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2013年12月19日 (木)

師走の夜の文章

1312022

  
「 師走の頃から始まる例年の風物詩。それは先週、初雪いらいのようやくまとまった降雪のあとに訪れた”ゆきあかり”。それまで真っ暗だった夜という日常に、仄かな薄明かりをもたらしてくれて、その一部は窓からの灯りとなって室内をもうっすらと照らし出す。そこにいつも加わる記憶の中だけにある、ひかりと音があった。それはいまではもう懐かしい石油ストーブの赤い炎と、上に乗ったやかんのお湯の音。車の音さえも消し去ってしまう雪のおかげで、しんとした静寂に包まれる冬の夜。もう残り十日程となった2013年という物理的な時間。いま頃はろうそくをウヰスキーの傍に置いて、ときおり揺らめく柔らかな光に浮かぶ琥珀いろのグラデーションをたどるように、もう過去になってしまった時間を遡っていることが多い。それらは必ずしも”感傷”とか、”後悔”とかいうようなネガティブな感情ではない。
それはずっと長い間取り出すこともなかった、忘れ去られていた古いアルバムを開く時のようにとても穏やかで、静かな時間なのだ。」     

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師走とはなんとも面白い月だ。
それはおそらく一年で最も気ぜわしい月なのだということ。いろんな人ともう12月だね、なんて話していたと思ったらうかうかしてる間にもう廿日。単純に考えればあと260時間もすれば月と共に年が変わってしまう特別な月でもある。

若いころは嫌で仕方がなかったこのゆき。
でも最近は悪くないと思うようになってきた。なんといっても雨が初雪に変わる時を感じるのが好きだ。今年は11月の休日だった。雨音の耳鳴りが途切れて、フト外を見ると今年(シーズン)はじめての雪との対面だ。特に最近は花鳥風月に敏感になってきたお陰で、ゆきあかりに雪灯篭、それに雪見酒も楽しめるし、冬が終わらなければ春がこないのは当たり前のこと。だったら思いあぐねているよりも、少しでも楽しみながら、チャッチャと見送った人の勝ちなのだ。

こんな事を思ったのは数年前に海に降る雪を見てからの事。
どんなに激しく情熱的に降っても、けして降り積もる事が叶わないその儚さを感じた時だった。


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