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2014年4月の記事

2014年4月23日 (水)

「毒・薬」礼賛 (1/2)  毒の魅惑(みわく)

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つい先日のこと、偶然ながれてきたラヂオのエッセイにいきなり引き込まれてしまった。
それは”毒”をテーマにしたもので最初はえっ!と思わせておきながら、コレのない人生なんて・・・という尾ひれがついていて、それこそ
エピュキュリアンの僕にとっては実に楽しい時間だった。

     
  
話の中で彼は、健康志向の世の中だからそれはない方が良いにきまっている。けれどもその毒という言葉の周囲には何だか、得も言われぬ心が魅かれる気配も感じると言っていた。なるほど、最近のメディアには健康に関わる食品・器具・雑誌の広告が多い事に気が付く。そして僕も昔から漠然と抱いていた毒に対するイメージは、こういうことだったのかと妙に納得してしまった。
さらに彼はつぶやく。人間という動物はそうは一筋縄ではいかないことが多くて、生きてゆくその裏にはもう一つの真実というものも存在し、それは体に良いことではなく毒なることをしてしまう真実のことだと。例えば、早く寝ればいいのについつい深夜までDVDを観て夜更かししてしまったり、体重を抑制しなければいけないのにドカ食いしてしまったりといった事らしい。

ここで僕の場合を考えてみれば、alcohol以外は至極健康的な生活をしている。5年前の食生活の結果がいまの自分のカラダであることも知っているし、それはこれからどうにでも変えられる事も。”食べる・・・是すなわち生きることなり”という意味も知っている。
そうなると僕にとっての最大の毒はやはりalcoholなのだけれども。     いや、まてよ・・・・。
それは神代の昔から作られていて、それこそスサノオミコトも飲んでいたはず。こうした文化は先祖が文字をもたない時代からの事で、口伝いに神話化していったものだろう。そう考えてみれば僕が生きてゆく上でのもう一つの真実なのだ、という主張も十分に弁護できる。夜の会合の飲み放題に必ず持参する”節制”とやらは、いつしかグラスの中の氷になっているし、そのあとハシゴして財布と体力と気力を消耗したりと僕も考えてみれば日常的に冒している未必の故意がたくさんあるのだった。

こんな話を書いていると、僕こそが毒のかたまりではないかと思ってしまう。
ずっと昔に読んだ確か随筆だってそうだ。品行方正で、潔癖で、嫌味がなく、さしたる主張もしないから周囲のだれにも嫌われない、これぞ大人の好人物というもの。その時思ったのがそんな人物像も無難でいいなぁと考えたのが2割。あとの8割は世の中そんな人ばかりだったらウンザリするなぁ~と思ったことを覚えている。
じつは僕がお世辞がものすごく苦手なのも毒に起因しているのではないだろうかと思った。僕は人から言われたこと(思われているかは知らない)はないけれど、自分では結構な毒舌だと思っている。思った事はけっこうズケズケ言うほうだし、思ってもいないことはには口が海ぞこの貝になってしまう。お世辞とは分かっていてもそれを言われて気分を害する人はいないから、会話だってずっとスムーズに進むだろう。日常会話などで交わされるそれが僕の場合は実際に思った事でなければでてこないから困ってしまう。つまり巧言令色のような物言いがものすごく苦手なのだ。ごく普通の会話の中でも立て板に水のように、相手の持ち物から服装身なりまで称える事が出来る人がいるけれど、そのような人をいつも羨望のまなざしで眺めているしかない。

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やらなくてもいい事をやる。いや、やらない方がいい事をやる。やってはいけないと言われるとなおさらやりたくなる。
表面的に健全・健康志向のようにふるまいながら、もう一方ではやはり真逆の事に惹かれるところがあるという事実というか真実。
それに毒気を持つ人達もそうだ。彼らはなによりも存在感があるし、前出の好人物なんかよりもそんな人物に僕は興味を抱いてしまう。周囲の善良な人たちはだいたいその毒気にあてられて参ってしまうのだけど、その人物が毒気を抜かれてしまったらどうだろうか。それはパワーやエネルギーがみたいなものが抜かれてしまった事であり、視覚的にはまるで風呂上りのシーズー犬のような気の毒な見栄えのようになるだろう。
病院で処方される薬は適量を越えれば、ほとんどすべてが毒になるのはご諸兄方もご存じの事。これは毒の量さえ適量であれば名称が薬となる事を意味しているのだろう。表が薬だとすれば裏は毒。表だけのカードはやっぱりつまらないから、何気ない絵柄のカードをひっくり返すとそこには、別の心ひかれる情報が記されていたりする。だから毒というものも人生の中のスピリッツの一つなのだと思う。
   

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2014年4月10日 (木)

庄内 に吹く風

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傍から見ればエネルギッシュに飛び回っているという印象を受けるらしいのだけど、実際には僕の行動半径はそんなには広くはない。
ここから北に140キロ、時間にして2時間弱。そこに広がるのは南北約50キロ、東西約10キロの広大な庄内平野という土地で、三方は山に囲まれて西側に砂丘と日本海が広がる欲張りな地形。周囲を山に囲まれた盆地に生まれ育った僕にとって、ここで目にする風景は何もかも新鮮だった。周囲の山々が雲に隠れていれば、田んぼばかりで高い建物などはなく方向感覚さえも失ってしまうような広大な平野。
山頂からの穏やかな稜線が海へと吸い込まれてゆく鳥海山という独立峰など、すぐに手の届く場所に配置された山・平野・海・砂丘というオブジェ達が、あそこに行けば何があるのだろう?という僕の好奇心といふ胸懐部分を刺激する。

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ひと月半程前に僕がこの場所に立ったのには大きな2つの理由があった。
一つは波の華を見たかったこと。これは地元の人も言ってたけれど、真冬の日本海とは思えない程の機嫌の良い海で見る事は叶わなかった。そしてもう一つは昨年これも地元の人に聞いたのだけど、この場所は孟宗竹林の最北端だということだった。今時はわざわざ現地に行かなくてもネットでなんでも買う事が出来る時代。探してみるとあることはあるのだけど、調理手順としてご丁寧にアク抜きの方法まで指南してあるところをみると、これは収穫されてからだいぶ時間が経ったものが送られてくる事を意味している。山形県人だというヘンなプライドに後押しされて、アテもなくやって来た僕のようなエトランゼにも地元の人はやはり親切だった。事情を話すと取次所のおばさんを紹介してくれて、その人から直接話を聞いて初めて知った事。ボンヤリとは想像していたけれど朝堀の庄内孟宗というブランドは、内陸のエトランゼがよっこらしょと朝に出発して、お昼頃に着いても買えるものではなかったということ。これは地元の人に話を聞かなければネットでは知る由もない事実だった。ここまで来たら食い下がるしかなくて頼み込むと、サトさんはあまりお客さんを増やしたくないのだけどといいながら、連休頃にでも電話してのぉ、んだれば今年のあんべも判るしのぉ、んだらばその日にとっておげるしのぅと庄内弁を交えながら番号を教えてくれた。
帰り際にあいさつをして裏山を見ると、なるほど孟宗竹林最北端に相応しい見事な竹が広がっていた。きっとサトさんにはこんな真冬にいきなりやって来て、タケノコは大好物なのだと熱く語るヘンな男だと映ったに違いなかった。

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僕の住むこの内陸といふ枠から抜け出して、折角だからもう少し広く地元である山形県の事を知ろうと思ったのは3年程前からのこと。
庄内孟宗が終われば次は砂丘メロンと、偶然昨年の秋に知り合ったその砂丘で育ったトマトに会えるだろう。その頃には大好きな夏イカと岩牡蠣の漁が始まり、それが一段落しないうちにだだ茶豆と民田茄子、赤かぶと続くから来月から秋まではほぼ毎月、逢瀬(広義で)の予定が入る。
10年程前のことだけど、連休明けのころ庄内砂丘の防砂林の中を走る国道で、ものすごい光景を見たことがあった。遠くから見えた時には海岸で何かの工事でもやっていて、そのトラックの土埃だとおもったけど違っていた。それは黒松の花粉。車道はクルマの風圧があるので溜まらないのだけど、民家の駐車場に停めてあるクルマや屋根、歩道の境界ブロックなどもまるできなこ飴状態。これが杉だったらきっと堪らんだろうなぁ、と手綱をにぎりながら思ったのを覚えている。

  

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