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2016年12月の記事

2016年12月22日 (木)

冬至とかぼちゃと赤ワイン

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冬 至
 
 
日南の限りを行きて
 
日の短きの至り
 
なれば也
暦便覧より          .

 

 

キリッと冷えた白を好んだ季節から、赤が恋しくなりだす長袖の季節もとうに過ぎてしまった。
僕の暮らす地方は雪国だから今頃の時期はどうしても時雨れる事が多い。一日中鉛色の空の下で暮らしていると、たまに気まぐれな雲の隙間から顔をのぞかせる、青空なり夕日が飛びきり美しく見えるようだ。けれど昨日は偶然にも一日中、快晴の天候に恵まれた。こんな事は思い返してもここ10年ほどはなかったような気がする。朝は子供のように何度も空を見上げ、昼休みは用もないのに外出して日差しを浴び、夕方には早々と暮色に染まる街並みを仕事場の窓から眺めることができたのは嬉しい限りだった。

 

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例えば、良くない事が続いた後に幸運に転じる事を一陽来復と言うように。
先人はこの日を冬のどん底と思い、ここから太陽の光が復活して春に向かうと考えていたらしい。今年うまく行かなかった事もきっと来年は良い方向へ向かうという前向きな願いもこの言葉に込められているに違いない。
一年の計は元旦にあり。
これは僕が小さなころに周囲の大人たちからよく言われた言葉。いつのまにか自分がそんな歳になり、あわてて子供たちに言ってはみるのだけどいかんせん今の生活習慣と彼らの感性にはどうも響かないようだ。
子供のころの記憶を辿ってみると、日本人は正月をことのほか大切にしてきた事が思い出される。晦日になれば歳神様が降りてくる目印を立てたり、家の中に神聖な場所を作り、お供え物をしてそれぞれの家で迎える。
古来、お正月とは新年の神様である歳神様を迎えて幸運を授けてもらう大切な日。
そんな事を丁寧に説明してくれる大人たちの話を真顔で聞き流しながら、胸の中でお年玉の皮算用をしていたのは何を隠そうまだ紅顔の少年であった僕なのだった。

 

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この店は僕のお気に入りのワインバー。
いつもは不定期に寄るのだけど夏至のあたりと冬至のあたりには必ず顔を出す。目当てはいつも『本日の・・・(夏至は白)と(冬至は赤)』。むろんワインバーとはいっても洋酒の品ぞろえも豊富で、時おり珍しいエールビールやシングルモルトにもありつける。
この店のオーナーはkeikoさんという自らワインショップも営む女性のソムリエ。ここを会場に定期的にワイン講座も開催される。僕も2度ほど出席してテイスティングの方法を教わったり、葡萄の品種ごとの特徴も体験させてもらった。けれど、いつもどうしても覚えられないのがワインの名前だった。それをこぼすと、そんな事よりも日本酒よりもずっとシビアな、”あて”とのマリアージュを間違えなければ、それでいいのだと彼女は笑うのだけど。
さて冬至に食べたあずきの入ったかぼちゃの煮物。
普段飲みの安物(もちろんライトボディ)の赤を少し温め、ホットワインにして食べてみたらビックリするくらいに美味しいマリアージュだった。

 

 

 

 

 

 

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2016年12月 1日 (木)

春待月 廿日間のカウントダウン

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今年の冬は少し様子が違うようでいまだ積雪のない暗い朝が続いている。
いままで何度か雪は舞ったのだけどまだ積雪にまでは至っていないし、周囲の山々すらもうっすらと白い程度なのだ。なのに関東圏では半世紀ぶりの11月の積雪に見舞われたりなどしているけれど、これも温暖化の一環なのだという事をニュースで言っていた。
ここ最近の暗い朝。
秋口まであれ程いろんな事が出来た、朝活という僕の自由時間もすっかりと影を潜めてしまった。平年ならば今頃は積雪もあって雪明りの仄かな明るさがあるのだけど、今は夜中も漆黒の闇が広がるばかりなのだ。そんな中でいま一番心待ちにしているのはもちろん冬至。僕はクリスチャンではないから、いまとなっては単に飲食会の理由となってしまっているクリスマスよりも、ずっとカウントダウンのし甲斐のある日なのかも知れない。
春待月。
これは12月の異名で僕の会話の中では師走よりも登場回数がずっと多い。先日クライアントとの会話の中で、これから雪の降り積もる冬が来るのが嫌だと言っていた人がいた。そんな彼女に言ったのは、冬が来なければ春は絶対に来ないのだから、サッサと終わらせもらうのがイチバンだし、なによりも12月は春待月だから冬至を過ぎれば一足先に光の春が始まるのだと。そしてその人はすごく前向きな考え方だと笑顔になってくれた。

 

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先日の事、PCの絵の倉庫で目が留まったこのスナップ。
記憶をたどりながら慎重に現像をしてみると浮かび上がってきたのは美しい落葉と、つい先日の非日常の旅から戻った自分の事だった。
この公園は仕事場のすぐ近くで目と鼻の先にはコンビニもあり、日差しが暖かなシーズン中は必ず2~3回はこのベンチで昼メシを食べていた。けれど今年は何か忙しい訳でもなかったけれどこの公園の事は考えもしなかった。だからこの絵を切り取った時もベンチで昼メシを食べるなんて思いつくこともなかった自分に、改めてビックリしてしまった。

 

 

秋はすべての葉が花となる
 
二番目の春である
アルベール・カミュ          .           

 


Bill Evans-My Foolish Heart

 

 

 

 

 

 

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