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2013年9月 5日 (木)

休日ノ過ゴシカタ Vol.3 (職場とのスタンス)

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先の日曜日クライアントとの話で出てきたのは、休日における職場の眺めの事だった。
それは年休をとっていた日、職場に忘れ物をした事に気づいて取りに行った時の事だったらしい。なんでも職場に入った途端にそこ自体が仕事をしている同僚たちも含め、まるで別の世界の光景に見えてとっても不思議な気分だったと言っていた。どうやら自分の休日に通常稼働している職場に行ったのは初めてだったようだ。
年休日だと知らない同僚は昨日のクレームの詳細についての事や、午后の予定などを聞いてきたらしいのだけど、それらはまるで異次元の話のようだったと言っていた。それは大げさにしてもせっかくの個人的なオフなのだから、これからは職場に近づかないようにしなければね!としか言えなかったけれど、そんな話を聞きながら僕も会社員時代の事を思い出していた。

そういば休日出勤というやつは会社の空気自体がすこし違っていたような気がする。
僕は技術屋だったので休日は現場や電話に煩わされることなく、図面を引いたり計算したりのたまっている雑用を一気に片付けるのには好都合だった。しんとした環境は苦手なせいか、いつもラジオを流しながら仕事をしていたものだ。昔からやっている全国ネットのロングラン番組である『キューピー・ハートフル サンデー』。これが始まるとランチタイム60分前の合図。
”さて、本日の昼メシはと・・・”、とCPUの約30%強の仕事配分率をそれに費やしてしまうのは今も変わらない。それに以前から不思議に思っていた事があった。それは番組での選曲だった。いつも思うのだけど、それらはいずれも日曜日の昼前というシュチュエーションに相応しい、のんびりとした明るい曲やCMたちなのだ。

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会社員という職業を辞していわゆる自営業という範疇の仕事をしていると休日との境目も不明瞭になってくるし、大企業のオーナーでもないので、細かい雑用も含めてすべて自分の仕事となる。
それらは、最近流行った・・・”じゃぁ、いるやるの? 今でしょう!”のように対象が一つだけという単純なものではなくて、いかにそれらを効率的に片付けるかで、必然的に序列が決まってゆく。業務に支障がでなければ、その直前でも構わないし、休日をそれにすべて費やしてもかまわないのだから。一日は24時間という平等な法則のもと、休日の時間 - 雑用処理時間 = 自分の時間。という式の中で必然的に要領がよくなってゆくのは自然なことだ。
近年銀行にてご婦人向けの月刊誌をパラパラ捲ってすごく参考になったこと。
それは年末の大掃除に関する特集で、結論は年末の・・と銘打ってまとめてやるから大変なのだということだった。5分程度のスキマ時間も積み重なれば結構な時間になる事を学んだ。2~3年に一度のブラインドの洗濯は仕方ないにしても、以来この書斎兼仕事場の大掃除はしたことがない。

 

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