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2015年12月11日 (金)

1,000哩の非日常 (4/4)  北の城下町へ

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二日前、琵琶湖と出逢った時もそうだった。
僕には美しい湖や川、海岸なりと出逢うとその水に触れてみたくなる妙な癖みたいなものがあって、ツアーの場合や同行者がいる時など何度口惜しい思いをしたことだろう。そんな事を思い返してみると、きっと水に触れたい=水辺という場所が好きなのだ。
基本的に人は一人ひとりが暮らしている土地に立脚した自然観、いやもっと大きな括りで言えば地球観のようなものを持っているもの。僕にとっての川のイメージは山に降ったひとつぶの雨粒から始まっている。それらが少しずつ集り、またそれが幾筋も集まり川というものを形成してゆくという、地理でメカニズムを習った通りのものだ。ましてや山から遠く離れた市街地では、流域面積が大きくなっているので雨が降れば濁って増水するのは当たり前。夏場の渇水期には水量もグッと落ちて、臭いや汚れが目に付くようになるものだ。


今日までのそんな概念をあっさりと覆す稀な清流は、車が洪水のように流れる国道一号線(東海道)の道路沿いにある崖の下からいきなり始まっていた。
その湧水点は近くに東名・新東名が走る広大な市街地の中にあって、天然記念物としての保護公園として整備されている場所。公園に設置されていた案内板にはこの川はここから40kmも離れた富士山の伏流水である事が記されていた。そしてなによりもビックリしたのはその水量で、一日あたり百万トンを誇り東洋一だとも書いてある。忍野八海は目の前に富士山が聳え、いかにもその湧水池(泉)といった印象があった。遙か彼方の富士山に降った雨や雪が清冽な伏流水となって、これだけ多量に湧き出しているのをみると、この日本一の山が形成された地球規模の偶然にまで想いを馳せてしまう。

  
この公園をひと回りして初めて気が付いたこと。
それはここには直接水に触れられる場所がないことだった。天然記念物ということも、水辺の保護の為に遊歩道が整備されていたのもここに来てから知ったこと。僕は事前にWebでコト細かく調べたりする性質ではないというのも、今時のご時勢にそぐわない悪いクセ。そんな性格に追い打ちをかけるように今どきの電話も持っていないから、現地に来てからパッと調べる事も出来ないのだ。そんな僕の情報源はそこで長い時間を過ごしてきた現地の人に訊くのが一番だと思っている。そうは言っても思い通りに行かないのが世の常。駐車場係の人には両岸は民有地で崖だから難しいと言われ、ダメ元で尋ねてみた展望台で民芸品を売っていた初老の男性は、この公園を出てすぐの信号を左へ~、と身振り手振りで親切に教えてくれた。言われた通りに行くとおそらくガイドブックにも載っていない小さな駐車場があって、そこからようやく水辺へと下り立つ事ができた。

 

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今回どうしても水辺に来たかった理由。
それはせっかくの非日常の旅なのだから、普段は見る事のない非日常の光景を見てみたいと思っていたこと。フトこんな事が出来たらと思いついて試作品を作り、テストをしながら完成度を高めてゆく。僕にとっても出来ない理由を並べるより、どうすれば実現できるか考える楽しい時間。ポリプロピレンという難着性の物質に透明アクリル板をくっ付けるのは苦労したけれど、費用もわずか数百円程度で完成した。
おそらく年間を通じて水温も水量も変わる事がなくしかも雨が降っても濁る理由もない。15メートル程の川幅がある対岸まで見通せる程の清流の魚になる事が叶ったのは、まさに展望台にいた彼のお蔭だった。なぜならばこの謀がなかったのなら、駐車場で訊いた段階で諦めていたに違いなかったから。

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陸路を移動する僕にとって必ず鉄の馬に同乗している相棒がいる。
それが音楽。これがあれば会話のない退屈なんて無縁だし、密室なので好みのボリュゥムで愉しむ事が出来る。普段は主に仙台と関東圏のFMを聴いているのだけど、今は便利な時代で心にとまる楽曲があれば、後で番組のOn_Airリストで曲名を調べる事が出来る。それから優中部でアーティストを確かめたなら、そのアルバムをレンタルするという方法でもう1700曲ぐらいになってしまった。最近は特に自分の気持ちや窓を流れる風景が渇望する曲がなければプレーヤーお任せのシャッフルモードとなる。カレが選んだ曲がどうもしっくりこなければスキップすればいいし、気にならなければそのまま聞き流し、フロントグラスを流れる風景なり、その時の心情なりで、あっ!と思えばそのアルバムに入ってゆく。またこれだけの曲数となってくると自分でカードにコピーしたことすら忘れていた曲に出会ったりするのも愉しいもの。それは懐かしい旧友との再会だったり、昔一度だけ会った人との再会のようだったりもする。
河口湖をかすめた時、富士山の裾野から偶然に現れたエンジェルラダー。
軽く心地よい疲労感の中、四日間の記憶をたどりながら400光年の宵闇の中を一気に駆け抜ける中央道。そのときカレが一番最初に選んだ曲は夏の終わり頃から惹かれ始めたカンツォーネ。
それも最近仲間に入ったばかりの、GIGLIOLA CINQUETTI の ”NON HO L'ETÀ” だった。

 



ジリオラ・チンクエッティー <夢見る想い>

 
 
一昨年の冬はシャンソンとミュゼットにどっぷりと浸かっていた
 
 
今年はカンツォーネ

この心地よい異国の響きには

どんな景色のタグが付くのだろか
 

 

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