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2019年2月の記事

2019年2月21日 (木)

雨水も過ぎた頃

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穏やかな冬も悪くないものだ。
そんな事を思い始めたのは先々週のこと。例年ならば一番寒さが厳しく、積雪も一番多いこの時期にあり得ない気温の毎日が続いている。雪だってそうだ。市街地でも予報通りに雪はコンスタントに降る事は降っている。けれど積雪量が増えるどころか、どうも日差しと気温の方が優勢のようだ。スキー場のゲレンデ情報を見れば、例年並みの積雪量になってはいるようだけれど、それはあくまでも山間部での話。

 

気候だけは平年並みが良い。
常々そんな事を思っているのだけど、今年の雨水はまさに暦通りの気候になってしまった。季節には敏感でありたいといつも思っていて、歳のせいだろうか花鳥風月も愛でるようになってしまった僕にとっては、近年記憶にない肌触りの空気だった。そんな事を思いながら、休日にふらりと立ち寄ったいつものCafé。年明けあたりからぽつポツ目にする啓翁桜だけど、この陽気で咲き急いでいるようにも見える。どうやらお気に入りの皮コートも来週にはお役御免となりそうだ。

 

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誰しも幾度かは、自分の中で様々な感覚が変わるのを感じとる、節目のような年があることだろう。
まさに雨水の日、2~3年前に見たある番組を思い出していた。それは50年後の日本の気候がどう変わるかというドキュメンタリーだった。北関東以北でなければソメイヨシノが咲かなくなるとか、リンゴの主要産地が北海道になるとか、言っていたけどそれらは気温の上昇が原因らしい。その影響は台風にまで及び、発生個数は減るけれど、その殆どがスーパー台風の規模にまで発達し、上陸地点が現在の通例から6~800㎞程東にズレるという恐ろしい事を言っていた。

 

僕はこの土地に生まれ育ち、もう半世紀以上が過ぎてしまった。
幼少の頃の記憶に鑑みると当時の積雪はおそらく近年の3~4倍はあっただろう。いくら除雪機械が普及していないとは言え、二階の窓から出入りしていたのをはっきりと覚えている。また当時は空調のエアコンなどは存在すらしていなかったに違いない。天気予報の最高気温は夏でも30℃留まりだった。そしてその数字を聞いて、みな辟易とした顔をしていたものだけど、半世紀という時間の流れと気候の変動は恐ろしい。近年は夏に最高気温が30℃前半の予報を耳にすると、”今日は涼しい”という挨拶になってしまったようだ。

 

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初めてこのミュゼットというものを耳にしたのも、ちょうど数年前の今頃の季節だった。
そして、それまであまり気にも留める事のなかった、アコーディオンという楽器のポテンシャルを知ることとなった。
  
寒かったけれど、明るい陽射しのパリのCafé、それに暖かいカプチーノを思い浮かべてしまった。
 

ダニエル・コリン   パリ・ジュテーム  (2006年フランス映画)

 

 

 

 

 

 

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2019年2月13日 (水)

いっぴのてんじんさん

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それはまったくの偶然だった。
宿のエレベーターに貼ってあった一枚の手作りポスター。大阪、それも今回の目的地である『キタ』に位置しながら、それまで全く意識の中にはなかった場所のもの。神社のスナップ写真と道順を書いた手書きのイラスト。内容はあと一週間程で始まる梅まつりの事だった。きっと今頃は祭りの前の閑散とした境内に違いないと、勝手な思い込みから興味は他に逸れて行ってしまっていた。
  
僕の旅先での習慣と言えば早朝の宿付近を散策すること。
散歩というよりは、見知らぬ路地を彷徨うと表現した方がより合っているのかも知れない。けれど今回は相棒が同行していて、昨夜の宴のダメージを引きずりながら、結局は断念してしまっていた。朝メシ会場に向かいながら、昨日から何度か目にしていたはずのこのポスターが頓に気になってしまった。
理由は良くわからないけれど、まるでいつもの習慣へのいざないだとでも言うように。楽しみにしていた朝メシもそこそこに、一時間で戻ると相棒に告げ、歩いて10分程の神社に向かった。

 

宿と神社の位置関係からすれば、裏門から入るのが最短ルート。
初めての神社に裏門から入るか?、そんなことも心を過ったのだけど、あまり信仰心の厚くない僕は時間の方を優先させてしまった。本堂に向かう途中には幾つかの社がある。途中には書道作品も展示されてあり、数人の通勤や通学の人とすれ違った程度の静かな早朝の境内だった。

 

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本堂の前に着くと大勢の人が集まり、数人の神職と巫女で何かの神事が執り行われていた。時刻は8時をすこし回ったばかり。こんな早朝に?という疑問が湧いたが、集団で何かご祈祷を受けているのかとも思ってしまった。けれど良く見てみると集まっている人々は老若男女、服装も様々で関連性はなさそうだ。参列している人の中には時計を気にしながら途中で立ち去る人。
表正門から入ってきて、本殿前の神事を気に留める様子もなく、参拝だけすませて裏門へと通り抜けて行く人。
そんな人たちを見ていると、いま目の前で執り行われている神事が、一体何なのかますます分らなくなってゆく。



そんな中、今度は白装束の巫女が笹を束ねたものを神水につけては、勢いよく上に振り上げる。何か禊のようにも見えるがこの寒空の中、巫女はずぶ濡れになりながら拝殿の祝詞に合わせてそれを続けていた。
一通りの儀式が終えると、巫女は笹の葉を傍で控えていた二人の巫女に託して奥に消えた。
風邪など引かなければ良いが、と思う間もなく今度は人々が彼女たちの前に行列を作る。そして先ほどの笹枝を丁寧に受け取っていた。この一連の光景を眺めていてますます分からなくなった僕は、笹枝を受け取りあまり急いでいなそうな老婦人に声をかけてみる。
自分が旅人であることを告げたあと、その笹枝は何なのかと尋ねると、魔除け・厄除けなのだという。そんな話もそこそこに、折角だから授かってくるように勧められた。列に並び相棒の分と二本の笹枝を手にして振り返ると、その人がわざわざ待ってくれていた。

 

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これは毎月一日と十五日の魔除け・厄除けの神事だということ。笹枝は玄関の外に飾るもので、その飾り方まで教わった。それからこの街がガラスの発祥地だということに因み、最近できたというガラスの祠も案内してくれた。この神社を地元では『てんまのてんじんさん』と親しみを込めて呼んでいることなどを、耳触りの良い地元言葉で教えてもらえたのは実に嬉しかった。

 

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最後に折角だから地元言葉でお礼を言ってみたけれど、慣れないイントネーションで少しはにかんでしまった僕に、
『またきてやぁ~』と笑顔を返してくれた。
こんな旅のめぐりあいも実にいいものだ。

 

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『てんまのてんじんさん』。
この呼び名を教えられる前から、僕は裏門に向かって歩きながらあることに気づいていた。それはこの境内をショートカット
して通り抜けてきた人たちの事だった。自転車にせよ、歩いているにせよ、小走りで急いでいるにせよ、門で必ず境内向かって
一礼し、またそれぞれのスピードに戻って行く。
本殿の傍で梅まつりの準備をしていた職人たちもそうだ。
本殿の前を横切る時にヘルメットまでは取らずとも、キチンと一礼して通り過ぎてゆく。そんな光景を見ていて、きっと地域での信仰の篤い神社なのだと感じた。
  
   
人であれ、土地であれ、物事であれ、好きになってしまえばその対象をより深く知りたいと望むのは当然の事だろう。わずか一年余りの期間で三度目となるこの街。神社のHPにも載っていないこの一日と十五日のこの神事。
偶然とは言え、僕はその日この街に居て、何も知らずにここに来た。
これもまた偶然手にした二本の笹枝を持ちながら再び裏門へと向かう。ここから出る人が皆そうしていたように一礼のあと、
てんじんさんに地元言葉でお礼を言って裏門を後にした。

 

説明が遅れてしまったけれど、『いっぴ』とは僕が以前身を置いていた業界用語で一日の事。
そこでは二月ついたちとは言わず、二月いっぴといった具合だった。

 

 

 

 

 

 

 

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