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2015年9月17日 (木)

九月になれば・・・

150901

 

今週になって日差しの角度が随分と緩くなってきた事に気が付いた。
それを教えてくれたのは、室内のだいぶ奥の方まで届くようになっていた屋根から差し込むトップライトの光だった。こんな光景は日々視界に入っているはずなのに、ある日突然それに気付くのは散髪に行かなければと思うタイミングと良く似ている。今年はあの嘘のような暑さが九月という月を待つことなく急速に失せてしまった。ようやく先週あたりから落ちついた平年並みという気温は、先月末のあの寒さとも感じ取れた涼しさが、いかに季節外れのおかしな気温だったかを教えてくれる。九月も半ばを過ぎて気がつけば蝉の声が消え、日中から虫の声が聞こえるようになっていた。

 

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僕だけかも知れないけれど、今頃の時期に湧き出てくるこのメランコリックな感情はいったい何だろうといつも考える。
もしこの国に天変地異でも起きて移住しなければならい必要性が出たのなら、僕は暑いのがけっこう苦手だし、日ごろから一度はオーロラと白夜体験はしてみたいと思っているので迷うことなく極地方を選ぶタイプ。おそらくこの感情の起りは秋の気配を感じるとスイッチが入ったように浮かんでくる夏のせいだろう。それを比喩的に表現すればガランとした広場を残し、荷物を纏めて去って行ったサーカスだと言える。そのサーカス小屋の中には、いったい何が詰まっていたのかとひとつ一つ思い返してみる。
入口に掛かる帆布生地のゴワゴワした幕の間から覗く天井に映し出されているのは、古い映画のように少し色が褪せた2015-夏。僕の好きな青空に涌く入道雲・早い夜明け&遅い日没・蝉の声・風鈴の音・強い日差しとひまわりに朝顔・ビアガーデン・蚊取り線香&プールの塩素消毒の匂い・打ち上げ花火・碧瑠璃色など。それは遠い子供の頃の記憶といまだに密接に繋がっていて、本能の赴くままに裸で過ごしていた開放的な夏に対し、季節が移り涼しくなるにつれてその本能が服と共に主知に包まれていくような感情(感覚)なのかも知れない。

春・夏・冬が来たとは言うけれど、秋が来たとはあまり聞かないし・・・”夏が終わった” で代用される事が多い。
きっと秋とはそんな季節なのだろう。

 

 

 


 フランク・シナトラ   ' セプテンバー ソング '     
( 1965 )
 
 
これからは一年の中で空気の清澄度がもっとも高い時期を迎え
高さを増してゆく空を見上げる事が多くなる季節がもうすぐ訪れる

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