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2017年10月の記事

2017年10月30日 (月)

2000kmの非日常(3/4) この街の印象

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誰が言ったか忘れたけれど、”見知らぬ土地でたった一人目を覚ますのは、この世で最も心地良い感覚の一つである”というのがあった。
僕もこの感覚がわりと好きで見慣れぬ天井を少し眺めたあと、カーテンか障子なりを開け、空模様をうかがいながら、本日の予定を変更の選択肢も含め再考してみる時間がいい。それからやおら出かけるのが、旅先での楽しみというか習慣である朝の散歩なのだ。などと言ってしまえばカッコいいのだけど、何のことはなくて地図を片手に、ほとんど彷徨いに近いものなのだ。
 
まだ人通りのほとんどない早朝の見知らぬ街を歩く気分は、まさにエトランゼの気分で、大通りもいいのだけどやはり路地裏が楽しい。なぜならばそこには住む人たちの生活感があり、いろいろなおもしろい物や人に出会えるから。もう二度と訪れることもないかも知れない路地や、人々の生活感との一期一会を愉しむ時間。僕のように毎日同じ環境の中で暮らし続けていると、とかく陥りそうな自分の狭い価値観とケチな思い込み。そんな井の蛙へ世の中といふ空気を送り込んでくれる、唯一のそして良い機会だったりするのだ。
 
昨夜はあれほどの賑わいを見せていた宿の前の新世界通りは、二十四時間営業の串カツ屋と釣り堀に明かりがともっている程度で人影も少なくしんとしていた。
すぐ近くには戦前から続くJyan・Jyan横丁というアーケード街がある事は知っていた。早朝という事もあり、おそらく人影もないであろう薄暗い横丁を想像していたけれどそれはまったく違っていた。ホルモン焼きのような、焼き鳥のような何かのいい匂いが漂い、そちこちに点在している立ち飲み屋の多くが営業してるのだ。通りすがりにのぞいてみると客の入りも上々で、朝メシかと思いきや、皆ちゃんとアルコールを楽しんでいる。時計を見るとまだ七時廻ったばかりの時間だった。この光景を目の当たりにして、この歴史ある横丁が一番賑わうであろう、夕方の表情にものすごく興味を惹かれてしまった。

 

宿の窓から目の前に見えていたこの日本一高いというビル。
多くのご諸兄方が知っての通り、僕は高い所はあまり得意ではないから、もちろん最初は昇ってみようなどとは思ってもいなかった。けれどもその姿を数回見ているうちに、淡いグリーンの摩天楼に見えてくるのだから、旅のという非日常のもたらす感覚も不思議なものだ。まっすぐに歩いていけば十五分程だろうけれど、筋向いに古いアーケード街を見つけてしまい結局、小一時間ほどかけてたどり着く事になってしまった。
   
この展望台は天井から床まで全面ガラス張りで、下の街並みがジオラマ模型のように見てとれる。 
それにしても慣れという脳の機能は素晴らしい。最初は怖くて窓から2m程離れて歩いていたけれど、360°の眺望を一周する頃には窓の手すりに触れるようになってきていた。

 

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58階にはこじんまりとしたCaféがあって、数人が珈琲のかをりの中で会話を楽しんでいる。
純粋なCaféかと思いきや、メニューの中に二種類のビールがあった。先程の寄り道で少し喉が渇いていた僕はその二種類ともチョイス。昨夜訪れた梅田のビル街を遠くに望みながら、本日のオオサカ・テーマを考えていた。天気も雨が降っていることだし、昨日行きそびれてしまったとん堀界隈を彷徨いながら、”粉もんで呑む”というのがどうやら正解のようだ。

 

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なんば駅が最寄り駅となる道頓堀へは大通へと通じるアーケードが三本ほどあり雨の日の散策には好都合だった。
中でも一番の賑わいを見せるのは法善寺横丁に通じる千日前だろう。新世界と同じように派手な看板が立ち並び、眺めながら歩くだけでも楽しい。さすがは大阪の観光地、平日というのに通りは人でごった返し、有名店には長蛇の列といった具合だ。最初はお好み焼きにするか、たこ焼きにするかと迷いながら歩いたけど、その選択肢よりも待ち時間の少なそうな店という選択肢しかないようだった。偶然見つけた空いてそうなお好み焼きの店。芳ばしいソースのかをりとふんわりとした食感、それに冷たいビールが歩き疲れた体に沁みわたる。
 
この日はまだ明るい夕方早くに新世界へと戻ってきた。
今朝ほど歩いたJyan・Jyan横丁。夕暮れ時には一体どんな表情をしているのだろうかと逸る心を抑えてゆっくりと歩いてみる。床屋に始まり、レトロなゲームセンター、囲碁将棋クラブ、喫茶店、駄菓子屋、たばこ店、衣料品店などが飲食店と渾然と一体化し、昭和三十年台から時が止まったような佇まいを呈しているのだ。
店の雰囲気を眺めるだけでも楽しくて結局、二往復もしてしまった。そして粉もんの仕上げに選んだのはこの横丁で唯一のたこ焼きの店だった。主はまだ四十代と思しき若い人だけど気さくな人で、新世界界隈に始まりとん堀の事や阿倍野筋の昔からのいろんな事を教えてくれる。今朝ほどこの横丁で見た光景を話すと、それが大阪で言うモーニングなのだと聞いてビックリしてしまった。また、そんな店は閉店も早くて午後八時頃には閉まってしまう事や、梅田もそうだったけどとん堀などでもほとんど大阪弁が聞こえてこない訳も教えてくれた。大阪弁を耳からのあてにしてカリ・トロうまいたこ焼きに、冷えたビールをお代りしながら過ごしたこの店が、一番大阪を満喫した時間のような気がする。

 

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初めての大阪。
宿に向かいながらまたいつか、この通りをこうして歩くような気がしていた。昨日行ったいわゆるキタは近代的で洗練された表情をしていたし、とん堀界隈のミナミはまさにザ・大阪とでもいえる場所だった。そしてこの新世界も不思議な街。下町ディープな昭和三十年台の表情もみせれば、通天閣というシンボルも持ち合わせ、とん堀にまけないサインもある。Jyan・Jyan横丁の手前の路地で見つけた近所の常連専用のような軒下の飲み屋や喫茶店。いまもレスカは健在だし、関西ではアイスコーヒーを冷コー(レイコー)と言うのをいつかラヂオで耳にした事を思い出していた。

 

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2017年10月27日 (金)

2000kmの非日常(2/4) キタ と ミナミ と 新世界

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大坂へ向かった一番の理由は大阪城でもなく、ましてやUSJなどでもなくて、ベタコテと言われるなにわの世界を体験してみたかったから。
その為に確保した宿は今回、僕の行動半径の一番南側に位置する新世界。通天閣すぐ近くというそのキャッチフレーズが気に入った宿だった。大通りから宿のある路地に入るとすぐに目に飛び込んできたのは、大坂ならではのど派手な看板群だった。それらはきっと初めて見る者を圧倒し、そしてようやく大坂にやってきたのだという実感を与えてくれる。そんな通りにずらっと並ぶ看板群に暫し目を取られつつ、ふと視線を右に向けると洒落た洋館風のビルがあった。隣の串カツ屋や向かいの寿司屋の看板の中で、そこだけ異空間という雰囲気を醸し出すそのビル。エントランスの壁に掲げられた、なんとも控え目に見えてしまったサインを見て、初めてここが二泊の宿なのだと気がついた。
宿にクルマと荷物を預け、新世界という初めての世界をブラついてみる。
それにしても、目の前にそびえ立つ通天閣とマッチする派手な看板群だなと、妙に感心してしまった。ちょうど日曜日の昼時ということもあるのだろうか、人通りもかなり多く客引きが声を張り上げその光景は僕にとっては、”あらまぁ・・・”というような活気を呈していた。多くの店が店先のショーウインドーに串カツのネタが所狭しと飾ってある。ネタとそれを揚げた串カツをビフォー・アフターのように並べていたり、上に鏡を仕込んでまるでテーブル席からみたようにしてある店など、それぞれの工夫を見て歩くのも楽しいものだ。そんな中で見つけた昔懐かしい赤いウインナーのある店。僕はフラリとその暖簾をくぐり、串カツとビールの昼飯で大阪二日間のスタートを切った。

 

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今回の大阪で一番楽しみにしていた場所は”nanba-grando-kagetu”という吉本の劇場だった。
なんとなく大阪の宿を漁り始めたのは六月頃の事。その時頭に浮かんでいたのは、せっかく大阪にいくのだから本場のお笑いを体験してみたいという事だ。ところがHPの公演スケジュールは八月までで、九月以降はまだ先の話だなぐらいにしか思っていなかった。夏ごろにフェリーの50%OFFチケットをようやく手に入れ、目当ての公演予定を見てみるとまさかの、年末近くまで改修工事の為に休館という文字。”おでかけ”というのもやっているようだけど、その劇場の雰囲気も味わいたかったので結局止めてしまった。代替案として思いついたのが梅キタでの晩飯の途中で立ち寄れる大阪城や中之島公園、造幣局などを川から巡る水上バスだ。これがまた実に楽しい体験だった。傍で見るよりも喫水線がずっと高く、もし窓が開いたなら座席に座ったままで水に触れることが出来るだろう。
それにしても、さすが水の都大阪だ。
中之島公園はもちろんのこと、川辺の殆どの店にテラス席があり、カップルにせよグループにせよみな様々なスタイルで日曜の午後を楽しんでいた。土地柄というか気質なのだろうか、新世界でも思ったのだけど、Alcを楽しんでいる人達の多いこと。そして水上バスで通りすぎる観光客に気軽に手を振ってくれる。僕もちょうど船内販売で手に入れた缶ビールで岸辺からの乾杯に応えたのは言うまでもない。けれどこの大阪という土地柄の本当の凄さを知るのは翌朝の散歩の時となる。

 

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僕はクルマで旅することが殆どなのでその土地の公共交通機関を利用するということはあまりない。
だから知らない土地で行き先の地名(駅名)だけで乗り物に乗るというのもわくわくする体験だった。幾つかある路線の中で主に利用したのが御堂筋線という地下鉄だ。この路線は観光客にとっても、キタ~新世界までを行き来するのに非常に便利な駅構成になっていて、今回の行動半径最北の梅田と最南の天王寺までは二十分程で移動できる。この日の晩メシは、実に広大なと言えば簡単だけど、三~四回程度では迷子になるのが必至と思われる梅田駅地下街を抜けたアーケード街の一軒を目ざしていた。
 
その後は夜のとん堀でも歩いてみようかと考えていたけれど、数時間前に初めて出会った新世界という大阪の第一印象が強烈でそのまま宿まで戻ってしまった。
案の定、昼とは全く違う表情を見せる新世界。ライトアップされた通天閣と灯りの点った看板達は、下から見上げても展望台から見下ろしても不思議な感覚にさせてくれる。
それはまるで宮崎アニメの湯屋街のような、あたかもこの世からフェイドアウトされた別の世界の光景に見えた。

 

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2017年10月14日 (土)

2000kmの非日常(1/4) 洋上の海風

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『来月、大阪に行こうと思っている』、こう話を切り出したのは友人達との宴席での事だった。
案の定みなの反応は距離を勘案してのことだろう、仙台から飛べば一時間とか、新幹線でも半日で着くな・・・というものだ。そこで仙台港からフェリーにクルマを積み込み名古屋港で陸揚げ、そこから陸路で大阪入りの予定なのだと手短に往程を説明した。
それっていったい何時間かかる?とみなが口をそろえる。船が二十二時間で名古屋から大阪まで二時間だから、ちょうど二十四時間をかけて約一千㎞の移動をするのだと答えた。
 
 
昨年のちょうど今頃は北海道への旅だった。
いま思い返してみると何のことはない日本海と太平洋の船旅を愉しみたかったと言うのが本音に違いなかった。往路は新潟~小樽、復路は苫小牧~仙台という天候にも恵まれた最高の船旅だった。そんな事を思い返しても北海道では天候にも恵まれなかったし、ただ目的地の苫小牧に向けて札幌~旭川~美瑛~富良野をただ駆け抜けたという感が否めないだろう。
ちょうど一年まえ、苫小牧から仙台まで僕ら運んでくれたこの”いしかり”という船。
午前十時に仙台港入港後、三時間程で今度は名古屋へ向けての出港となる。昨年はここで下船したのだけど、今回はこれからの行程の起点となる。

 

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福島県小名浜沖あたりで船内アナウンスが流れる。
昨夜七時に名古屋港を出港し、仙台港へと向かう姉妹船と間もなくすれ違うのだという。両船とも汽笛を鳴らし合い、乗客同士が手を振り合うのも船旅ならではの光景だろう。これを反航ということも今回初めて知ったのだった。
クルマで旅をする者にとって長距離フェリーの船倉はまさに宿の駐車場。それこそエンジンを切ればまさに本日の業務終了といった具合なのだ。前回この船に乗り込んだのは夜だったから、満天の星空と左舷の水平線から昇る太陽を堪能したものだった。この船で初めて体験する午後の微睡のような、ゆっくりと流れる何もしないという贅沢な時間。柔らかな日差しとピアノとヴァイオリンの音色が心地良い。時折、スカイデッキに出てみれば刻々と変わる水平線の表情や、そこを渡ってきた海風が酔った頬をクールダウンしてくれる。さまざまな出会いもあり、まさに日没まで過ごしたこの右舷のラウンジは最高の場所だった。

 

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琵琶湖よりも西に行ったことのない僕にとっては、名古屋という上陸地点も魅力的だった。
今回の行程で京都をスルーしたのは、またこの航路でここに来るという根拠のない確信のようなものもあったから。関西への拠点としてはもちろんの事、少し足を延ばせば淡路島を渡り午後二時頃には四国に入り、大鳴門橋から鳴門の渦潮を見下ろす事も可能なのだから。それにこの二十二時間の船旅がセットとなれば、僕にとっては文句のつけようがない基準ルートなのだ。

 

 

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僕がフェリーに憑かれたのはちょうど二年前。
静岡のロダン美術館から伊豆の宿へと向かう途中だった。三保松原は時間がないのでパスするにしても、清水港は通過点に選択した場所のひとつ。宿のある伊豆・土肥港までのフェリー路線があるのは知っていたけれど、乗る気もなかったので時間などは調べもしていなかった。けれど埠頭にいた大きな白い船体はなぜか魅力的に僕の目に映ってしまった。駐車場の係員の人に予約をしていないが、乗れるのだろうか?と訊いてみると出向10分前だから大至急乗船手続きするようにと言われた。
慌ただしく船倉にクルマを積み込みデッキに出ると同時に船が動き出す。少しづつ離れてゆくターミナルを眺めながら途中のコンビニでコーヒーでも、と考えた事を思い出していた。如何せん内陸育ちの腑性からだろうか、折角だから海を見ながら飲みたいと思ったことがいまこうしてデッキで全身に海風を浴びることになっている。旅先でのこんな些細なタイミングというのも面白い。土肥港までの僅か一時間程。この初めての光景がフェリーに憑かれた原点になっている。左を見れば富士山、右を見れば駿河湾を経て太平洋、そしてずっと見とれていたのが、船尾に沈む夕日と航跡に煌くみなもだった。港からわずか数分程度、宿の駐車場で先ほどの光景を思い出していた。当たり前の事だけど土肥港に到着してエンヂンのスタートボタンを押せば、清水港で聴いていたアルバムが途中から演奏されていたし、S・Aにでも立寄ったのと何も変わらなかったのかもしれない。ただ一つ、ナビの通過点の履歴が駿河湾上で途切れていることを除いては。

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