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2014年1月の記事

2014年1月30日 (木)

三冬の水 (4/7) : ざらめ雪

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□月□日からのつづき・・・

お隣と言っても100m程も離れたところに住む隣人に言われたのだが、初めての冬に雨が雪に変わる時を見る事が出来たのは幸運だったらしい。いつもは殆ど冷たい雨の降る夜の光景が翌朝に一変している事が多いのだと聞いた。この日は冷たい雨が朝からずっと降っていた午後だった。一階の仕事場で映画のDVDを観ていた時、耳鳴りのような雨だれの音が途切れてフト外に目を向けると、雨が止んだのではなくてそれが白い大きな結晶に変わっていた。雪はその後も降り続き夜には10㎝程に。男は一緒に暮らしている白いネコを自分のマフラーの中にくぐらせると、その上からコートで覆い外へと出てみた。深呼吸してみると雨の時とは違って鼻にツンとくるような冷気を感じるし、それに景色は昨夜までの漆黒の闇はもうどこにもなくなっていた。そう、遠くの街灯の明るさが何倍にもなったような見慣れぬ仄かな明るさに包まれていた。きっとこの雪が連れて来たのだろう、都会の喧騒になれて来た耳にはし~んという言葉すらもそぐわない程の冬の静寂。そのお蔭で新雪の上を歩くと音がするという事も知った。それから数回の雪降りの後に初めて体験した吹雪。隣人の話では最近には珍しくそれも、猛のつく程のものだったらしい。話には聞いた事があったが実際にその中に身を置いてみるとまさに白い風だった。薄暗く厳しい風雪の合間にほんの数分から数十分程度碧空と眩し陽射しが降り注ぐ事が何度かあって、それはそれは白い風の辛さを忘れさせる美しい光景だった。雪とは平面的に積もるものだと思っていた男の常識も初めて覆された。それは窓や壁それどころか、風向き次第で薪を入れてある小屋の奥深くまでも積もっていたし、風に吹かれて低い場所から溜まり始める事を学んだ。これが以前から男が不思議に思っていた、起伏にとんだ地形も雪によってわりと平らになるメカニズムだった。そんな事を思い出しているうちに雪片付けも終わってしまい、窓越しに部屋の時計を見ると11時を過ぎていた。ビールで一息入れたら昼飯の支度にとりかかるのにちょうど良い時刻。あらかじめ雪にうずめておいたキンキンに冷えた缶ビールのプルタブを引こうとした時、窓辺の陽だまりでこっちを見ていたネコと目が合った。何か言いたげな事があると少し小首をかしげ男を見つめるクセ、それに気がついた男はカノジョの好物であるささみが3日前から切れている事を思い出した。

(続く・・・) 2/3


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2014年1月26日 (日)

三冬の水 (3/7) : わた雪

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□月□日
いつもより少し遅く目覚めた休日の朝。室内に表示されている外気温は氷点下9度、積雪1.6m・天候は晴れ。
ここに移り住んでから迎えた初めての冬という季節・・・・・・(こんな件で始まる記事といえば、ご諸兄方にお馴染であるいつもの妄想劇)

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この家の主は物書きを生業とし、自分の人生の成り行きをまるで他人事のように眺めている、人間嫌いで偏屈な男でなければならない。彼が都会の生活を捨ててこんな辺鄙な場所に越してきたのは、凡下的に云えばこの土地(風景)と恋に落ちてしまったという事。それはきっと大が付くほどの重篤なものだったに違いない。山と湖と沼がいくつも点在し、四季の表情が美しいこの 高 原 .に何度か足を運ぶうちに、ここを訪れる事の叶う月2回の週末をいつしか、一日千秋の思いで待ち焦がれるようになっていた。そんな時に出会ったのがこの眺めだった。左手(東)には安達太良山、背後(北)には吾妻連峰が見えるこの場所は、逢いに来るだけでは満たされなくなってきていた男の心を、グッと鷲掴みにしてしまっていた。そして終の住処としてここに越して来たのは去年の早春の事だった。

男は仕事柄カレンダーの色に拘束される訳ではなくて、年に何度も繰り返す日常的なひと区切りを昨日むかえただけのこと。そして今日は偶然にもその日付の色が違っている日だった。こんな日は遠いサラリーマン時代の記憶も蘇り少しワクワクした気持ちになる。けれども何か予定がある訳でもなく、ゆうべの残った鍋に牡蠣と冷や飯を追加した牡蠣雑炊をこしらえながら一日の過ごし方を考えていた。暖炉の火がちっちゃく弾ける音で薪が残り少ない事に気づかされる。そこから磐梯山に目をやると、その手前の軒下には屋根からの落雪で五合目ほどの雪の山が出来ていた。朝飯の後のお茶もそこそこにまず男が手を付けたのは雪片づけ。理由は初めてこのシーズンに入り学習したことで、気温が上がってくると雪がサラサラ感を失って重くなってくること。雪かきなどの冬の単純作業はもちろん初めてで、最初は辛かったけれどだんだん好きになってきた。理由は手足は単調な動作を繰り返しているだけなので、頭の中はフリーとなり仕事に関する考え事や回想などに最適な時間となる。男は初めてとなった今年の初雪の時からの事を思い出していた。

(続く・・・) 1/3

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2014年1月23日 (木)

三冬の水 (2/7) : つぶ雪

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○月○日
電線に切りさかれる風の音で目が覚める。久しぶりの風雪模様・・・それよりもこの地方では吹雪と云ったほうがしっくりくるだろう。雨にしても雪にしてもそこに風が加わる事で厳しさが増すけれど、人にも様々な表情や側面があるようにこれも、三冬のみずがもっている表情の一つ。雪の粒どうしがぶつかって更に細かい粒子へと変わってゆく様は、わずか数メートル先の輪郭すら不明瞭にしてしまう程のベビーパウダーの風となる。そんな風のお陰で冬の水は様々な造形を残してくれる。上から降り積もるだけではあまり入り込めない杉林の中でさえ、やすやすと吹き抜けてゆく季節風が残してゆくもの。それは一本いっぽんの木々に残された三角形の細長い盾。その一番尖った方向こそが季節風の通り道。荒れ狂うだけではなくてたまに一瞬だけ青空が広がり、日差しが降り注ぐ時がある。その美しさに会えるから厳しい吹雪もまた一興と思える。
僕が子供の頃は『窓雪三日』と言って、窓に雪が付くほどの厳しい吹雪は本当に三日程続いた記憶がある。でもここ十数年は荒れても1日程で済んでしまう。やはり気候は少しずつ変わって来ているのかも知れない。

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2014年1月16日 (木)

三冬の水 (1/7) : こな雪

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○月○日
今朝くるまの外気温計は氷点下10度だった。おそらくこの冬初めての二桁台だろう。こういった寒じる(さむい)朝はたいてい、高気圧の連れてくる放射冷却現象とかの仕業。そんなだから当然、寒じた日にはこんな好天が約束されている場合が多い。冬になってから雪が降っていると出かけない事が度々あった。春までに体脂肪率をあと2~3%削ろうと思っていたから、仕事場から1,700mはなれたこの場所まで歩いてみる。ラッセルしながら深雪(みゆき)の中を歩くのは想像以上に負荷が高い。いまの時刻はまだ12:30。低い太陽と樹高の3倍もあるような長い影。それを美しく演出してくれるのも冬の水。光の春は感じるけれど、冬至をすぎてまだひと月も経っていなかった。

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2014年1月 6日 (月)

天体と紙の月

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月は昔から好きな天体の一つ。
遠き少年時代の天文学を学習していた頃は、たとえ月を眺めても心に浮かぶものと言えば、月齢・距離・直径・質量・公転周期や海の干満の具合など数値的なものでしかなかった。けれどもそれ以降の長い歳月やさまざまな見聞は、そんな科学少年に月に対する全く別物の感覚を植え付けたようだ。

もう十数年程前からだろうか。
月を見るとそれまで条件反射的にうかんでいたものが浮かぶことはあまりなくなってきていて、いつしかそこには豊かな情景(抒情)が広がるようになっていた。それまでは単なる”観測”の対象でしかなかった無機質の天体が、日本人にとって花鳥風月に重要な意味をもつ”風流”というメンバーの一員だと知りようやく、昔人の”月を愛でる”という意味が理解できたのだろう。けれども僕はまだ月と言えば”観月”という、いわば月の出から天頂あたりの頃までしか楽しむすべは知らなかった。
何故ならば明け方とか明るい西の空に浮かぶ、空の青さにいまにも溶け入りそうなこのはかない月の表現や記述は、それまで見かけた事がなかったから。ましてや”紙の月”という表現を知らなかったし、その意味も含めて理解したのはそんなに遠い昔の事ではなかった。

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それは昨年、霜月の早朝だった。
いままでの見なれた、ただのブロンズ像が生気を得たように、いや・・・正確には一人の生身の女性のように輝きだした。ちょうど足をとめて西のそらに沈みかけた月を眺めていた時に、今まで真っ白に霜が付いていた裸婦のブロンズ像に陽があたりはじめ、さも彼女自身が檜の手桶で上がり湯を掛けて、濡れた洗い髪の水気をきっているかのように濡れてきた。腕・乳房・背中・腰のあたりを曲線を描くように滴る水滴の軌跡は、見ていて本当にハッとするほど美しかった。

この光景を見ながら心に浮かんできたのは二年前に桜吹雪の下で読んだ、谷崎潤一郎の陰影礼賛という本の事だった。
同書の恋愛及び色情の中で氏は、「東洋の婦人は、容態の美、骨格の美において西洋に劣るけれども、皮膚の美しさ、肌理(きめ)の細かさにおいては彼らにまさっている」  と前置きした後で、
「西洋の婦人の肉体は、色つやと云い、釣合いと云い、遠く眺める時は甚だ魅惑的であるけれども、近くよると、肌理が荒く、うぶ毛がぼうぼうと生えていたりして・・・」  と少しの不満をもらした後、氏はさらに呟く。
「つまり男の側から云うと、西洋の婦人は抱擁するよりも、より多く見るに適したものであり、東洋の婦人はその反対であると云える。
・・・・・・・・・・・これは畢竟、源氏物語の古えから徳川時代にいたるまでの習慣として、日本の男子は婦人の全身の姿を明るみでまざまざと眺める機会を与えられたことがなく、いつも蘭燈ほのぐらき閨のうちに、ほんの一部ばかりを手ざわりで愛撫したことから、自然に発達した結果であると考えられる」  と結び。
最後に日本女性の美も白日の光ではなくて、陰影の中でほの白く生きてくるのだと自信をもって述べている。
   

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僕にとっての日本女性の美しさとは。
氏の云うような肌の滑らかさや肌理のこまかさだとか、体を掴んだ時にぎゅっと引き締まった充実感とかの肉体的なことだけではなく、何よりもその心の肌理の細かさだと思う。そしてそれは白日の眩しい光の中で人を魅了する種類の美しさではなくて、たとえば・・・・・・
西の空に淡くうかぶ紙の月のように、ひっそりと僕の心に沁みこんでくる美しさのことだった。

 

Paper Moon     by   由紀さおり
  
 
 
物理的には腰かけた裸婦までは約38メートル、紙の月までは約38万キロメートル
この二つまでには約一千万倍の距離があるけれど
僕の感覚的にはあまり違わないのかも知れない

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