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2015年8月31日 (月)

癖 と 習慣 のこと

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面白いもので他人の癖というものは見ていてけっこうわかるものだけど、当の本人はなかなか気づいていないケースが多い。
それは全くの無意識のうちに行っているぐらい自分にとってはごく自然で馴染み深いものだけれど、周囲の人たちから見ればチョット気になるものでもあるらしい。最近の僕といえば、ウン・・ウン・・と頷きを多くする時には人の話を聞いていないという指摘をされた事があった。いつも会話の中では自称:うなずきベタだとと思っているので、それは大いに思い当たるところだったりする。僕は使わないけれど誰かの会話でときどき聞こえてくる、”へぇ~”とか”なるほどぉ~”とかと同じ事だったのかも知れない。

 

また親しい人との間ではその癖というか個性自体が、生態認証のようなもので妙に安心する時がある。
僕の友人にメシの時でも呑んでいる時でも、目の前の器をキチンと並べておかないと気が済まないヤツがいる。もちろんそれが顕著に表れるのは居酒屋などで小鉢が多い時。店員が空いた器をひょいと下げて、次の小鉢を彼の庭園とも呼べるエリアの外側に無造作に置いてゆく。僕は彼が次に行う動作を知っているから話を暫しの間ポーズボタンで止めて、彼の行う見事な箱庭庭園の再編成を鑑賞するのがわりと楽しかったりする。癖というものに理由などあろうはずもなく、ダメ押しでむかし本人にさり気なく訊いてみた事があったけど、なんとなく気になるからの一言で終わってしまった。不思議なのは普段の彼はそんなに几帳面な方ではなく、僕の知る限りこれが表れるのは趣味の世界とメシの時だけのこと。年月が経ち彼の目の前の器が無造作に並ぶようになったら、淋しく思うのはきっと僕の方だろう。

 

以前気づいたのだけど癖というものも嗜好と同じように、年月とともに変化するもののようだ。
僕が随分昔にやっていた食べ物のにおいを嗅ぐこと。今はもうすることはないけれど、次男がそれをやっているのを見て妙な懐かしさを覚えた。もちろん止めるように注意したけれど、たぶんその時期が来なければやめる事はないだろう。
癖は遺伝はしないというけれど、僕は母親と全く同じ食事の摂り方の癖というか習慣がある。
それは汁物を一番最後に食べるという他人からみれば実に奇妙なこと。オフィシャルなシーンや人目がある時はバランス良く食べるのだけど、そうでない時は味噌汁やスープは一番最後の仕上げにという順番になってしまう。そうそう子供の頃の給食もそうだった。はじめにパンだけ食べて最後に牛乳でシメるというパターン。周囲からよく水物なしでパンが食べられるなぁ~とよく関心されたものだ。

 

 

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そんな僕も気づいているけれど、もう30年程もなかなかやめられない癖が三つある。
一つ目はわりとノーマルにしても、二つ目と三つ目は子供の指しゃぶりと唐突的な行動のようなもので僕の歳からすれば、おそらく奇癖という範疇に入ることだと思っている。
   

一つ目は、考え事などをする時で、左手でグーを作り親指と人差し指で出来た穴とキッスをしたり息を吹き込んだりすること。

二つ目は、半袖の時期にクルマを転がしている時に起こる密か事。
こんなふうに書いてしまうとなんだか女性週刊誌や三面記事のようだけど、単調な道のりが続くと出てくるもの。それは右手首から15cm程の前腕にある長い体毛を、唇で挟んで軽く引っ張ったりすること。これがことのほか両者(唇と体毛)にとって気持ちが良かったりする。これはきっと子供の自己接触行動のようなものと同じレベルの事なのだろう。距離が延びてくる程に濃厚さを増してくる”それ”は、誰もいない車内という密室で繰り返される密かな情事といっていいだろう。

三つ目は、ところ構わず窓から外を覘くこと。
この件に関しては、なぜだか一階の窓にはあまり興味を示すことはなくて、高い建物ほど顕著に表れる。初めての店やオフィスビルなどでも、いきなり窓に寄っていって外を眺めたりしてしまう。そしていつも変な人だと思われただろうなと後悔するのだ。

 

一般的に癖という字に添えらる二つの数字の意味を知ったのはそんなに昔のことではない。
単純に七癖とは数的な意味よりも、人はみな必ずなにかしらの癖を持っているという事らしいし、四十八癖とはそれを数多持ち合わせている人という意味合いのようだ。

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