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2017年5月25日 (木)

初夏の色彩

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ゴールデンウィークも通り過ぎてしばらくすると、快適な湿度と気温を持った高気圧に長く覆われる季節がやってくる。
春の花はわりと暖色系が多いような気がするのだけど、この爽やかな空気の中で少しずつ寒色系の花が視界にはいるようになってきた。ラベンダーや紫陽花、それに菖蒲や花菖蒲はまだ咲き始めだけど、ちょうど満開の時期を迎えた花もある。それが新緑の里山でも遠目に気づくこの桐と藤の花。この地方での藤棚はうっかりしていると冬期間に雪で壊れるので、あまり見かける事は少ないという事情もある。けれども少し郊外へと足を運べば立木に巻きついて自生している藤の花をたくさん見ることができる。桐は自生しているものよりも農家の庭先植えてあるケースが多くて、どちらも僕にとっては季節が夏へと向かっていることを知らせてくれる好きな色。色の絵本にもひとえに藤色と言っても『青藤色』『薄藤色』『白藤色』などのバリエーションがある書いてあって、昔から日本女性が愛してきた伝統色なのだという事を知った。

 

上の絵は桐の木に藤蔓が巻きついているという、ありそうでなかった初めて見る組み合わせだった。
これを見ていて思ったのは桐にとってはどうにも歩が悪いだろうということだ。同じ時期に咲く藤の花はあまりにもポピュラーで、それと間違えられたり、あげくの果てに藤色などと言われたことも数多あったに違いない。それでも同時に見れば同じ色目の花でも桐と藤の違いを説明するのには好都合だ。上に向かって咲くのが桐で、下に向かって咲くが藤なのだと明確に説明できる。
この花たちをながめていて心に浮かんできたのは遠い昔の記憶だった。
それは僕がまだ紅顔の少年だった頃に、年の離れた従姉達と遊んでいた花札の事で、”こいこい”という遊びの中で出てくる役の名前だった。つい懐かしくなっていろいろと調べてみると、どうやらそれはあくまでローカルな役だったらしい。けれど子供心にも変な絵が描いてあると思っていた花札にこめられた、日本の花鳥風月を知ることができたのは実に嬉しい事だった。
   
当時は疑問すら浮かばなかった事が、どうもこの歳になるといろいろと引っかかってしまう。
それは藤が四月で桐が十二月の札だということなのだ。いろいろとリンクを回ってみると、どうやらこの国では藤よりも桐の方が遥かに格上の扱いがされてきた事を知った。桐は菊と並んで皇室の印であったり、戦国時代の天皇はその印を武将たちに下賜したりもしたらしい。その一人であった豊臣秀吉はそれを家紋にしていたり、気をつけて見てみると事実上日本政府のマークになっていて、パスポートや公式会見の演台にはちゃんと桐が入っている。十二月の札である桐は何故か三枚がカスで、最後の五光に不思議な鳥が描かれていたのはずっと記憶に残っていた。
それこそが伝説の霊鳥である鳳凰だった事を初めて知るきっかけとなった、2017-初夏の色彩だった。
 僕の仕事場の前にある河川敷にはニセアカシアの林があって、木々の間にチラホラと卯の花色の小さな房が見え始めた。
あと十日もすれば芒種をむかえる。
その頃には甘いかをりの中での散歩を愉しめるだろう。

 

 

嗚呼。
     いままでも、これからも”猪鹿蝶”と関わりのないご諸兄方、ごめんなさい。

 

***

 

先週末から週明けにかけて各地とも五月としては記録的な暑さだったようだ。
僕の所ではまだ真夏日で済んだけれど、峠を越えた隣街では猛暑日を記録したとニュースで言っていた。そんな日が続いたかと思えば今朝の最低気温は平年並みの16℃だったりする。
まるで八百万の神様たちの中に、「来年酉年の連休明けは清々しい初夏の間に真夏を挟み込んでみるのはどうだろう」と神無月の例会で斬新なアイディアを出した若い神様がいて、うん、それもおもしろいだろうとなんとなく決議されたような具合だ。
 
近頃は「例年なみ」という言葉が通用しないほど、雨の降り方や気候が変わってきている。
昨年のような大きな気象変動が今年のリストには載っていない事を願うばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

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