« 2018年8月 | トップページ | 2018年10月 »

2018年9月の記事

2018年9月21日 (金)

曼珠沙華の咲く候

180901011

 

今週になって日ざしの角度が随分と緩くなってきた事に気がついた。
それを教えてくれたのは、屋根のトップライトから床へと差し込む光だった。そんな光景は日々視界に入っているはずなのに、ある日突然それに気付くのは、散髪に行かなければと思い立つあのタイミングと良く似ている。
僕だけかも知れないけれど、ちょうど今頃の時期に突然湧きでてくる、あのメランコリックな感情は何なのだろといつも考える。
春と秋は特別な風が吹く季節。夏風とか冬風とはあまり言わないように、それらは季節の『極』と『極』との間を静かに吹く本当の季節風なのかも知れない。冬を通り越して迎える春と、夏を通り越して迎える秋。どちらも気温や湿度などの物理的な空気成分は、あまり大差がないに違いない。そうなってくると思い当たるのは子供の頃の記憶。それは春休みや冬休みよりも夏休みの終わりが一番淋しかった事を思い出す。あの頃の夏の終わりの感覚と言えば、荷物を纏めてサーカスが去っていった後のガランとした広場に佇むようなものだった。
 
そのサーカス小屋の中には何が詰まっていたのだろうか、ひとつ一つ思い返してみる。
入口に掛かる帆布生地のゴワゴワした幕間から覗く、高い三角天井。そこに映し出されているのは、古い映画のように少し色が褪せた夏だった。そこには僕の好きな青空に涌く白い入道雲・早い夜明けと遅い日没・蝉の声・風鈴の音・強い日差しとひまわりに朝顔・カブト虫にクワガタ虫・蚊取り線香とプールの塩素消毒の匂い・打ち上げ花火など。それらは遠い記憶といまだに密接に繋がっていた。それは本能の赴くままに裸で過ごしていた開放的な夏も終わり、涼しくなるにつれてその本能が服と共に主知に包まれていく。きっとそんな感覚だったのかも知れない。

 

180901022

 

秋分も過ぎればまた昼と夜が少しずつ逆転する。
そして、みじか夜礼賛派の僕はそれと同じぐらいのタイミングで起床時間が遅くなってゆくだろう。
まだまだ陽ざしは強いけれど、時折乾いた風がゆるりと吹きぬけてゆく。
長袖に腕を通す事が多くなっていくこれからは、『赤』(ワイン)の恋しい季節の始まりだ。
そしてあと半月もしないうちに、最低気温がひとケタの朝も訪れる事だろう。

 

九月・・・・
解放的でめくるめく季節は過ぎ去り
これからは澄んだ空気のなかで
人にとっての想う季節の始まりだ

 自由人

 

 

 

 

***

 

 

September Song は多くの人にカヴァーされている、人の一生を一年(12ヵ月)に例えたラヴソング。
この曲にはちゃんとしたヴァース(導入部分)があるのだけど、ほとんど歌われない事が多い。
CHETのアルバムではヴァースをギターだけが秋虫のように控え目に旋律を辿る。
そしてコーラスに入り、九月の晴れ渡る空のようなトランペットとのセッションが始まる。

September Song     Chet Baker

 

 

 

 

 

 

|

« 2018年8月 | トップページ | 2018年10月 »