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2018年7月24日 (火)

好きな街のこと

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この街を初めて訪れたのは昨年の秋。
『杜の都』と言われる仙台からフェリーと陸路で約24時間、”移動時間”というものをたっぷり愉しんだ旅だった。もちろんクルマは丸二日間宿の駐車場に置きっぱなしとなり、徒歩と地下鉄それに水上バスで、この街のほんの一部だけど堪能することが出来た。
出発の朝、通天閣を見上げながら、”またいつかここに戻ってくるかもれないな!”とボンヤリ思っていた。
それが現実となったのは、まさか半年も経たない四月下旬の事だった。
 
あの頃はずっと頭から離れない事があった。
それは日帰りでどこか遠くへ行ってみたいという、云わば享楽的な非日常への憧れだ。移動だけで時間を消費するのは面白くないので、現地で6時間以上の滞在時間を確保する事で考えられる選択肢は”空”だった。最寄りの空港と言えば仙台。発着便を見てみると大阪行きは9時、大阪発は18:30の便があり移動に要する時間も80分程という、実におあつらえ向きな便のチケットを手に入れた。
かくして7時に家を出ると、昼前にはあの時のように通天閣の前に立っていた。
新世界にやってきた目的は昼飯。前回時間的にも混んでいて入れなかった串カツの店が目当てだった。
 
 
大阪がとても不思議な街だと思うのは、多分僕だけではないだろう。
東京にも全く引けを取らない近代的なキタのオフィス街、いわゆるベタコテと言われるミナミ、やみつきになるほどの怪しい魅力を纏った新世界界隈。それらがほんの数キロの範囲にぎゅうぎゅうに詰まっているのだけど、明確な区分けなどはなくて、まるでグラデーションのように風景が移り変わって行く。この区間の交通機関は御堂筋線という地下鉄で、歩いてもそれまでというほぼ1キロごとに駅がある。それに乗って地下と地上を出入りすると、いつしか御堂筋線すらもタイムトンネルか何かに思えてくるから、そこも大阪も魅力の一つだろう。

 

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昨秋、この街から山崎の蒸留所に向かう途中、気まぐれに寄ったのが万博記念公園。
太陽の塔は半世紀を過ぎても立派なものだった。残念だったのは何やら工事の準備中で近くまで立ち入る事は出来なかった。それが内部公開の為の工事だったとは春になってから知る事となる。
秋に迫ったEXPO2025の選考委員会、半世紀振りの大阪againを願うばかりだ。

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この曲を随分久しぶりに耳にしたのは、昨秋とん堀を散策中にフラッと入った漫才小屋だった。
まだ名も無き芸人達は自分達で客引きからステージまで何でもこなす、実にバイタリティーあふれる下積中の若者達だった。そこで幕間にずっと流れていたのがこの曲なのだ。大昔の流行当時はそんなに惹かれる事はなかったけれど、人は時期や心情次第で、沁み入る言葉やメロディーが違ってくる。大阪で再び聴いたこの曲はもうひと頑張りの彼らの漫才と、芸人としての一生懸命さと共に深く刻まれてしまった。そんな彼らを見ていて思った事は、”アカン”という後ろ向きな言葉を使う者はまずいないだろう。
 
そんな半年前の記憶があったからだろうか。
半日の滞在時間中、この『ええねん』が頭の中でリフレインのようにずっと渦巻いていた。
   
「ええねん」という言葉に表わされたトータス松本流「全肯定」哲学は、人間の本質に迫るものであり、日本歌謡史に輝く名曲「スーダラ節」の「わかっちゃいるけどやめられない」の精神にも通じる奥の深さを感じさせる。

 

 

 

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話は全く変わるけれど、昨年世界中の航空機の飛行経路や高度、速度をリアルタイムに見ることが出来るサイトを知った。
今回これを使ったのは座席指定の都合上、どの辺を飛ぶのか知りたかったからだ。往路は富士山が見えるので左側、復路は雲海に沈む夕日が見たかったのでこれも左側と言った具合だ。出発前夜、日没後で地上は見えないけれど、どんなルートを通るのか見ておきたくてサイトを覗いた。離陸してしまえばリアルタイムに便名、行き先、高度、速度が表示されるのに、予定時間をだいぶ過ぎているにも関わらず載らないのだ。何があったのか知るよしもないけれど、定刻から30分以上も過ぎた19時過ぎにようやく機体が表示された。この便は仙台到着後すぐに折り返しの大阪便となるものだ。陸上の移動(道路や鉄道的)で考えれば5~6時間掛かる移動を30分短縮しろというなら話は分かるのだが、80分しかないものを30分の短縮は難しいだろうと眺めていたら、ステージは空の上だからと言わんばかりのフライトだった。
 
通常航空機は一番高い経費である燃料消費率を考えてコースを決めるのだと何かで読んだ。
しかも燃料は必要な分しか搭載せずに高度も7~8,000mを時速7~800kmで飛ぶのが国内線では一般的らしい。
今回その機長の判断は高度をより空気抵抗の少ない(これは僕の推測だけど)1万2,000m以上まで上げ、その巡航速度は
一時時速1,000kmを超えていた。到着予定時刻がリアルタイムでどんどん定刻に近づいていく。
ことのつまり、仙台に到着する頃には30分の遅れは無かった事になっていた。
出迎えの人達にとっては何の問題も(誰も気付か)ない定刻の到着にしてしまった。
本当はアルファベットの航空会社だけど、HPで時々自虐的にこの漢字を使ったりする。僕は思わず『う~ん、やるなぁ~』と唸ってしまった。空港に到着すると『本日もご利用いただきまして、ほんま・・・おおきにぃ~』というCAのアナウンスも実に感じの良い関西弁なのだ。
 
仙台到着から再び大阪へ向かって出発するまでの時間は40分。
僕はカフェで一息入れて、駐車場のクルマに座るともうすぐその時間だった。なんとなく同じ時間に空港を出発したくなり、クルマの中で音楽を聴きながら待っていると、ナビゲーションライトとストロボライトが空に吸い込まれていくのが見えた。
奇偶にもこの空港から要する時間が同じな事に気が付いた。
僕は80分かけて100Km先の家に帰るし、は同じ時間をかけて800Km先の大阪へと戻って行った。
  
こうしていま地上に戻り、今度は自分が高速道路を描く光の筋の一本になってしまうと、つい先ほど窓から見えた関東甲信越地方の夜景と、道路の光の帯が思い出される。それはあまりに美しく現実からフェイドアウトされた、どこか別の世界の光景だったようにも思えてきた。

 

 

 

 

 

 

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