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2013年8月21日 (水)

デオキシ・リボ核酸と飲み放題の考察

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デオキシ・リボ核酸。
いわゆるDNAの事なのだけど、僕も含めて同年輩以降のご諸兄方には遺伝を司るタンパク質の一種と言われた方がピンとくるのも真実だ。
僕はサラリーマンを辞してから一年ごとに、ごく一般的な健康診断と精密な人間ドックを交互に受診している。何かあれば治療はするけれど、一番は自身の病理的な余命を把握しておきたいからだった。そこには突然のアクシデントで他界というならば諦めもつくけれど、具合が悪くなって病院を訪ねたらいきなり、余命1~2ヶ月と宣告されたというパターンだけは絶対に避けたいという思いがある。
僕は生命の論理に反して長生きしたいとは思わないし、なによりも周囲に迷惑だけはかけたくないと思っている。それに現世でお世話になった環境や人々への返礼など、自分なりにもいろいろと都合があったりするのだ。

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近年の事だけどお泊りドックの内臓エコー検査の時だった。
その時の診察は僕よりも一回り以上も若い女医さんだけど、”胆嚢も正常ですしこれから肝臓の方を見ますねぇ~”と言った直後にカノジョのセンサーを持つ手が止まり、おもむろに”お酒をのまれますか?”と訊かれる。これは問診票にいつも記しているので、訊かれたことのない質問だった。
友人・知人からも僕の飲酒量は晩酌の域を遥かに超えているといわれていたのを思い出し、僕の脳はその返答に対して、ほんの1~2秒程度だけどあのスパコンの”京”を凌ぐ演算を繰り返したような気がする。結果、演算結果は当たり障りのない”まぁ、人並み程度ですかねぇ?”、と責任を逃れようとする疑問符を付けたものだった。そしてこれを見てくださいとモニタをクルッと回された時には僕はもう既に観念していた。

カノジョの着眼点と診断説明はこうだった。
それは肝臓が厚い部分からだんだん薄くなっていっていく先端の尖っている部分の事で、長年アルコールを摂取して肝臓が疲れてくると、こんなにも”ピン”となっていなくてふつうは丸くなってくるのだと言う。それを聞いた途端に深いため息と軽い脱力感の中で医者からの立派なお墨付きをもらったという、至極ご機嫌な気分で検査室を後にしたのは言うまでもない。

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僕の父親方、母親方の家系はものすごい大酒呑みの家系だったと聞いている。
中でも以前記事に記したTokuさんは横綱クラスだろう。ずいぶん昔の事だけど、”Tada坊、俺は酒で命を取られるならば本望だ”と言って旨そうに呑んでいたものだ。それを聞いていた若かりし日の僕は、何を馬鹿げた事を言ってるんだろうと半分軽蔑して聞いていたものだった。
それが恐ろしいことに最近その歳にだんだんと近づいてきて、アルコール飲料の香味を堪能している時”あっ!”と思う事がある。細胞に潜む両家のデオキシ・リボ核酸の存在を感じる瞬間だ。

最近多くなってきた飲み放題プラン。
はじめはいつも節度をもって臨むのだけど、このプランを選択するのは初対面というよりは気ごころの知れた人たちが多く、せっかく持参した節度とやらも何時ぞやグラスの中の氷になってしまっている。もう一人の自分が今日はこれくらいにしよう・・・とペースを落としていると、”ラストオーダーになりまぁ~す”という店員の声が聞こえる時間。皆がこぞって注文するなか聞こえないフリをしていると、おう!オーラスだぞ何にするんだ?とご丁寧に声をかけられる。
もういいわ!・・と答えると、いままで積み重ねてきた実績があるからなのか、どっか具合でも悪いのか?と心配される始末なのだ。

ラストオーダー・・・
明朝の後悔と引き換えに僕がオーダーするのはきまってダブルのハイボール。
   
 
 

alcohol は人類にとって最悪の敵だろうね
だけど聖書は言ってるよ
『汝の敵を愛せよ』・・・ とね

  
< フランク・シナトラ >

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