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2017年5月12日 (金)

よくぞ日本に生まれけり

170501

 

このタイトルはずっと以前に全巻を買いそろえて読みふけった、食をテーマとした漫画の一項目だっような気がする。
先月はるか離れたところから僕の許へと舞い降りた一冊の本。それは『日本の言葉の由来を愛おしむ』という表題で、サブタイトルには「語源が伝える日本人の心」と書かれてあった。以前、同じ人が贈ってくれて今やお気に入りの色の絵本となった、『日本の伝統色を愉しむ』と同じシリーズだと初めて知ったのは表紙の裏側を見てからのこと。

 

普段何気なく使っている日本の言葉について、由来を知るという事は僕にとっていままで思いもつかなかったこと。
五章で括られた目次を眺めただけでもどこから読み始めようかと迷ってしまう内容で、読み終えて思ったこと。それはまさに巻頭で著者が記している通りに「必ず置いていってくれるお土産が一つ。ちょっと誇らしく、幸せな気分です。」
になれることだった。


文字通り暮らしとは暮らすという動詞から生まれた名詞。
”くら”とは日が暮れるという意味を持ち、”す”とは行為を表すと書かれてあった。つまり昔人にとっては日が暮れるまで時を過ごすという意味があったようだ。僕の場合ここ半年程だろうか、ときどきやってしまっている無為に過ごす、という時間の使い方への後ろめたさみたいなものがあって、心に浮かんだのはあまり良くないイメージだった。現代人はデジタル数字の並びで”時”を知るけれど、昔人の”時”とは全く質が異なるものだったのではないだろうかと思った。朝日が眩しいけれど爽やかな風を感じる頃、日が高くなって小鳥の声がすがすがしい頃、それから疲労感を少しずつ覚え始め赤く染まった空を見上げる頃。もちろん時計などは持っていないから、ゆったりと動く太陽と共にいつもこうした”時”を感じていたに違いない。日暮れは毎日やってくるし、たまには”暮らし”を五感で感じていた昔人に思いを馳せてみる日本人でありたい。

 

***

 

この建物が江戸時代から続く、豪農・豪商の旧家だった事を知ったのはつい最近のこと。
それも秀逸な政客を三人も排出している名家なのだ。三つの蔵と共に目を見張る程大きな十間蔵という土蔵もあり、実にすばらしい旧家だ。これだけのものを無料で見学ができて、夜は9時までのナイター営業なのだそうだ。タオルと履物も無料で貸してくれる足湯と手湯もあって、ライトアップされた庭園はまた違った表情を見せてくれるだろう。
 
上の絵は母屋の中央部に位置し、一番奥の通間までの三部屋すべてでそれぞれに趣が異なる造りがされている。
組子細工が施された欄間や襖戸も、もちろん素晴らしいのだけど、僕が一番惹かれたのは一番手前部屋にある襖戸だった。良く見ると古い絵や扇子のような形に描かれた古文書のようなものが貼ってある。暫く見入っているとボランティアガイドの人が声をかけてきてくれた。
彼の説明では20年程誰も住んでいなかったのだけど、一般公開を機に古い襖戸に貼ってあったこれらの絵を、多少修復しながら寸分違わず張り替えたのだそうだ。部屋の真ん中に腰をおろして通間の方に目をやると、”時”とは自然の変化でありその自然の中には自分自身も含まれているのだと、襖の絵たちが呟いているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

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