのかも知れない。

春・夏・冬が来たとは言うけれど、秋が来たとはあまり聞かないし・・・”夏が終わった” で代用される事が多い。
きっと秋とはそんな季節なのだろう。

 

 

 


 フランク・シナトラ   ' セプテンバー ソング '     
( 1965 )
 
 
これからは一年の中で空気の清澄度がもっとも高い時期を迎え
高さを増してゆく空を見上げる事が多くなる季節がもうすぐ訪れる

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2015年3月 5日 (木)

Season

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フランク・タイガー
 
 

  
  

春という季節は二十四節気の始まりがそうであるように、日本では別の意味での一年が始まる時期。

いままで関わってきたさまざまな物事に区切りがついてきて身軽になれたり、また気温が上がってくると冬眠から目覚めた動物のように新しく何かを始めたくなったりする。フト遠目に眺めるフラワーショップの配色も明るくなってきたし、日脚も伸びて来て夕方もだいぶ明るくなったこんな季節は過ぎ去った厳しい冬を思い返してみる良い時期かも知れない。
つい先日に見かけた雪の断面には初雪の頃から降り積もった雪が、僕の身長程もある巨大なミルフィーユのような紋様を描いていた。雪国にお住まいのご諸兄方ならば気が付いているかも知れないけれど、雪の白にはいくつものバリエーションがあって降り積もった直後はあまり分らないもの。それが今頃になってくると全体の厚さが圧縮されて美しい縞模様となって現れる。縞の数だけあったこの冬のストーリーを早送りでレビューしてみるのもいいものだ。

冬のあいだは雑用で忙殺されていて僕の中では”春になってからでいいか”と、結構ズボラに棚上げしていた事たちもそろそろ降ろしてやらなけばならないだろう。

 

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2015年2月 4日 (水)

春への想ひ

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春になったらみずうみにいこう
 
湖水浴場のてまえでくるまを停めて
 
ゆっくりと波打ち際をあるいてみよう
 
あかるい春の日差しと
 
まだ少し冷たい湖面の風の中で
 
いろいろなことを想い出してみよう
 
 
 
 
春のなったらみずうみにいこう
 
対岸の国道沿いCaféによって
 
珈琲と珈竰のかほりを楽しもう
 
 シェードオーニング越しの
 
やわらかな陽ざしに身をゆだねながら
 
きっとことし出逢える光景に
 
想いを馳せてみよう
 
 
 
 
春になったらみずうみにいこう
 
帰りには少し遠回りをして
 
となりのみずうみへ寄ってみよう
 
氷が融けて水面が開いたのを見届けたなら
 
大好きなドアノブの店があるこの街へと
 
早くはやく戻ってこよう
 
 
 

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