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2015年1月31日 (土)

冬の真ん中にて

150102

 

















 
 

  
凛と張りつめた朝の冷たい空気が陽ざしと共にゆっくりとほどけてゆく。
この真冬特有の感覚の中、シンとするという表現すらそぐわない程の静寂の中に身を置くと、無音の中に微かに自分の拍動がきこえてくる気になってくる。これは雪の吸音効果がもたらす雪国地方特有の静けさなのかも知れない。以前の記事にも書いたのだけど今年の冬(降雪)はひと月程早く始まった。ついこの間お正月を迎えたと思ったら明日からもう2月だけど、この冬の感覚からすると3月でもいいような気分にさえなってくる。僕の感覚から言えば本格的な冬は1月と2月で、3月の声を聞けばもう、多少吹雪で天気が荒れても楽勝ムードでやり過ごせるから。

 

こんな事を書いていると僕は本当は冬嫌いな人間だと思われるのかも知れない。
確かに寒すぎるのはあまり好きではないけれど、陽ざしと雪が時おり見せてくれる表情は好きだし、なにより雪景色というのも実に美しいと思っている。けれども今年はいつもの冬と違うように、僕の捉えている冬がいつもとは何かが違うような気がして仕方がない。いつも朝の雪かきをしながらそれが何なのかを考えるのだけど、それが終わる頃には気のせいだろうという結論で自問に蓋をしてしまう。こんな事を繰り返しながらきっと春を迎えるのだろう。いままでも、これからも幾度となく繰り返されてゆく四季の移ろひ。そのなかで自分が体験できるのはほんの瞬き程の時間だけ。

 

今のモノクロームの季節はこれから動植物が謳歌するための大切なリセットの時間。
いまは冷たくて暗い雪の下でただ、ただ眠って目覚めの時期を待っていることだろう。そんな事を考えていたら、その冬眠の感覚っていったいどんなものだろうと想像してしまった。これから訪れる3シーズンをどんな風に過ごそうかなんて考えながらの眠りというものは、まるでイヴの夜か、大晦日の夜のような期待に満ちた心地よいものなのかもしれない。

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