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2013年7月 5日 (金)

栗の花が咲くころ

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早苗月とも呼ばれる五月の田植えからひと月半。
この地方も梅雨入りの時期を迎えて、なおかつ今年も前半戦を過ぎて五日も経ってしまっていた。この時期の田圃をみて、大人たちは稲の成長をどう表現するだろうか? と想像してみれば。  おそらく単純明快に”ひと月半で随分伸びたなぁ”と言うくらいだろう。
それを子供の視点で表現をするとこうなる。  ”田んぼに空が映らなくなった”と。
ラヂオのインタビュー番組でそれを聞いた時には、子供の感性というか視点は実に素直で素晴らしものを持っているものだと感心した。何故ならば僕(ら大人)を逆さまに吊るしたとしても、絶対に出てくるべくもない表現なのだから。きっとこの景色も田植えの直後はポツポツと疎らな緑点の広がる水面に、碧い空と新芽を吹いたばかり栗の木が映っていたに違いない。

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栗の花が咲くころ・・・それは僕の地方では梅雨の真っ只中にあたる。
毎日しとしとと降り続く鬱陶しい雨。その晴れ間に湿気をたっぷりと含んだ風が運んでくるのはその花の匂い。それが好きだという人にはいまだ出会った事はないし、僕もあまり好きではないので、つい臭いという文字で表現してしまうのだけど。その花のパスワードでだけ、捲る事ができる記憶のページがある。それはだいぶを通り越して大昔、小学校時代の初恋の事だった。
どこのクラスにも一人はいたマドンナ的存在の女の子。なかでも席替えや班の抽選がある日などは、男子はみな朝から気もそぞろに授業に臨んでいたものだった。そんな中僕は比較的冷静だった気がする。何故ならば好きな子はものすごく成績優秀だけど、競争率がそんなに高くない極々目立たない子だったから。今になって考えれば確率の問題なのであまり関係なかったのだけど、マドンナにあまり興味のない人に神様は微笑む事が多いのかもしれない。並んでとなりまではなかったけれど、通路を挟んで隣だったり、同じ班が当たったりするものだ。そして肝心の一番隣になりたい子といえばいつも、嗚呼・・・遥か38万キロの彼方から眺めるちっちゃな月の微笑みなのだった。

いつか記事に記したのだけど、当時は天文学者になってみたいというのがあって、暇を見つけては図書室で関連図書を読み漁っていた。
でもそれは純粋に勉学の為という理由だけではなかったような気がする。何故ならば約50%の確率でその子も図書室にいたのだから。当時よくあった、誰がだれに気があるとかないとか言う噂話。気があるとか、ないとかの言葉すら、現在はもう懐かしい死語なのだけど、僕とその子が噂舞台に上がった事がある。きっかけはやはり図書室での目撃談だったらしい。

しばらくしてその子から呼び出しを受けた。
そこで告げられたのは、あとひと月もない夏休みに父親の仕事の都合で北海道へ転校するという事だった。その時に渡された新しい住所が書かれた便箋。あれから一度だけ返事があったけれどその後は私書箱のフラグは立つ事はなかった。そんな事もいつしか忘れてしまっていたけれど、あの待ち合わせの広場には白い花をたわわに咲かせていたこの木があって、その印象だけがずっと心に残っていた。

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こういった噂はそれが本心の人間にとっては嬉しいものだけど、そうでもない人にとっては迷惑千万なのだということ。
その白い花が栗の花だったということ。
成績がとても優秀で何に対してもきちんとしているその子の事を、一言で表現できる”聡明”という言葉 などなどを知ったのは、それから少しばかり大人になってからの事だった・・・。

 
  
  
   
あれから40年ほどの長い年月が流れたけれど、相変わらず人の気持を推し量るのが苦手なのは変わっていない。やはりこれは個性というか性格的な問題なのだろう。
   
   

   

  



Unforgettable 
Nat King Cole  & Natalie Cole 
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現在のデジタル技術の賜物。
  
 
  
まるで二人同時に singer として存在していたかのように
父と娘の夢のデュエットが実現されている。
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一般の人には単なるフェイクでも
ファンにとってはまさに垂涎のナンバーであることは間違いない。

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