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2013年11月10日 (日)

865 哩の追懐 (3/5) : まにあった サンセット

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旅の楽しみかたは人それぞれ違いがあるわけで、それによって目的地とか旅程だとかが自然と決まってくるのだろう。
そのそれぞれ違う楽しみ方の上で共通しているのは『旅先で美味しいものを食べる』ということにたぶん異論はないと思う。そして僕の場合、残りの2/3を占めるのが普段の日常とは異なる景色、それに土地の人々や習慣などを眺めることだ。だから小学校の修学旅行の時からバスでも電車でも窓際を好んだし、車内で皆が夢中になっていたゲームや唄よりも車外の見慣れない過ぎてゆく景色を見ているのが好きだった。そんな事もあって僕にとっての旅行の中で、もう一つの重要なファクターを占めるのが天気なのだ。こればかりはガイドブックから美味しい(そうな)店を選ぶとか、口コミの店を探すとか自らのアクションで対応できるものではなく、運を天に任すしかないのが実情なのだけど。だから僕の旅は宿泊地であるその日の最終目的地以外はザックリと○○方面としか計画は立てず、天気次第でいくらでも変更が利くラフな予定の事が多い。

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この夕日を見ながら思ったことは、今日はなんてドラマチックな一日だったのだろうかという事だった。
こんな体験をするのは若い頃に太平洋で日の出を迎え、そのまま日本海にでて夕日を見送った以来おそらく30年ぶりの事だろう。この日カレとの出会いは乗鞍高原だった。氷点下2度の中で見た光景は寒さすら忘れるそれはそれは美しい光景だった。それまでランプブラックだった山肌がすこしづつマルーンに変わりだし、乗鞍岳の山頂が一瞬輝いたかと思ったら、まるでスポットライトでも浴びせるようにあっと言う間に山全体が照らされていった。むかし山の上でのご来光は何度も見たけれど、カレが乗鞍岳を照らしてゆく様子も感動的なものだった。これで本日の天気次第の曖昧な行動計画は全て決まったようなものだった。それは明日訪れようとしていた渚にてカレを見送る事だ。
行動計画が決まれば実行が早いのだけが僕の取り柄。日本海到着を日没一時間前の3時30分に設定したタイムスケジュールがパッと頭の中で組み上がる。けれども、西穂高口駅の天空の展望台で少し考え事をして約40分、ついでだからと通過するだけの予定でいた高山のさんまちで40分を費やしてしまう。まぁ、昼メシは抜きだなと思っていたのだけど、そこでやっとありつけた3貫の飛騨牛のにぎり、五平餅にみたらし団子はすごくうまかった。

高山の駐車場を出るころはもう日没の時間までは2時間半ほどになってしまっていた。
半分諦めかけたのだけどベストはつくそうと思い直し、可能な限りの早馬を仕立てていた。のと里山海道に入ってからも水平線にどんどん近づいゆくカレを見ていて気がきではなかった。それでもようやく鉄の馬が渚に滑り込んだのはカレが水平線に沈みゆく4~5分前。冒頭の絵も含めて僕には奇跡としか思いようがなかった。
何気に時計を見て”あっ!”とそれに気がついたのはすっかりカレが姿を隠して、オレンジ色の残光の中だった。そうなのだ、この場所は周囲を山に囲まれた僕の街から300kmも西に位置していて、おまけに西側が山ではなくて水平線だ。つまり日没時刻が僕の街よりも30分程も遅い土地柄だったのだ。

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僕はこの朝、この景色の中でカレを渚で見送る事を決めた。
そして翌日再び訪れたこの渚のことは(5/5)にて・・・・・・・・





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