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2013年11月 1日 (金)

865 哩の追懐 (1/5) : 若き頃の憧憬 

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昔からこのLogに目を通されていたご諸兄方ならきっとご存知だろうけれど、僕は昔山をやっていた。
と言っても前身が山だったわけではなく、これは岳人だけに通じる言廻しの一つで山に登るという事を指すものだ。だから普通の会話では、こんど穂高に登るのはいつですか?”となるのだけど岳人同士の会話では、こんど穂高をやるのはいつですか?という言い方になったりする。

もう30年以上も昔の事。
右手の急峻な槍ヶ岳から始まる北アルプス穂高連峰は、当時僕の心を魅了し続けていた山だった。この尾根の向こう側は長野県の上高地。河童橋や帝国ホテル、そこから真正面に見える涸沢、そして今も噴煙を上げる焼岳などで有名な場所だ。実はこの上高地からの涸沢ルートを実際に2度下見に来ていた。松本からのアプローチ(河童橋まで)に要する移動時間、宿泊場所などを勘案して導き出された結論は、縦走には予備日も含めて一週間が必要な事だった。少し大げさなのだけど。当時の社内事情を鑑みると山登りをするので7日間の休みをくれと会社に言えば、たぶん・・・あぁ・いいよ!と言ってくれるだろうけれど、その後出社して自分の机ある保障など無いに等しいものだった。そんなこともあり、仕事も忙しくなったりしてこの事はずっと忘れかけていた。というよりも現実的に自分で諦めてしまったのだろう。

けれども僕は山が好きだった。
それからも2日程で縦走できる地元の山には随分と登った。いまでも遠くに出かけて見慣れない山容を見るとすごく気になって地図で確認してしまうのはきっと性分なのだろう。
でもその後、普通の人では想像すら出来ない真夏の山で凍死しかかってからは、次第に山からも足が遠のいていた。
このことはもうだいぶ昔(3年前)の記事だけど  雲の高さ 16:9 の光景  に記してあった。

西穂へのアプローチでこのルートも把握していたが、当時はなにせ若気の至り。
”ロープウェイなんざぁ、軟派なルートだ”といきがって検討の余地もなかったけれど、初めてここに立ってみれば直線距離で1,300m程度で標高差もいくらもない。現在ここに立ってみて、むかし想定していた河童橋からの丸一日のルートもこの位置環境では全くちがっていた。もしかしたらあの時このルートで入り、上高地に抜けるか逆でも成立するルートだと気がついた時はさすがに悔しかった。
でも僕は老いて益々盛んをモットーとしているので、もしかしたら来年の初秋あたりに槍の手前、ジャンダルムあたりを歩いている絵がここに載るかもしれない。

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そういえば僕の場合、夏山2~3日の縦走で一番恋しくなったのは人でもなく街でもなく、氷(冷たい物)と炭酸と車やバイクのエンジン音だった。山小屋では毎晩ぬる~い水割りを飲んでいるので、特に冷たい炭酸を渇望する僕の心中にはかなり切実なものがあった。もしも山小屋で500mlのキンキンに冷えた缶ビール売っていたならば、一本2,000円でも迷うことなく買っていただろう。その反動だろうか人里まで下りてくるなり自販機にしがみつき、良く冷えたコーラを2~3本むさぼるように飲んだものだ。その後の打ち上げのビールもご諸兄方の想像に難くない呑み方なのだ。

 

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