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2017年2月17日 (金)

湯けむりが醸す旅情

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今までに訪れた多くの湯屋街がそうであるように、そこに集う人たちは中高年が大多数を占める。
と言った具合に、いつしか僕の中でこんな既成概念が出来ていた事にはじめて気が付いたのはこの温泉地に降り立った時だった。なんと言っても一番驚いたのは若者のカップルやグループが大勢いて、おそらく過半数は占めていると思われたこと。湯畑のすぐ傍にある土産物屋や温泉饅頭の店に若者が群がっているのを眺めていると、ここは何かのアミューズメント施設なのだろうかと錯覚しそうになるのだけど、時おり風の気まぐれで運ばれてくる湯気と硫黄の匂いがそれを打ち消してしまう。
彼らは湯畑の周りを一通り散策した後は誰が言うでもなく皆、『西の河原通り』へと吸い込まれてゆく。僕もつられてその通に入っていったのだけど、なんだかどこかで見た懐かしい通りのような気がしていた。両脇にずらっと並ぶ小洒落た店をみて思い出したのは高山市の(古い町並み)によく似ている事だった。手焼き煎餅屋の店先には”煎餅をかじりながらの散策・・・一枚からどうぞ!”などと粋な張り紙がしてあって、辛い物好きが選んだのはもちろん七味唐辛子ヴァージョンだ。
湯畑から西に歩いて10分ほど。
この『西の河原(さいのかわら)』も其処かしこからお湯が湧き出し、それが集まって湯川となり温泉街の方へと流れていた。この湯けむりで煙る河原を歩きながら思ったのはきっと日本人のDNAが人を呼ぶのではないだろうかという事だった。入浴という習慣のある民族は、きっと湯気を見ると昔なり、ふるさとなりの何らかの記憶や安堵感を呼び覚ますに違いないのだから。それが証拠にこの場所は富士山とは違い、日本語以外の会話はほとんど聞くことがなかった。
「にっぽんの温泉100選」に11年連続一位というポスターがあった。
二位と三位は湯布院と登別が交互に鬩ぎ合いをしているようだけど、この温泉街自体の取り組む姿勢が一位を継続させているように感じた。なぜならば湯畑のすぐそばに町でよく見かける数字で呼ぶコンビニやペットホテル、若人のよく集う居酒屋チェーンの店舗があった。小さな子供を連れた家族連れもたくさん見かけたけれど、これなら安心して旅行もできるだろう。

 

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話が前後してしまったけれど、湯畑の最上流部(湧き出し場所)でこんな古い木枠を見つけた。
随分と歴史のあるものだろうと解説板を探したら、柵と同じ御影石に日本語と英語で彫りこんである立派なものが柵に掲げてあることにようやく気がついた。同じ柄なので気がつくのに少し時間がかかってしまったけれど、これは御汲上げの湯枠と呼ばれるもので、歴代徳川将軍はここから汲まれた湯を樽詰めして江戸城へと運ばせていたと記されていた。この場所に来て初めて知ったのだけどここの標高1,200mほど。江戸への道のりはほとんどが下り坂だから少しは楽だったのかな、などと昔に思いを馳せながら要らぬ心配をしてしまう。この温泉を家康に紹介したのが、秀吉だとも記されていた。絵では良く分からないけれど、この木枠の中からはかつて徳川家御用達だったもの凄い量のお湯が湧き出している。きっとこれは出前温泉の元祖だったに違いない。

 

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この温泉を訪れるきっかけとなったのはいとこ会。
そんなきっかけがなければ、僕にとってはたぶん訪れることのなかった場所。”クサツヨイトコイチドハオイデ”。日本ロマンチック街道である国道292号線の道路に施されたメロディーラインがそんなタイヤとそんな旋律を奏でた事を思い出しながら確かにそうだと思った。今回は湯屋が定休日になっていて体験が叶わなかった、熱湯好きの僕にとってはたまらない時間湯。また違う季節に訪れてみたい僕のリストに入れてしまってから、あっ!と思いだしたのはあの11年連続一位というあのポスターだった。

 

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