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2014年5月15日 (木)

「毒・薬」礼賛 (2/2)  毒の蠱惑(こわく)

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僕の伯父である . 徳さん  . が他界してもう二十年という時間が経つ。
彼もalcoholが大好きで・・・いや、それはもはや大好きと言う範疇を通り越していて、”酒で命を取られるならば本望だ”といいながらいつも上機嫌で呑んでいたものだった。そしてそれを横目で見ながら”何をバカな事を言ってんだか・・・”と思っていた若き日の僕もいた。画して DNAというものは争えないもので僕の祖父と親父は大酒呑み、母親の兄にあたる徳さんもその通り。だからこのごろ徳さんの歳に近づいてきて、alcoholによる大脳皮質のマヒ感に陶酔しているときにこの言葉を思い出すと、『あっ!この事ねぇ~』と思う時がある。僕はもう親父の歳を10歳以上も通り越てしまったけれど、もし生きていたなら彼もきっとそう思ったに違いない。

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酒は”百薬の長といわれているけれど、適度にたしなむ程度ならストレスを発散し気分をリフレッシュしてくれるから、それこそ健康に良いのかもしれない。されども・・・それがそううまく”たしなむ程度”で終われないのが人間(特に僕のような人種)なのだろう。それが故に体をこわしたり、人間関係で失敗したり、思わぬ事故をまねいたりもするのだから。

僕はタバコを休んで10年近くになるけれどいまだ止めたとは宣言していない。何故ならばまたいつ吸い始めるか分らないから。それまでは3年吸って3年休むパターンを繰り返してきたから、今回は休んでいる期間が少し長引いているだけだと思っている。10(3)年も吸わなければもう止めたも同然だろう?と言われるけれど、決してそうではない事を僕自身が良く知っている。そのきっかけのストーリーはいつも酒場。吸わない時はただ煙たいだけのタバコが、ある日何の前ぶれもなく気になってきて、口と灰皿を行き来するタバコの火を目で追うようになる。そして”悪いけど、一本くれないか?”と。そこから先は中学時代に初めてタバコを吸ったあのクラクラ感覚を味わい、帰り際にもう一本と言って・・・・・いまはタスポとかの制度があって出来ないけれど、自販機にコインを入れたらもう終わりだった。

ギャンブルは才能であると僕はいつも言っているけれども、あながち間違いではないと自分では思っている。だからパチンコもマージャンも二十歳でそれに気づいてやめてしまった。僕に才能がないから言うわけではないのだけど、これに関してはさっぱり良い事がないと自分で気が付いたから。もちろん胴元にとっては利益はあるだろうけれど、賭ける側が常に利益があるのであれば、それはもうギャンブルと呼べるものではないのだろう。だから”賭け”というものは原則的に損をすることが宿命であり、それ故の賭けなのだと思っている。それに何事も同じだけど、上達するまでに相応の授業料を払わねばならない。

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これらの毒は健康やお金や時間や、体力までも無駄に消費しているのかも知れない。
ではそれを百も承知でこんな割に合わない不健康な事をするのかと言えば、人間の持っている本当の一面という解釈もできるような気がするのだ。『酒もタバコもバクチもせずに、それで百まで生きた馬鹿』・・・と昔人も言っている。
これはむかし何かの本で読んだ件なのだけど、いまでもこれを目にしたりするとつい笑ってしまうのは、このこと自体が人間の本質をついているからかもしれない。いっさい体の為にならない事や毒になることをせずに、いつもキチンと心身を保ち健康・健全に生きる・・・・これも結構なこと・・・。
それで・・・百歳まで生きて何が面白い?というこれも毒気の発想だけど、僕は絶対こっちを支持するのだ。

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こんなことを書いていたら僕自身が初めて”毒”とであったのはいつ頃なのだろう?と考えてみた。
それはたぶん小学校の低学年の頃、大人たちが美味しそうに食べていたお菓子のようなものを”食べてみたい”と言った時に、それを毒とは言わなかったけれど、”苦いから”とか”辛いから”とか言われたのと同じ事を、自分が親になってから言っていたのを思い出した。
だとすれば毒そのものの中に美味や甘美なものがあって、だからその存在に引き付けられ、近寄ってしまうのかも知れない。
表が薬と書いてある何気ない絵柄のカード。
それをひっくり返した時に何があるか、なにが起こるのかなど、もとよりリスクは承知しているから。是非とも裏の毒にも触れてみたいと思うのは僕だけなのかもしれないけれど、せっかく生きているのだから、毒というのも体験してみたいものだ。


   魅力的・・・人を魅く力がある
    魅惑的・・・人を魅き、かつ幻惑させる
     蠱惑的・・・色香によって人をたぶらかす (例えばルパンと峰不二子のように、その魅力には到底逆らえないし・・・騙されてもいいと思ってしまう・・・)

やはり”毒”とは人にとって本来、蠱惑的(こわくてき)であるべきものかもしれない・・・・・・・・・・
 
 
 カノンという解毒剤

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