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2015年10月の記事

2015年10月19日 (月)

小春日和が誘う場所

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ここのところずっと秋晴れが続いていて心地よい陽ざしが降り注ぐ日が続いている。
穏やかな休日に空を見上げてフト気に留まったのは陽ざしの波長成分の事。それは日々短くなってゆく日あしに反比例するよう、赤外側の波長が長くなっているような気がするのだ。今ごろの陽ざしはもう表面をジリジリと焼く情熱的なものではなくて、体の深部からの心地よい温熱感をもたらしてくれるより遠赤外側に寄った波長なのかも知れない。小春日和の陽ざしの差し込む室内での昼寝なんかは最高の贅沢のように思えてくる。きっと誰しもが持っているであろう、幼いころに母親に抱かれていた温もりと明るさと匂いをもった空間だったように。

 

朝の最低気温が一桁台に入り始めると空気が澄みだし、やにわに遠望が利くようになってくる。僕の住んでいるこの街は盆地だから、360度の視界のどこかには必ず山が入るのだけど、春霞の季節から約半年ぶりに山肌の様子まで詳細に見えるし、いままでは見える事のなかった直線距離で80㎞程はなれた、出羽三山の一つである月山も見えるようになってきた。何か体を動かしたいなぁと思うのも毎年今頃のことで、もうひどい汗をかく事もなくなってスポーツにもちょうど良いこの気温は山にでも登ってみたら?と陽ざしが挑発する。若い頃は一泊程度の山行は結構出掛けたものだけど、それもしなくなって30年近くの時間が経ってしまった。最近登ったといえばほんの半日コースで、それも四年も前の話になってしまっていた。
そんな事を思いながら目の前に横たわる吾妻連峰を眺めていたら、昔この山の尾根から鳥海山を見たことを思い出した。吾妻連峰は山形県と福島県に跨る山で、云わば山形県の一番南端にあたる場所。そして鳥海山は山形県と秋田県に跨る山で同じく北の端に位置する。直線距離にすれば約150km。その姿を目にできるのは空気清澄度の高い今頃から冬にかけてという事になる。吾妻連峰はその山容の通り尾根は比較的平らで、大げさではなくて本当に鼻歌を歌いながら縦走できる山。そう言えば吾妻はスカイツリーを見ることができる北限の山だと聞いた事がある。高さ630mのツリーの先っぽを250㎞はなれた標高2,030mの山頂から見ることができるのだろうか。そこには地球という曲率半径6,370㎞という地上での都合もあったりする。アインシュタインが重力で光が曲がることを証明したから、計算上は先っぽしか見えなくてももう少し下まで見えるのかもしれない。
そんなことを考えながらもう半分登るつもりで夏山リフト運転はと調べたら嗚呼、25日で終了だった。

 

 

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山は近づけば近づくほどその姿は見えにくくなる
 
足元を見つめその大きな気配を感じながら前にすすむ
 
いまの僕にとってその感覚は
 
足で登るのもクルマで登るのも変わらない
 
  (自由人)

 

 

山はその過酷な環境の中へ訪れる者達を、時にはその命と引き換えにと言う条件付きで、温かく迎え入れるのである。
真夏の縦走で凍死しかけたのは三十年も昔のことで、その標高は吾妻山よりも500mも低い場所だった。

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2015年10月 3日 (土)

秋の黄昏に思ひ出したこと

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秋分を過ぎてからは日没の時間が加速しているような感覚を覚える事がある。
地動説の考え方からすればもちろんそんな事はなくて、冬至という次の節目に向かって一日に一分程の定量で日没の時間が早まっているだけ。昼から夜へと渡る橋のような、明るくもなくて、暗くもないボンヤリとしたこの黄昏という時間。子供の頃にはいつも理由もなく物悲しい気分にさせられたものだった。いまは竈なんて山奥にでも行かないとお目にかかる事は出来ないけれど、あの煙の匂いが流れてくると急激に薄暗さを増してゆくように感じた。それに夕餉の匂いが混じり出すとそれが遊びの終焉を告げる合図。
そんな遠い昔の映像を記憶の奥底から引き上げて来たのもの、それは昨日黄昏時にどこからともなく漂ってきたシチューの匂いだった。

 

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僕にとって赤ワインが恋しい季節が訪れた。
半袖の間はキリッと冷えた白が美味しいのだけど、長袖のシャツを着ると手に取ってみるようになる。けれど僕はワインに詳しい訳ではないし、ヌーヴォーにも赤はないから世間が大騒ぎするほど興味があるというものでもない。だから選ぶ基準はざっくりと白ならば辛口、赤はライトかミディアムボディの廉価品となる。この魅惑の果実酒は季節やシュチュエーションによって、さまざまに装いを変える事ができるのも素晴らしい。それは遡れば紀元前四千年あたりからという、気の遠くなるような時間と人々の知恵の結晶なのかも知れない。

グラスを揺らすと万華鏡のように光のリングが交差する美しい液体。
一般的には常温で愉しむ赤だけど寒くなるにつれ、少し温めると美味しいという事を知ったのはつい数年前のこと。
ラヂオが来週あたりから朝の気温がひと桁台に入ると言っていた。

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