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2014年6月 5日 (木)

若かったと いふ事

140601

 

このスキー場をはじめとした多くのゲレンデがそうであるように、スキーヤーやボーダーの輸送には普通リフトが使われる。
けれどもここだけは事情が別で真冬の積雪は10mを超える、つまりリフト自体が雪に埋もれてしまう珍しい冬季休業のスキー場なのだ。滑走可能な期間は11月~12月半ばと、今年の春夏スキーのオープンは4月12日からだった。夏スキーと言えば芝の上を無限軌道のローラーを履いて滑るグラススキーが一般的だけど、ここでは7月末位まで雪上のスキーやボードを愉しむ事ができる。

先日庄内からの帰り道にひょんなきっかけで、随分と久しぶり振りにここまでやってきた。
今では高速道路が出来てその存在すら忘れかけていたこのスキー場。山道の国道からさらに十キロ以上も山深くに入りこんだこの場所に立った時、ついさっきまで潮風に晒されていた皮膚の記憶と雪の白さ、それにこの気温が”時のアーカイブス”から引き揚げてきたもの。
それは遠いむかし仲間たちとのアイアンレースならぬ、若いから可能だったアイアンツアーの記憶だった。

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それは30年も昔の事、言い出しっぺはこの僕だった。
みなで呑みながら海に行く相談をしていた時に、どうせなら月山で夏スキーをしてそのまま庄内浜に出ようというアイディアが浮かんだ。
そこは若気の至り、みな大賛成で話はすぐにまとまった。6人は2台のクルマに分乗してまだ暗いうちに出発、お昼近くまでスキーを楽しんでそのまま庄内平野経由でいつもの笹川の流れにある海水浴場へ。夏の陽は長いからそのまま日没まで砂浜であそんだ。
その頃の男の子はとかく目立ちたがりなもので、ルーフキャリアにスキーを満載した2台のクルマが海水浴客の沢山いる真夏の海岸を走るとこうなる・・・・僕の狙いはバッチリだった事は言うまでもない。
家に戻ったのは確か21時を回っていて、実に17時間の夏の遊び。
スキーと海水浴を同時に楽しめたのはきっと”若さ”という体力と気力があったからだろう。30代頃前半までは仕事で徹夜をしても、一晩眠ればなんともなかったものだけど、40代になるとそれが三日も尾を引くようになり、このごろはそんな事をすれば寝込んでしまいそうな気がする。

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その狂気の遊びから10年後、仲間のKが突然僕らの前から姿を消して十万億土の彷徨へと旅立ってしまった。
彼は学生時代は山岳部に所属していて、僕に山の楽しさを教えてくれたのも彼だったしスキーの腕前もピカイチで、あのキレのいいウェーデルンのターンは誰もかなわなかったものだ。以来それぞれの仕事も忙しくなって、顔を合わせたのは半年程まえの事だ。両親も同居していてまだ健在なのに本当に気の毒な事だった。夕方知らせを聞いてかけつけると奥さんが話してくれたのは、彼が持病を持っている心臓が原因で、よる床についてそのまま目覚める事がなかったそうだ。いつもの穏やかな顔をながめていると涙が止まらなかった。

なぁ和広、、、あん時は楽しかったなぁ~。
それに見てみろや、あのターン。
お前の方がずっとキレがあるぞ。

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