« 2014年6月 | トップページ | 2014年8月 »

2014年7月の記事

2014年7月25日 (金)

夜半の夏 (よはのなつ) の夢 (1/3)

140703

この不用意に通りすぎてゆく雨と言えばこれ抜きには語れない、夏ならではの風物詩だろう。
油照りの日差しで焼かれていた木々の葉が、その湿気を纏ってなまめかしく輝く様はまさに、よはのなつの夢。少し遅れて微かに漂ってくる埃のようなかをりは真夏の光の匂い。

子供の頃に着ていたランニングシャツ。
いまではあまり見かけなくなったけれど、肩に残る二本の白い線は子供心にも夏といふ季節を目一杯に愉しんだ勲章のようなものだった。
朝から強い日差しと青い空が広がり、川での水浴びやカブトムシやクワガタを捕まえたり、真っ黒に日焼けして夏の遊びに興じたものだ。
そういえばあの頃は秘密基地を作るのにも夢中だったっけ。そのムッとした草いきれの中で見上げた空に大きな入道雲がもくもくと湧き上がり、それが近づいてくるときまったように訪れるのはこの日のような驟雨(夕立)だった。それが通りすぎてまた嘘のような晴れ間が広がって、遠雷のなかに涼しさが訪れる頃には、今度は夜祭が始まる。
それは子供なりに忙しかったけれど、陽炎の中でずっと続けばいいなぁ~と思った夏休みの記憶。

   
『夢』 ドビュッシー


***

***

***

***

|

2014年7月11日 (金)

粋といふ しぐさ

140702

このタイトルの言葉を知ったのは、3年程前の確か公共広告機構か何かのポスターだった気がする。
普段いろいろとこの類のものは目に入るのだけど、これはまだ当時僕の知らない言葉だったしその時にはさほど興味も湧かなかったので、
何時しかそれも記憶の砂漠に埋もれてしまっていた。映画のような表現をすれば『それから3年という時が流れ・・・』とでもなるのだろうか、
新聞記事で偶然に再びこの言葉と再会した。それを見て真っ先に思い浮かんだのは2年近く前に他界した僕がTameさんと愛称で呼んでいた叔父さんだった。彼はお祭り命の生粋の下町人で、自分の住む街をこよなく愛していた。僕は写真でしか見たことはないけれど、祭りと神輿担ぎにかけるTameさんの熱意は尋常ではなかったらしく、彼は本当にに”粋”が服を着て歩いているといってもいい人だった。

***

昔なんかは本を探して注文するなんてことはなかなか大変な事だったけど、ネットインフラが整備された現代では容易なこと。
程なくポストに届いた冒頭の頁で目に飛び込んできたのが、この仕草とは単に動作の事だけではなくて、大勢の人たちが気持ちよく生活するための”思草”であり”志草”であり”支草”という事で、その基本とはと前置きがありそこには、この頃の僕が忘れかけていた”ハッ”とするような事柄が並んでいた。

壱) 目の前の人を仏の化身と思えること  (初めて会うひとでも先祖あるいは先祖どうしと、・・・・・人はどこかで繋がっている)
弐) 時泥棒をしない  (他人の時間を無駄にしない) 弁済不能の十両の罪と言われていたらしく、これは特に気をつけなければならない。
参) 肩書きにとらわれない  (家柄、学歴、職業などを気にしない)
四) 遊び心をもっている  (芸術文化などに関心が高く、造詣が深い)

本文には五十ほどのしぐさが図解で解説されていたけれど、たしかに道具はいらず、前もって準備もいらず、即座にその場にあった身のこなしがくせになるように自分を磨かなければと思わされた一冊。ただ、一つ残念なのはこの本をもう一週間早くオーダーしておけば良かったなぁと思ったこと。



***

***

***

***

|

2014年7月 5日 (土)

まるで 昨日のことのやうに (Ⅴ) 

140701
  

たとえば音楽と土地の名前はどこか似ている。
何の前ぶれもなく耳に入ってきたワンフレーズのメロディや地名の綴りが、瞬時にその時の時代(シーン)に自分を引きもどしてくれるから。ましてやそれが特に印象深いシーンであればなおさらの事だろう。

***

三年前の夏のこと僕はこの場所で、これもまた五年ぶりに再会した知人と話をしていた。
彼とは仙台で . 友人のS . を通して知り合い、以来僕にとっては色々な面でメンターを務めてくれる人。自分でいろいろと思い悩む事があると、その事は直接話さなくても会うだけでなんとなくほっとした気分になる人物の一人。彼に会うたびに回りの俗世を横目で見ながら、コツコツと自分のやりたいことをやっているその姿勢が、いまだに俗念を捨てられずに苦しんでいる僕にいつも清々しいエネルギーを注ぎ込んでくれるのだった。僕が実家に戻るのと時を同じくして、彼も小名浜に引っ越してしまった。

彼は以前から詩人:荻原朔太郎が大好きで、その時も普段誰もが使う日本語の言葉が感性鋭い詩人の手にかかると、途端に宝石のように光り輝くようだと感嘆していたのを鮮明に覚えている。
話の発端は彼も僕も宮崎アニメがとても好きな事からだった。
ちょうど5年前に公開された”ゲド戦記”の「テルーの唄」が、荻原の詩「こころ」に着想を得たものであったという事はそのとき初めて知った。そういえばその数日前に公開された”コクリコ坂から”のテーマも、同じ手嶌葵が歌っていたのは面白い偶然だ。

そんな彼からメールが届いたのはそれから一年ぐらい過ぎた頃。
シンガポールへ仕事絡みで奥さんと移住したとの連絡だった。偶然というのは面白いもので、このハーブ園での記憶を呼び起こしたのは朝のラヂオ番組。土地の名前に反応して記憶の書庫を彷徨っていたら、追い打ちをかけるように流れたのは手嶌葵の歌声だった。


***

***

***

***

|

« 2014年6月 | トップページ | 2014年8月 »