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2013年10月の記事

2013年10月25日 (金)

好きな事 vs 仕事にする事

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これがいわゆる彼のステージネーム。
山辺町という北の町での所用を済ませ、ちょうど近くのS.AからスマートICを利用して一気に山形までの早馬を企てた時の事。
この寒河江S.Aから徒歩のみ行き来できる隣の公園で何かのフェアをやっているようだった。なんだろう?といつものごとく好奇心に操られて歩き出して間もなくのこと。目に入ったのは観客が通りすがり数人だけの少しさびしい彼のステージ。

そこで彼は汗まみれになってボールや箱のジャグリング、手品などを披露していた。
間近でそれを見ていて気がついたこと。それは彼の表情だった。もちろん僕を含めた観客も楽しんでいるのだけど、それ以上に楽しんでいるのは実は彼なのかも知れなかった。そんなステージもあっと言う間に終ってしまう。いままで見ていた観客たちも早々に立ち去ってしまって、その場には道具を片付けている彼と僕だけになってしまっていた。声をかけてみるとそれが本当に気さくな青年だった。
話を聞いてみるとやはりショーの間は楽しいと言っていた。さっきのボール4個をドライブするジャグリングも相当練習を積んだだろうと訊いてみると、小学校の時から片手で二個のやつは出来たというから、これも彼の才能という範疇なのだろう。

僕は中学校のあたりからバレーボールより小さい球技は、不得意を通り越して出来ないに近い事を自覚していた。
特にオリンピックの卓球試合(ラリー)など、あれは人間技ではないと思っているというと本気で笑われた。なぜバレーボールより小さいのは駄目なのかと訊かれて、球が小さくなればスピードは上がるしなによりもシビアなコントロール精度が要求されるからだと答える。究極のスピードと精度を要求される卓球に比べたら、サッカーの方がずっと楽しい。パスにしても相手も動いてくれるので、大体(≒)でいいだろう?・・・と余計な事を言ってまた笑われた。

彼はこの世界に入ってまだ7年だという。
新しい芸の開発と、常日頃の練習は欠かせない事も教えてくれた。でも好きなので苦ではないのだということ。それに芸だけでは食べていけない厳しさも話してくれた。
午後のステージでは場所を違えて、火を吹く芸もあるので時間があればぜひにと言われる。山形へ行く目的は帰りにお昼を食べに寄りたい高原の店があっただけなので、この日は偶さかに出会った若い大道芸人に付き合うことに。

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場内放送を聞いた人々が三々五々集まってくる。
僕は会場内をウロウロしながら、彼の為に最高の絵を切り取る場所を慎重に探した。

そして彼の命がけの演技が始まると観客たちの歓声が上がる。
けれども僕の考えていた主役は彼ではなくて、その素晴らしい大道芸を驚嘆の表情で見入る観客たち。
ベンチで見入る4人の娘さんたちの表情も想像に難くない。

  
  
ショーを終えて、口の周りを煤だらけにしている彼に絵を見せるとニコッと笑ってくれた。
来年はフェアのスケジュールをちゃんと調べてまた訪ねてみよう。

 

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2013年10月16日 (水)

日常の中で 偶然に出会う 非日常

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大人(オトナ)になってからぐっと少なくなってきたもの・・・、思い返してみるとまっさきに思い浮かんだのはいたずらだった。
子供の頃からそうとうのいたずら坊主だったとなにかの折に触れ、周囲の親戚はみな口を揃えて証言する。それを毎回記憶の中で照合してみれば確かに思い当たる節はあるのだけど、その時におよぼした被害の大きさを鑑みると思い出せないフリをするしかないのが実情だ。

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僕の幼少期、少年時代のいたずらはわりと物理的な事案が多く、クラスの悪ガキ達との複数犯で犯行に及んでいたものだ。
授業で使うチョークを水に漬けるか、糊で固めて書けなくしたり新聞紙を固く巻いて作る石炭ストーブの着火材に爆竹を忍ばせたりと、実に悪い事ばかり仕掛けていた。なかでも着火材に爆竹を仕込むアイディアは僕が考えたものだ。新聞紙が分厚くかつ固く巻かれているので、爆竹に火が及ぶのは随分と遅延されて授業時間の半ばの頃だった。ストーブはだいたい教壇の傍と決まっているから、とうぜんビックリするのは先生なのだ。
厚くかつ固く巻かれた新聞紙のタイマーによって、まるで完全犯罪化された一回だけの破裂音。もっと爆竹を増やそうという意見もあったけれど、スナイパーが一発目を外しても絶対に2発目の銃弾を放たないのと同じ理由で、偶然石炭がはじけた事にしなければならなかった。

ちょうど昨年の今頃、当時の恩師の先生が近くのコミュニティセンターで講演することを知り、午後の予定も考えずに電話を入れて無理やりアポを取りつけた。ここ数年は賀状のやり取りだけで会って話をする機会がなかったからだ。近くで昼メシを食べながら懐かしい話に花が咲き、あっという間に時間が過ぎる。”先生、たまに教え子に昼メシをおごらせるっていうのもいいもんでしょう?”と言うと”教師冥利に尽きるなぁ~”と何度も礼を言われて、地元の教え子で連絡をとってくれるのは僕だけだと喜ぶ顔に、ついまた白状しそびれてしまっていた。

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話が脱線して前置きが随分と長くなってしまった。
この視覚的ないたずらは最近思いついたことではなくて、2~3ヶ月前のニュースでスマホなどの端末を歩きながらとか、自転車に乗りながら操作していて事故に至るケースが急増していると聞いた時だった。けれどもなかなか試す時間とシュチュエーションがなくていたのだ。そしてこの絵を作っていたら僕のいたずらゴコロが再び目を覚ましてしまったようだ。


この絵を仕事場のクライアントの目に付く場所にさり気なくピン止めしておく、 (ごく一般的には仕掛けるという行為) 

(A) 興味のない人は全く見ない。
(B) 少し興味のある人はチラっとみる・・・で、その後の行動が実に面白かった。

   (B-01) チラッとだけ見て通りすぎてゆくひと
   (B-02) そのあとに2~3歩あるいてから、ン!と再び見返すひと
   (B-03) 目に入った瞬間から食い入るように見入るひと

                              そのレスポンスも、前朝ドラ風の表現で言えば(je×1)から(je×4)までの4段階だった。

○この絵をジョークだと気づいた人からは、次にどうしたらこんなことができるのかという質問を受ける。
○この絵をジョークだと思わない人からは、次にどこのメーカーの製品かと質問を受ける

                                                 どっちにしても、説明するには少し時間がかかるのだけど。

いたずらは物理的なものから、主に視覚・聴覚的なものに移行したようだ。けれども精神年齢的なレベルは昔とほとんど変わっていないらしい。中学校の同級生からよく、少年のような茶髪のオヤジだと揶揄されているけれど、そういえばカノジョはまだこの絵を見ていない。こんど来たらどこのメーカーの新製品だと騙してやろう?

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一番最近に僕が出会った日常の中の非日常というのは虹だった。
これを偶然見かけて不快な気分になる人は、おそらく世界中探してもいないに違いない。数年前の事だろうか突然の土砂降りで、近くの公共施設で雨宿をした時だった。雨が止んで素晴らしい虹が空に架かった時。それまでは全く見知らぬ者同士がおなじ虹を見上げて、つい無防備な笑顔を交わしてしまう・・・・・虹とはそんな力も持ち合わせているようだ。

 

 

 

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2013年10月 7日 (月)

4:30.pmを少し回った頃

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盛夏の頃からだろうか、毎日が異常な速さで過ぎてゆく感覚を再び覚えるようになっていた。
それほど忙しくしている訳ではないのに一日があっという間に終わってしまい、ふと気がつくと一週間が過ぎている。そしてうかうかしているうちにいつの間にか月が変わっているという具合に。そんな事をあと2回も繰り返せば年がかわり、そして知らない間に歳をとってしまう。
この時間感覚のことは有名な心理学者が論文で発表した、年齢の逆数に比例するという数式で説明がつくらしいけれどこの時間の魔力に年々、いや月々というか毎日のように苛まれているのも僕だけではないらしい。

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子供の頃の永遠に続くように感じた夏休み。
朝起きてから寝るまでの一日という時間が果てしなく長くて、その中には新しい知識や初めての経験がぎゅうぎゅうに詰まっていた。特に学校が引けてから寝るまでのほんの数時間はきっと普通に遊んでいたのだろうけれど、今考えると毎日たいそうな充実感をかみしめて眠りについていたのだろう。

そして幼き少年が若き青年となった頃には、時間という海が目の前には洋々と広がっていた。
あの頃はあまり金はなかったけれどたっぷりとした時間だけはあった。暇をもてあそび漫然と過ぎていったあの頃の24時間を、先ほどの数式にあてはめれば現在の感覚的には、恐ろしいことにたったの9時間で過ぎてしまっている事になる。勉強や仕事の他にやりたい遊びを全てこなせた若き日々。日々やり残してしまった事を指折り数えなければならない今の日々。その頃との環境や立場=仕事量などを考えると
一概にも言えないけれど、何時頃からだろう、速さと便利さを求めて時間を金で買うようになったのは。

人の一生を一日に換算すると今はきっとこんな時間帯を過ごしているはずだろう。
そこで頭を過るのはいままで務めてきた家長としての自分ではなく、一人の人間としての生き方という事だった。つまり僕の人生の約65%以上が既に終わってしまったという動かせない事実。そんな中できっとこの時間の感覚はどんどん加速してゆくのだろうという恐怖感と、うかうかしてはいられないというような焦燥感。それと同時に何か新しい事を見つけてそれに取り組んでみたいというような、漠然とした希望とか夢みたいなものを常に抱えている。
今頃は日あしがぐんぐん短くなってゆく時期で、そんな事を考えているとずいぶんと気が滅入ってしまうのだけど、そんな夕刻にラヂオから流れた懐かしい曲。その一節にだいぶ救われた。盛夏から続くこのヘンな感覚は”それは誰にでもあるようなただの季節の変わり目の頃”だったようだ。そんなふうに考えれば全てがプラス思考へとはたらく単純なこの性格。
夏至の頃ならばこれから日没までに十分にひと仕事ができる、まんざらでもない時間帯なのだった。

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昔、天文学者を夢見た僕の大好きな相対性理論では、重力は時間を遅らせるという。
これは地球のコア(核)に近ければ近いほど時間の進み方が遅くなる訳で、理論上は1階の時計よりも2階の時計の方が早く進むことになる。海抜0mの東京湾よりも250m程高いこの街は時間の進み方がすこしだけ早いらしく、なんとなく損をしている気分だ。

 

若さとは素晴らしいものである
ガキども無駄遣いさせるには
あまりにも惜しい

  
< ジョージ・バナード・ショー >

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2013年10月 2日 (水)

北からのエトランゼ

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今年逢えたのはいつか昔に葉 祥明の絵本で見かけたような光景だった。
この高原に抱いていた二年越しの悲恋がようやく叶って三年目になる。前年とは時期をずらして年に二回は必ず鉄の馬の手綱が向く場所で、いつも違う表情を見せてくれる好きな場所のひとつだ。腕の間を撫ぜてゆく乾いた風の心地良い感覚は、きっと初めてのことかも知れない。
高原のフラワープロジェクトに参加している人たちの努力で、毎年季節ごとに美しい花を眺めることができる。
一昨年の春は菜の花畑、昨年の夏にはいちめんのひまわりが咲き乱れていた。今年はちっちゃな看板がいっぱい立てられていて、さまざまな種類のコスモスが種まきの日付やメンテナンスの記録が記されていた。

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この風の高原は標高が1100mほどで、この100mもある風車が30基以上も立ち並ぶ。
絵の左手約170°の奥には広大なキャベツに大根、それに白菜といった高原野菜の畑が続いている。大根と白菜はまだ生育中だったけれど、初めてキャベツの収穫の真っ最中に出会えたのだ。

  
13100102_2それを遠目で見ていたら収穫したてのキャベツが食べてみたくなり、ひとつゆずって欲しいと声をかけてみた。僕がここから北へ115キロ離れた街からの旅人だとつげると、以前食べた米沢牛が美味しかったと話してくれて、忙しい作業のさなか手をとめて15分ほども話し込んでしまった。

原発から100キロ程も離れているこの地でも風評被害はまぬがれず、震災の年はまったく駄目だったそうだ。ようやく昨年あたりから少し持ち直してきたけれどまだまだ例年の2/3程度らしい。おまけに高齢化に伴い昨年あたりから、これを機会に野菜をやめてしまう農家も多くなったとのことで、言われてみて辺りを見渡すと確かに荒らしてしまっている畑も目立つ。今年の出来は?と聞いてみると、朝夕冷え込むようになり甘みも増したとのこと。
だけど・・・吾がのはうんまいがら食ってみろ、と3個も渡されて、結局は代金は受け取ってもらえなかった。

突然現れた北からの見知らぬ旅人にこんなに親切にしてくれる人たち。
ありがとう。そしてごちそうさま。

 



  Over The Valley  by Pink Martini    

   
この曲はピンク・マルティーニの中でも好きな曲で、なかでもこのビデオはほほえましいアニメが続くのだけど、いつも女の子はかぐや姫かな?とおもってしまう。

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