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2014年7月 5日 (土)

まるで 昨日のことのやうに (Ⅴ) 

140701
  

たとえば音楽と土地の名前はどこか似ている。
何の前ぶれもなく耳に入ってきたワンフレーズのメロディや地名の綴りが、瞬時にその時の時代(シーン)に自分を引きもどしてくれるから。ましてやそれが特に印象深いシーンであればなおさらの事だろう。

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三年前の夏のこと僕はこの場所で、これもまた五年ぶりに再会した知人と話をしていた。
彼とは仙台で . 友人のS . を通して知り合い、以来僕にとっては色々な面でメンターを務めてくれる人。自分でいろいろと思い悩む事があると、その事は直接話さなくても会うだけでなんとなくほっとした気分になる人物の一人。彼に会うたびに回りの俗世を横目で見ながら、コツコツと自分のやりたいことをやっているその姿勢が、いまだに俗念を捨てられずに苦しんでいる僕にいつも清々しいエネルギーを注ぎ込んでくれるのだった。僕が実家に戻るのと時を同じくして、彼も小名浜に引っ越してしまった。

彼は以前から詩人:荻原朔太郎が大好きで、その時も普段誰もが使う日本語の言葉が感性鋭い詩人の手にかかると、途端に宝石のように光り輝くようだと感嘆していたのを鮮明に覚えている。
話の発端は彼も僕も宮崎アニメがとても好きな事からだった。
ちょうど5年前に公開された”ゲド戦記”の「テルーの唄」が、荻原の詩「こころ」に着想を得たものであったという事はそのとき初めて知った。そういえばその数日前に公開された”コクリコ坂から”のテーマも、同じ手嶌葵が歌っていたのは面白い偶然だ。

そんな彼からメールが届いたのはそれから一年ぐらい過ぎた頃。
シンガポールへ仕事絡みで奥さんと移住したとの連絡だった。偶然というのは面白いもので、このハーブ園での記憶を呼び起こしたのは朝のラヂオ番組。土地の名前に反応して記憶の書庫を彷徨っていたら、追い打ちをかけるように流れたのは手嶌葵の歌声だった。


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