« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »

2013年7月の記事

2013年7月31日 (水)

會津のSoul。  と大きく出てみたけれど、 実は・・・

13070501
  
この南の街は各シーズンごとに、なぜか手綱が向いてしまう好きな場所だ。
ちょうど2年と4ヶ月の事。繁華街の国道を通過するだけだった街の裏路地に、好奇心から意図的に迷い込んでみたのが始まりだった。後で知ったのだけど、偶然そこが今ではすっかりお気に入りになってしまった、野口英世通りと大町通りなのだった。
いつもの事だけど知らない街の路地を歩いていて、角にくるたびそこを曲がるかまっすぐ進むか迷う。角を曲がってみようと決めたときは、もしその先に何もなければまたここへ帰ってくればいいと思って曲がる。そして二度と戻らないこともあったし、またそこに帰ってくることもあった。なんとなく人の人生に似ているような気がする。   

初めて間近に見る赤瓦はそれはまた見事なものだ。
せっかく明治以前の姿である赤瓦へと、葺き替える工事が終わるとほぼ同時に、観光の目玉と言えるこの城館をも揺さぶったのが震災だった。幸いハードウェアの被害はなかったと聞いたけれど、観光資源が豊富なこの街がそれからたどっていったのは、人間が神の火を粗略に扱って被害を蒙った県であったという風評だった。ドキュメンタリーなどで度々報道された通りに、本当に見ていて気の毒なものがあった。けれども地元の人たちのそんな憂鬱を一気に吹き飛ばしてくれたのは例の大河ドラマだ。平日の様子しか分らないけれど人出は昨年とは比較にならない程に増えている。

***

 
僕がこの街に会いにくる主な目的と好きなもの。 それが見ていて飽きない町並みとカツ丼だ。
この地方で普通に言うそれは、トンカツを卵と玉葱でとじた一般的なものではなくて、ソースカツ丼の事だと知ったのはつい2年前の事。
太さが店によって少し違う程度で、味やトッピングが比較的安定している(想像がつく)麺類とは違い、これがなかなか侮れない。基本はホカホカご飯の上にキャベツの千切りを敷いて、最後にソースをからめたトンカツが乗るのだけど。店によって使う肉の部位や切り方。それに重量、
特にソースタレに至ってはユーザーにとって一番の重要事項だろう。その他普通のカツ丼のようにソースタレで煮込んだものもまであるらしい。それらを知り尽くしている地元の人は良いのだけど、僕のようなたまに訪れるよそ者にとってはパンフで見ていくのなら想像もつくのだけど、それがなければどんなものが出てくるのかさっぱり分らないという楽しみもあったりする。箸でカツとキャベツの厚さを確認したなら、この三層構造の小宇宙をどう攻略するかを考えるのもこれまた楽し・・・なのだ。
   
   
   

***

   
13070502この美しい赤瓦の絵を見ていたら、先日テレビからいきなり耳に飛び込んできたある職人の話を思い出した。
それは”仕事を作業にしないこと”というものだった。その言葉に瞬時に反応したのは、僕自身がそうなりかけていたのかも知れない。普段めったにテレビを見る事のない僕がメモをとりながら夢中で見入ってしまった。仕事への探求心を失えば、単なる作業になる。日々同じ仕事に変わらぬ集中力を注げるか・・など、僕がいつも再確認しなければならない事をたくさん思い出させてくれた。
そして彼は最後にこんなことを言っていた。
若い頃は無我夢中でやっていた(たぶん今の僕)、けれど今は何かを振り返りながら仕事をしているんだ・・・と。

誰が見ても完璧に仕上げられたその仕事ぶり。
けれど自身の採点は80点。彼曰く、合格点には達しているがまだまだ先があるという。”もういいや、と言ったとたんにお迎えが来ちゃうよ”そう言って明るく笑った笑顔には、とても85歳とは思えない生き生きとした職人魂が見えていた。祭りが仕事より大好きな生粋の江戸っ子職人に、僕もこんな風に齢(よわひ)を重ねる事を目標にしなければと、思わせられた。

***

***

***

***

|

2013年7月24日 (水)

Bossa と 大暑の頃

13070402
  
7月に入り日々の最高気温が25℃を越えてくると、アイスクリームよりもかき氷の方が好まれる時期になってくる・・・
というくだりで書き始めるのは例年の事。関東以西にお住まいの方には申し訳ないのだけど、今年の東北はまだ梅雨が明けないせいか、僕が住む米沢で気温が30℃にとどいたのは今月はまだ4~5日程しかない。しかもここ数日は夜などは窓を閉めなければ涼しすぎる夜が多いのだ。それにここ3週間にわたり週末を中心に大雨が降って被害が拡大している。 せめてもの救いは直接的な人的被害が出ていないこと。

***

東北でも盛夏を迎えるであろうこれからの時期。
だれもが喉をうるおす水が欲しくなるように、僕の乾いた心が”おいしい水”を求める季節の始まりだ。それがこのボサノバというジャンル。
初めて聴いたときは、歌うというよりも呟きとか囁きに聞こえたし、歌詞も英語ではなくあまり聴いた事のなかった不思議な響きを持っていた。それがボサノバというブラジルの曲だというのを知ったのは、それからすこし後の事だ。その頃にネット環境を手にした僕はボサノバについて漁り始めた。そして行き着いたのがアントニオ・カルロスジョビンとジョアン・ジルベルトという二人の人物だった。そして彼らのアルバムを聴きながら、イパネマや、コパカバーナ海岸の絵を眺めていたものだ。世界中をボサノバという波が清々しく洗った、1960年代という古き良き時代に思いを馳せながら。

ご諸兄方には特に懐かしいジョビン作曲のメドレー・・・”イパネマの娘”・”デサフィナード”・”おいしい水”を小野リサのボーカルにて。
僕の懐くイメージは両極端だけど、日本人である彼女の明るくごく自然な旋律は真昼の限りなく碧い空の広がる下で(もちろん休日)
一極端に落ち着いたジョアンの囁くような旋律は、薄暗いキャンドルの灯りでワインかなんかを嗜む夜のイメージが合うような気がするのだ。

 

 



アントニオ・カルロス・ジョビン_メドレー  by 小野 リサ 

     
 
   
   
  

    
これらの旋律はBossaを知らなくても何度か耳にした人も多いのでは。彼女はブラジル生まれの日本人ボサノバ歌手で、同じポルトガル語でも他のsingerよりずっと”歌う”の方に近く聴こえるので、初めての人でもなじみやすい。ブラジル音楽をこよなく愛した小野敏郎の娘であり、さらにサックス奏者の渡辺貞夫が音楽的に大きな影響をうける事となるブラジルへ渡るきっかけを作った人物だ。
彼が昨秋に他界した事をネットで知ったのはつい3ヵ月程前、まだ少し肌寒い春の日の事だった。

***

***

***

***

|

2013年7月17日 (水)

"happy Monday" といふ好日

13070401
ずいぶんと久しぶりのゆったりとした時間を過ごす美術館。
しかもそれは月曜日のこと。この日は連休明けからずっと待ち焦がれていた日だった。雨が降ろうが、槍が降ろうが絶対行くと決めていた朝、僕の住む県南部は大雨注意報、中部以北には警報が発令されていた。
東北での初となる公開。しかもその52点のうち36点は日本初公開。そのうえ祭日の最終日。これだけのキーワードがそろえば予想はしていたけど、クロード・モネのコレクションとは比較にならない、こんな混雑を見たのは初めてのような気がする。
僕が到着したのは十時を少し廻った頃だけど、とにかく入場券(当日券)を買うにしても、3人列で7~80mの長蛇の列。”前売り券をお持ちの方は直接左側よりゲートへお進みください”という係員の声。会話を交わす相手もなく手持無沙汰に並んでいた僕は、左側を悠々とスルーしてゆく人達に、いままで購入すら考えた事もなかった(実は面倒くさかった)前売り券のご利益というものを痛感していた。

案の定、展示フロアも一枚目の絵を目にするだけでも2~30分はかかりそうな行列だった。
誰が流れるスピードを決めているわけでもない、常に滞り気味のその列は蜿蜒と壁ぎわを流れていた。今回のゴッホコレクションは中学校の美術の教科書以来の再会だけど、僕にとってはとても充実していたのだ。なぜならばそれは展示の方法によるものが大きい。
折角の音声ガイドを手にしたのだから、一枚目から順にと並ぶ行列の一員になる必要もなく展示室内を魚のように泳ぎ回っていた。そしてそんな観かたを可能としてくれたのは、大きく書かれたセクションごとのキーワードだった。
それは何かの人気番組でよく使うような意味深なもので、最近とみに研究が進んだお蔭だろう。例を挙げると”作品を売らなければ”、”もっと色彩を”、”古いものと新しいものとの結合”、”厚塗りから薄塗りへ”、”答えは一つではない”などのキーワードが遠目にもわかるように掲げてある。それぞれ気になったセクションの解説と作品を観ては、湧いた疑問を確かめる為にまた2つ前へと戻ったりと、彼の生涯の物語を見るように行き来しながら作品を楽しむ時間だった。

***

現在北海道で開催中のシャガール展は、9月になればすぐに僕の住む東北へとやってくる。
ふた月にも満たない短い開催期間に、happy Monday が3回もあるのは僕にとって実に幸運な事だと思う。そのサイトはWindows8のタブレット端末を意識した造りだった。僕のはそれではないのでカーソルキーでめくっていくしかなかったけれど、そこにあったのはなんとこの種のサイトでは珍しい、画面いっぱいに映し出される”シャガールを巡る旅”という足跡を辿るモニュメント達だった。
展覧会コンセプトにはこんな事が書いてある。
<20世紀を代表する画家の一人、マルク・シャガール(1887-1985)。宙を舞うカップルや動物、現実離れした鮮烈な色彩など、その幻想的な作品は多くの美術ファンを魅了しています。   ***中略***   本展では華やかなパリ・オペラ座の天井絵をはじめ、エルサレム・ハダサー医療センターやフランス各地の教会を飾るステンドグラスとその下地など、シャガールの代表的なモニュメント作品を日本で初めて本格的に紹介します。     Marc Chagall exhibition

   
  

 

このゴッホコレクションは来週から広島で公開される。                      .       
西にお住まいのご諸兄方へ:  Van Gogh in Paris:New Perspectives


***

***

***

***

|

2013年7月10日 (水)

ケガと弁当の話

13070301
”どんな業界でもケガと弁当は自分もち”。
いつもこんな話をしてくれていたのは高校時代の恩師だった。師の言いたかった事は常にケガをしないように自分と周囲に注意を払う事。
自分もちというのは労災保険や傷害保険などであがなわれる金銭的な問題ではなく、本人が受ける苦痛と空腹のことだったのだと言うのに気が付いたのは、卒業して3年後だった。
当時、僕らズル休みの常套句としていた、風邪で・・・にも師はこんなことを言っていた。”風邪を引いたら必ず三日は休め”と。あの頃はもちろん仮病だったから考えなかったけれど、学校にも来れないほど風邪をこじらせた人間が、翌日にケロッとして登校してくるのはやはりどう考えても理屈に合わない。それから可笑しかったのが教科書を忘れた時だった。授業の冒頭に教科書を忘れたのを申告すると、すかさず弁当は?と訊かれた。弁当も忘れるとOKなのだけどそうでないときは教室の後ろに立たされた。
親父の小言と冷酒はあとで利く。という名言の通り、その時は意味が判らなくても、米俵を重ねてくるとその真意が沁みこんでくる言葉を昔人はたくさん遺してくれている。”あっ!”っと気がつたときには遅い事がけっこうあるけれど。

***


Holiday . July 8 ,2013
普段は書いた事のない日記だけど、この『備忘録的 随想』に記さなければならないLogがあった。

不注意が原因の奇禍でケガをしてから8日が過ぎる。
本当ならばもっと重篤な事態(ケガ)に至っていた要素があったけれど、左仙骨(S-4~S-2)のクラック(いわゆるヒビ)で済んだというよりも、済んでしまったというのが正しいのかも知れない。半分は未必の故意のようにその事態に至ってしまった自分。今回で2度目となるその程度のケガで幕を引いてくれた何らかの外力の事。梅雨時にはそぐわない早朝からの思い出したように降り出す強い雨。煙る程にかすむ見慣れた景色を眺めながら、そんなことを考えているとどんどん気が滅入ってくる。

現在一番辛い姿勢は椅子への立ち座りや長時間座っていること。
そのほかの歩行や立ち仕事などにあまり不自由さは感じない。場所が場所だけに固定できないのは仕方がないとして、早くこの急性期を慢性期に移行できる方法を考えなければと思う毎日だった。先週半ばに気がついたのだけどこの馬の鞍であるバケットシート。椅子に座る事自体苦痛なのだけど、なぜだかこのシートは痛みを感じない。おそらくカラダをスッポリと包み込み、背中から太ももにかけて体重を分散させるからなのだろう。座ってるのに痛みを感じないこの感覚がいままでになく心地よかった。痛みを忘れる(逃れる)為にずっと座っていたくなり、あてのない彷徨いをもう3時間も続けていた。

先週からずっと感じている深部から湧き出すようなこの懐かしい疼痛。
どうやら痛みのストレスは僕にとって、休日の過ごし方も少しうつうつとさせるものらしい。密室の前腕との情事も何故だかしっくりこない。前も見えなくなるほどの強い雨や、立ち寄り先でのハプニングなど、合わない靴を履いたような一日とはきっとこんな日の事をいうのだろう。
最低だったな今日は・・と大雨で中ほどまで濡れた県境の長いトンネルをぬけながら思っていた。
こんな日は早めに書斎に戻り Late afternoon Beer と洒落込めば、あとは来週に向けて浮上するだけだと思っていたら、そこにはまだ二番底があったりする。こんな休日の夜は、切り札のアイラモルトを以ても長いものだった。

 

***

***

***

***

 

|

2013年7月 5日 (金)

栗の花が咲くころ

13070101
早苗月とも呼ばれる五月の田植えからひと月半。
この地方も梅雨入りの時期を迎えて、なおかつ今年も前半戦を過ぎて五日も経ってしまっていた。この時期の田圃をみて、大人たちは稲の成長をどう表現するだろうか? と想像してみれば。  おそらく単純明快に”ひと月半で随分伸びたなぁ”と言うくらいだろう。
それを子供の視点で表現をするとこうなる。  ”田んぼに空が映らなくなった”と。
ラヂオのインタビュー番組でそれを聞いた時には、子供の感性というか視点は実に素直で素晴らしものを持っているものだと感心した。何故ならば僕(ら大人)を逆さまに吊るしたとしても、絶対に出てくるべくもない表現なのだから。きっとこの景色も田植えの直後はポツポツと疎らな緑点の広がる水面に、碧い空と新芽を吹いたばかり栗の木が映っていたに違いない。

***

栗の花が咲くころ・・・それは僕の地方では梅雨の真っ只中にあたる。
毎日しとしとと降り続く鬱陶しい雨。その晴れ間に湿気をたっぷりと含んだ風が運んでくるのはその花の匂い。それが好きだという人にはいまだ出会った事はないし、僕もあまり好きではないので、つい臭いという文字で表現してしまうのだけど。その花のパスワードでだけ、捲る事ができる記憶のページがある。それはだいぶを通り越して大昔、小学校時代の初恋の事だった。
どこのクラスにも一人はいたマドンナ的存在の女の子。なかでも席替えや班の抽選がある日などは、男子はみな朝から気もそぞろに授業に臨んでいたものだった。そんな中僕は比較的冷静だった気がする。何故ならば好きな子はものすごく成績優秀だけど、競争率がそんなに高くない極々目立たない子だったから。今になって考えれば確率の問題なのであまり関係なかったのだけど、マドンナにあまり興味のない人に神様は微笑む事が多いのかもしれない。並んでとなりまではなかったけれど、通路を挟んで隣だったり、同じ班が当たったりするものだ。そして肝心の一番隣になりたい子といえばいつも、嗚呼・・・遥か38万キロの彼方から眺めるちっちゃな月の微笑みなのだった。

いつか記事に記したのだけど、当時は天文学者になってみたいというのがあって、暇を見つけては図書室で関連図書を読み漁っていた。
でもそれは純粋に勉学の為という理由だけではなかったような気がする。何故ならば約50%の確率でその子も図書室にいたのだから。当時よくあった、誰がだれに気があるとかないとか言う噂話。気があるとか、ないとかの言葉すら、現在はもう懐かしい死語なのだけど、僕とその子が噂舞台に上がった事がある。きっかけはやはり図書室での目撃談だったらしい。

しばらくしてその子から呼び出しを受けた。
そこで告げられたのは、あとひと月もない夏休みに父親の仕事の都合で北海道へ転校するという事だった。その時に渡された新しい住所が書かれた便箋。あれから一度だけ返事があったけれどその後は私書箱のフラグは立つ事はなかった。そんな事もいつしか忘れてしまっていたけれど、あの待ち合わせの広場には白い花をたわわに咲かせていたこの木があって、その印象だけがずっと心に残っていた。

***

こういった噂はそれが本心の人間にとっては嬉しいものだけど、そうでもない人にとっては迷惑千万なのだということ。
その白い花が栗の花だったということ。
成績がとても優秀で何に対してもきちんとしているその子の事を、一言で表現できる”聡明”という言葉 などなどを知ったのは、それから少しばかり大人になってからの事だった・・・。

 
  
  
   
あれから40年ほどの長い年月が流れたけれど、相変わらず人の気持を推し量るのが苦手なのは変わっていない。やはりこれは個性というか性格的な問題なのだろう。
   
   

   

  



Unforgettable 
Nat King Cole  & Natalie Cole 
**  
 ** 
   
   
現在のデジタル技術の賜物。
  
 
  
まるで二人同時に singer として存在していたかのように
父と娘の夢のデュエットが実現されている。
**     
一般の人には単なるフェイクでも
ファンにとってはまさに垂涎のナンバーであることは間違いない。

***

***

***

***

|

« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »