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2016年6月23日 (木)

夏至が過ぎた頃に

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今年も半分が終わってしまった。
こんな事をいきなり書いてしまうと、それは今月末日を以ってではないのか?と訝しがられるような気もするが、僕の中では夏至と冬至が一年の折り返し地点なのだ。何故そんな感覚をもっているのか、自分でもハッキリした理由があまりよく分らない。ただ一つ思い当たるとすれば、普段カレンダーよりも空を見る回数の方がずっと多いということ。
それにこの二つの特異日と四季をもたらしていたのは、神が創りたもうた奇跡的なこの星の地軸傾斜だと知ったのは、天文学者に憧れて図書館に通い詰めていた小学校時代の事だった。
暦などない大昔の遺跡も殆どがこの二つの太陽方角を基準に神殿などが作られているように、先人たちはこの二つの特異日を長年の生活経験の中から見出していたに違いない。

 

 

連休のなごりが落ち着き始める5月中旬頃から夏至まで間は、陽の出と日没の時間が変わってゆくのをハッキリと実感できる。
いよいよ僕の好きな朝活の季節の訪れだ。特に夏至までの二週間程は午前3時を過ぎれば空が白んでくる程に日の出が早くなる。そんな時に快晴(星空)だったりすると居ても立っても居られなくなって、クルマで1時間圏内のお気に入りの場所に出かけてみたりする。毎回とは限らないけれど、何度も見慣れたはず光景が全く違う横顔を見せてくれる時があって、それはいつも通い慣れた森の径でいきなり麗人に出くわしたような驚きなのだ。

 

この2枚の絵の前には( prologue )として乳白色の霧の中にボンヤリと輪郭が霞む水没林があった。
そこから朝陽が向こうの山から顔を出して霧を消し去り、( epilogue )を迎えるまで僅か30分程の出来事。それはまるで映画でも見ているような感覚だった。霧が降るという事は当然無風な訳で、休日でもない朝にこんなウユニ湖のような光景に出くわす事の幸運を神に感謝せねばと思った。
僕が朝活をするようになったのは、ずっと昔に読んだ某カレーハウスの創業者の言葉に由来する。それは『朝早く起きるという事は自分で自分の時間を創り出すこと』という件だった。朝活には自分で決めているルールがあって、どこで何をしていても7時には戻るということ。
そこから始まるのはいつもの、ごくありふれた朝なのだ。

 

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僕の書斎兼仕事場は偶然にも真北と真南に窓がある。
夏至を挟んで10日間程は日没の陽射しが北窓から室内へ届く。それを眺めていると、この星の奇跡的な偶然と宇宙の節理まで想いを馳せてしまう。これからまた季節が進み、今度は南の窓から夕陽が差し込むことだろう。暫らくしてそれが見えなくなる頃にはまちに待った光の春の訪れだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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