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2014年12月の記事

2014年12月30日 (火)

師走の文章

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それは12月という月が一年で一番強く幸せを感じる月だと思っていたこと。
僕自身小学校一年生の時から母子家庭で育ったからだろうか、子供心にそんな想いが強くてこの月の来月を夏休みが終わった途端に待ちわびていた。まずは冬休みの開始を告げる終業式にはじまりクリスマスにお正月。昔はイヴはそんなに盛り上がる事もなかったらか本当に25日は楽しみだった。そこから大晦日までの師走の日々はまさに14番目の月とか土曜日の夜のようなワクワクした楽しい気分で過ごしていたものだ。

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『今年の師走が運んで来たのはまるで季節をひと月間違えたような深い雪と寒さだった。12月としてはあり得ないようなこの雪の量と寒さは、冬至を待ちわびていた僕の心に一陽来復といふ言葉を深くゆっくりと沁みこませてくれる。
ライトを落とすとブラインドの隙間から洩れる雪明りと、柔らかい光が時おり揺らめくなかでお気に入りのショットグラスとともに記憶の旅へと出かけてみる。その時々のシーンを辿りながらことし出逢えた人や笑い声、風景やその時の風の匂い、味覚や香りなど、それら一つひとつを想いだしてみる。琥珀色のグラデーションの中からバルーンのように浮かんでくるのは、けっしてすべてが愉しいことばかりではなかったけれど、それは後悔とか感傷とか言うようなネガティブなものではなく、日だまりの中で遠い昔のアルバムをゆっくりとめくるような穏やかな感覚だった。もうだいぶ短くなったキャンドルが時おり揺れるのを見て、この前倒しの真冬のさなかに僕はようやく気がついた。自分の中にまぎれもない夏が存在するのを。』

 

 



Procol Harum       'A Whiter Shade Of Pale'        1967

 

 

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2014年12月10日 (水)

北からのエトランゼ (3/3)

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ポール・セロー
 
 

誰が言ったか忘れたけれど。『見知らぬ土地で目を覚ますのはこの世で最も心地良い感覚の一つである』という俚諺があった。
僕の場合は旅先での行動半径や時間などの自由度を考えると、特別の事情がない限りは大方くるまを使うことになる。目的地までは好奇心のレーダー感度を最大限に上げたなら、分からずやなナビとのケンカしながらの移動は心地よい疲れとなり、その土地の食べ物とアルコールと共に心地よい良質な睡眠を約束してくれるのだ。

   
そんな充実した睡眠のお陰だろうか。
これもビックされるのだけど、旅先での僕は夜明け前のまだ薄暗い時間に自然と目が覚めてしまう。そして愉しみというか習慣と言えば地図を片手に、ほぼ彷徨いに近いものだろうけれど朝の散歩。まだ人通りがほとんどない早朝の知らない街を歩く気分はまさにエトランゼそのもので、大通りもいいのだけどやはり路地裏が楽しい。なぜならばそこには住む人たちの生活感があり、いろいろなおもしろい物や人に出会えるから。そして路地裏をまっすぐ進んだり、曲がってみたりとあてもなく続く朝の散歩。
また来るかも知れないし、もう二度と訪れることもないその路地や人々の生活感との一期一会。それは同じ場所と環境で暮らし続けていると、とかく陥りそうな自分の狭い価値観とケチな思い込みで閉鎖されがちな井の蛙へと、世の中といふ外気を送り込んでくれる唯一のそして良い機会なのだ。

 

14120102

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