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2016年3月11日 (金)

まるで 昨日のことのやうに (Ⅷ) 1827 days ago ( chapter ) 

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これらの絵はPC内の倉庫で四年以上もの間ずっと眠っていたものたち。
何度かビュアーで眺めていたのだけど、この穏やかな光景の背後に広がっていたあの光景を思い出すと、現像する気にもならずにRAWデータのままでひっそりと存在し続けていた。
この海岸は近くの水族館からの帰りには必ずこの海水浴場に降りて、海の水に触れて帰るというお気に入りの場所だった。高台を走る県道から脇道に入るとどこにでもあるような海沿いの集落が広がり、その中を通り抜けるとこの海岸に出ることが出来る。僕がこの絵を切り取ったのは2011年も暮れようとした頃で、大地と海が荒れ狂ってからもう九ヶ月という時間が過ぎていた。

  
県道から脇道にそれてすぐに気がついたのは、この辺りからはまだまだ海は見えなかったはずだったということ。
けれどもその先はあたかも田んぼや畑であるように見通しが利くようになっていて、遠くにはうみが見えていた。くるまを進めるとそこにあったのは夥しい数の家屋の痕跡だった。道路の両側にはかつての建屋の形を連想させる白い基礎コンクリート累々と並び、ここがかつて広い集落であったことを語っていた。途中の空き地にくるまを停めてしばらく辺りを歩いてみる。生活感のあるゴミの一つでも落ちていてくれるとそこに人々の生活を感じられるのだけど、それすらも見つける事は出来なかった。いやそのこと自体がもはや何百年も経った遺跡のようにすら思えてきたものだ。
その日はめずらしく風のない日で、動くものは遠くに見える波だけだった。
風の音すら聞こえない茫漠と広がる無音の世界。見渡す限り人影のないこの場所に一人で立っていると、家の基礎たちが幻灯機のように、かつての風景を映しだすようなおかしな感覚に襲われる。半分その場を離れたいような気持ちで、そのまま水際までの200m程を歩き始める。

水辺に降りて改めて実感した。
遥か沖合いの海底が放った水の壁はあたかも自らの行く手に何もなかったかのように、この5m程もある防波堤を易々と乗り越えていったのだろう。

冬至の頃の日暮れは早い。
だいぶ傾いてきた陽射しの中に子供に何かを話している父親がいた。彼が身振り手振りを交えながら話していた事は、きっとここで一体何が起きたのかという事なのだと遠目で見ていた僕にも容易に察しがついた。あの時ははまだ小さいから内容はあまり分らないのかも知れないけれど、いつかその子が父親になった時にきっと同じ話をしてくれる事を願いながら。

 

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あれから時がすぎ何事もなかったように、いつもの澄み切った冬のそらと海が広がっていた。
これはきっとこの水の惑星で悠久の太古から続いてきた日常の光景なのだろう。今回の事はきっと地球という閉鎖された星の中での出来事と考えれば、台風の上陸と同じように今まで何度となく繰り返されてきた、自然現象の一つに過ぎなかったのかも知れない。けれども、今回は予測という文明の知恵も及ばずに失われたものは、あまりにも、あまりにも大きすぎた。

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もう日がとっぷりと暮れて、ヘッドライトの中をセンターラインがナトリューム灯のように流れてゆく帰りの道すがら。
僕は先ほどの光景を一つひとつ思い浮かべながら、ある思いを事実なのだと信じようとしていた。
それはあの集落の地形だった。
海岸と山に挟まれた細長い土地でそこに住んでいた人達は、すぐ裏手の山に避難して全員が無事だったのだということを。

 

  
  

 

讃美歌第2偏167番   < 白鳥 恵美子 >
   

 

この美しい歌声を
  
五年前のあの日
西の十万億土へと旅立った
多くの御霊と
  
昔からそうだったように
これからも何ら変わらない
穏やかな東北のうみとそらに捧ぐ

 

 

<4/6>

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