« 短夜(みじかや) 礼賛 | トップページ | 栗の花が咲くころ »

2013年6月24日 (月)

汐風とウミネコが運んで来た音の記憶

13060401
先週、夜明け前の暗闇の中で芽生えてしまった海への恋心。
その置き場所に思い病みながら一日千秋・・・、こんな思いをするのは少年時代以来のような気がするけど、とにかくこの週末は待ち遠しかった。鞍に身をゆだねると早朝からの眠けも気にならず、遠くで待つ恋人にでも逢いに行くようにそそくさと手綱を西へ向けた。

***

先月も見た明るい陽光と潮の匂は本番の夏に向けて、確実に力強さを増していた。真夏のギラギラした海辺がもうだいぶ前から苦手になってしまった僕は、上半期最後の汐風にからだを曝したくて適当な駐車場に鉄の馬を滑り込ませた時だった。そこの防波堤に一羽のうみねこが居るのが見えた。近くであまり見る機会はないので、いつもの好奇心が首をもたげ5メートル程まで近づいてみる。でも彼は飛び立つ気配さえなく、さらにゆっくりと近づいてもやはり逃げない。
一羽と一人・・・それはブロックの限界まで寄せたわずか1.5mでの対峙となり、そこで初めて彼の左足に気が付いた。
しばらく続いたウンドー越しのにらみ合い。ガラスを下げて直接顔を見せれば飛び立つだろうと思いきやそれでも動かない。こんどはレンズを向けてみる。すると彼は何度か首を振っただけでこんな目で相変わらず僕を睨みつけていた。
彼の左足。
自然界でこんな怪我をすることはあまり考えにくいから、きっと放置された釣り糸にでもよる事故なのだろう。只ただ無言で向き合う彼の目には、人間に対する恨みのような感情も感じていたし、それに僕がなぜここに来たのかというのさえも見透かしているような目光だった。近くを賑やかな車が通り過ぎると、彼は初めて翼を広げて奥の岩まで滑空していった。僕はといえばようやく鞍から降りて、彼のいた防波堤へ腰を下ろし全身で汐風の匂いを嗅いでいた。

***

彼がまだこっちを見ていた20m程先の岩場の少し先。
空と海とがふれあう彷徨から、汐風が運んで来たのは遥か昔の映画の記憶だった。それは白鯨(Moby-Dick)という映画で、主人公であるエイハブ船長は巨大なモービーディックに片足を食いちぎられ、復讐心に燃える彼は鯨骨製の義足を付けていた。そして夜な夜な階下の乗組員の部屋に響くのは、船長室を歩き回る剥き出しの固い義足が放つ、不気味な音だったのを鮮明に覚えている。偶然彼と出会った事によって30年の時を経て、再生された海の音の記憶だった。



 
***

***

***

***

***

|

« 短夜(みじかや) 礼賛 | トップページ | 栗の花が咲くころ »

scenery (過ぎてゆく眺め)」カテゴリの記事