« 栗の花が咲くころ | トップページ | "happy Monday" といふ好日 »

2013年7月10日 (水)

ケガと弁当の話

13070301
”どんな業界でもケガと弁当は自分もち”。
いつもこんな話をしてくれていたのは高校時代の恩師だった。師の言いたかった事は常にケガをしないように自分と周囲に注意を払う事。
自分もちというのは労災保険や傷害保険などであがなわれる金銭的な問題ではなく、本人が受ける苦痛と空腹のことだったのだと言うのに気が付いたのは、卒業して3年後だった。
当時、僕らズル休みの常套句としていた、風邪で・・・にも師はこんなことを言っていた。”風邪を引いたら必ず三日は休め”と。あの頃はもちろん仮病だったから考えなかったけれど、学校にも来れないほど風邪をこじらせた人間が、翌日にケロッとして登校してくるのはやはりどう考えても理屈に合わない。それから可笑しかったのが教科書を忘れた時だった。授業の冒頭に教科書を忘れたのを申告すると、すかさず弁当は?と訊かれた。弁当も忘れるとOKなのだけどそうでないときは教室の後ろに立たされた。
親父の小言と冷酒はあとで利く。という名言の通り、その時は意味が判らなくても、米俵を重ねてくるとその真意が沁みこんでくる言葉を昔人はたくさん遺してくれている。”あっ!”っと気がつたときには遅い事がけっこうあるけれど。

***


Holiday . July 8 ,2013
普段は書いた事のない日記だけど、この『備忘録的 随想』に記さなければならないLogがあった。

不注意が原因の奇禍でケガをしてから8日が過ぎる。
本当ならばもっと重篤な事態(ケガ)に至っていた要素があったけれど、左仙骨(S-4~S-2)のクラック(いわゆるヒビ)で済んだというよりも、済んでしまったというのが正しいのかも知れない。半分は未必の故意のようにその事態に至ってしまった自分。今回で2度目となるその程度のケガで幕を引いてくれた何らかの外力の事。梅雨時にはそぐわない早朝からの思い出したように降り出す強い雨。煙る程にかすむ見慣れた景色を眺めながら、そんなことを考えているとどんどん気が滅入ってくる。

現在一番辛い姿勢は椅子への立ち座りや長時間座っていること。
そのほかの歩行や立ち仕事などにあまり不自由さは感じない。場所が場所だけに固定できないのは仕方がないとして、早くこの急性期を慢性期に移行できる方法を考えなければと思う毎日だった。先週半ばに気がついたのだけどこの馬の鞍であるバケットシート。椅子に座る事自体苦痛なのだけど、なぜだかこのシートは痛みを感じない。おそらくカラダをスッポリと包み込み、背中から太ももにかけて体重を分散させるからなのだろう。座ってるのに痛みを感じないこの感覚がいままでになく心地よかった。痛みを忘れる(逃れる)為にずっと座っていたくなり、あてのない彷徨いをもう3時間も続けていた。

先週からずっと感じている深部から湧き出すようなこの懐かしい疼痛。
どうやら痛みのストレスは僕にとって、休日の過ごし方も少しうつうつとさせるものらしい。密室の前腕との情事も何故だかしっくりこない。前も見えなくなるほどの強い雨や、立ち寄り先でのハプニングなど、合わない靴を履いたような一日とはきっとこんな日の事をいうのだろう。
最低だったな今日は・・と大雨で中ほどまで濡れた県境の長いトンネルをぬけながら思っていた。
こんな日は早めに書斎に戻り Late afternoon Beer と洒落込めば、あとは来週に向けて浮上するだけだと思っていたら、そこにはまだ二番底があったりする。こんな休日の夜は、切り札のアイラモルトを以ても長いものだった。

 

***

***

***

***

 

|

« 栗の花が咲くころ | トップページ | "happy Monday" といふ好日 »

scenery (過ぎてゆく眺め)」カテゴリの記事