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2014年11月の記事

2014年11月30日 (日)

北からのエトランゼ (2/3)

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ギルバート・ケイス・チェスタートン
 
 

  
 
多くの観光地と呼ばれる場所がそうであるように、見て廻るためのいわゆる順路のようなもが自然にできていることがある。
それはちょうど地方の美術館ではめったに見る事ができない、たいそうな企画展の展示室入り口の光景に似ているような気がする。広々としたその空間のなかで人々は壁づたいに、その順序に沿うように粛々と見て回るのだけど、間に挟まっているものの中にはあまり興味のわかないものがあったりするもの。別にそのまま流されて見てみてもいいのかも知れないけれど、僕はすぐにショートカットをしてしまう方で、その分ほかの興味のあるものを探したいと思うようなタイプだったりする。
それと同じように、皆がこぞってくるまを停める展望台。ここにその場所が作られた理由が示すようにここからの眺めもいいのだ。けれどもMt.Fujiが僕だけに特別な表情を見せてくれるこの場所が好きだ。山をやる人なら分るだろうけれど、独立峰というものは近づけば近づくほど、稜線が穏やかに見えてくる不思議さがある。この場所を見つけたのはもう20年近くも前の事で、以来3回ほど訪れているけれどこんな季節は初めての事だった。

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僕を良く知る人にはビックリされるのだけど、こと”旅”に関しての行動計画はあってないようなもの。
何故ならば綿密に見る場所やそこまでの移動時間も含めた滞在時間などを、事前に計画しているような印象を受けるらしいのだ。以前はそんな事も試みた時期があったけれど、いかんせん知らない場所での行動計画。結局は面倒くさくなり”行ってみなけりゃ分らんだろう!”でいつも途中で投げ出していた。だから近年は最初に宿泊地だけを決めて、その通過点上にあるザックリと○○方面といった程度のスケジュールで出かけるのがほとんど。そんな中にも特に興味を惹かれる必ず寄りたいコアはある訳で、その順番を握るキーは天候だったり現地の混雑具合だったりする。また時には好奇心のアンテナに引っかかるものがあって全く真逆の方向に向かってしまったりして、その後の時間のつじつま合わせで苦労したりする気ままな旅が好きだ。

 

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2014年11月18日 (火)

北からのエトランゼ (1/3)

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これはトラベルライターのピコ・アイヤーの言葉。
日々の日常というものから離れて旅に出るといつもこの言葉が思い浮かぶ。ある意味なんの変哲もないとかく安寧な生活になれてしまった僕の日常感覚器官。だからちょこちょことこんな刺激を与えておかないと、自分だけの殻に閉じこもってしまうような不安を覚えてしまう。
ネットインフラが発達した現代では容易にいくらでもバーチャル的な旅は楽しむことができる。
けれどもモニタで見るのと実際に現地の空気の中で実際に見聞きするのとは雲泥万里の違いがあることが圧倒的に多い。そこで見るもの聞くものすべてにおいて、自分の生息範囲と意識範囲がいかに限られた狭いものだったのかを思い知らされる。Mt.Fujiに降った雨がそれこそ気の遠くなる時間と距離を経て、今この場所に湧き出しているのをじっと眺めていると”毎日、まいにち矢のように過ぎてゆく時間・・・っていったい何なのだろうか?”なんて疑問が湧いてくるのも旅というものの良いところなのかもしれない。

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旅に出かけるときは僕の場合、リゾート地でのんびりというよりは刺激的な場所や好奇心をそそる場所を選ぶタイプ。
だから知らない旅先で同じ場所に長時間留まるのを好まない性質で、好奇心というか探求心のような部分がそうさせているのかも知れない。だから例えば目的地も滞在時間も経由地も決まっているバスツアーのようなものは実はあまり得意ではないのもそんな理由だろう。といってもいろいろと付き合いもあったりして参加せざるおえない事もあるのだけど、もしも可能ならば仲の良い数人のご婦人方グループが参加していない事をいつも願っているわがまま人だったりする。

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2014年11月 8日 (土)

Nostalgia (2/3)

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なぜだか夕暮れ時は子供の頃の記憶がフト蘇ってきたりする。
今の時期は日が短いので学校が引けてからのほんの1~2時間の事だっただろうけれど、それはものすごく充実した時間だった記憶がある。いつの間にか気の早い星はまたたき始めて、あの頃は竈か風呂かは判らないけれど仄かに漂ってくる煙のにおいが解散の合図だった。ふと通りかかった家から漂ってくる夕餉の匂いもそうだ。それは焼き魚だったりあるいはカレーだったりとそれらがますます空腹感を増幅させて、家までの道のりがいつもの倍もあるように感じたものだ。

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この「風の高原」は好きな場所のひとつ。
標高1,100m、広さ230ha(東京ドーム50個分)の広大な高原で、春から秋にかけては菜の花やヒマワリ、それにコスモスなどが咲き乱れる。それに高原キャベツや大根が実る豊かで優しい場所だけど今年はこれまで一度も訪れる事はなかった。
ここでは晩秋というよりはもう初冬と言える時期で風が強くてものすごく寒い。いつもの順路の通りに手綱を進めるけれど、たぶんそうかなぁ~と思っていた通りにこの高原には僕ひとり。聞こえるのは風の音と風車の廻る低い音だけだった。この世界で一人ぽっちのようなこの孤独感はそうは体感できるものではないだろう。あの頃と同じように辺りは薄暗くてなって気の早い星がまたたき始める。

これはたぶんこの季節特有の・・・、ここに一人でいるとますます孤独が拗れてゆくような感覚を覚える寒さと広さだった。

 

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"Mr. Lonely"  by Bobby Vinton   

 

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