« 休日ノ過ゴシカタ Vol.3 (職場とのスタンス) | トップページ | 9月のエイプリルフール (母と子) »

2013年9月14日 (土)

秋 の 気 配

13090201

9月は好きな月だ。
季節的というファクターも大きいのだけど、なんとなく言葉に出した時の響きが好きなのだ。どうやら今年は肌にまとわりつく残暑もなく、街中を爽やかな色合いの人たちが行きかう過ごしやすい年のようだ。たいてい9月1日はうるう年でもない限り立春から数えて二百十日にあたり、その後の二百十日という二つの雑節が過ぎてしまった。つまり平成25年という時間の70%以上が過ぎたことになる。昔人はよく注意してこの二つの暦をみていたのだろう。週明けには台風が接近する予報が出ていて、例年並みという言葉があてはまらない希有な気象に曝された地方など、これ以上被害が拡大しなければ良いと思うばかりだ。

ここ数日はそらの高さというか、雲が高いなぁと感じる。
低層の比較的大きなかたまりの夏の雲もだいぶ少なくなってきたし、朝には思いがけずに冷涼な空気に触れることもある。そしてなによりも日没の時間が早くなってきたと実感するのはだいぶ早い時間に西日が差しこむようになってきたことだ。

***

最近、残心という言葉と出会った。
それは心残りとか未練とかいう下世話なことではなくて、人やものなどに心をのこすこと。主に茶道を例にした話だったけれど、例えば客人が見えなくなるまで、また客が見えない場合でもずっと見送り、その後ひとり静かに茶室に戻り、見送った客人のためにお茶をたてて心をのこす。千利休の教えにあったという、茶道具から手を離す時は恋しい人と別れる時のような余韻を持たせて、物に対しても心をのこす。

あたりまえだけど季節の変わり目とは、何かのスイッチを入れるようにパッと切り替わるものではない。過ぎる季節、迎える季節それぞれのフェイド・アウト、フェイド・インの部分が少しづつ重なりだして、それから徐々に訪れる季節のグラデーションが色濃さを増してゆく。ジリジリとした日射しの差す暑い夏があったからこそ、9月のありがたさが身にしみるのだろうし、9月の素敵さを満喫できると言うものだ。

***

先の休日、北で見つけたステキなCaféで小さな秋を感じた。 09-09 (Mon)
それは9月になったばかりでまだ真夏のように強い日射しだったけど、それが店の奥まで差し込んで来ていたことだ。それを眺めながら思い出していたのがこの残心という言葉だった。飲みほしたアイスコーヒーの傍らに”2013-夏”といふ、ひとひらの心をのこして店を出ると、僕はふたたび秋を愉しむための南からの旅人となった。




セプテンバー ソング 1946   by フランク シナトラ   

  


13090102


9月・・・

開放的でめくるめく季節は過ぎ去り

これからは澄んだ空気の中で

人にとっての”想う季節”の始まりである

  
< 自由人 >




 

***

***

***

|

« 休日ノ過ゴシカタ Vol.3 (職場とのスタンス) | トップページ | 9月のエイプリルフール (母と子) »

scenery (過ぎてゆく眺め)」カテゴリの記事

seasons (季節)」カテゴリの記事