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2013年6月 3日 (月)

なくて七癖

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自分にでもあるであろう七癖を、立て板に水のようにスラスラと列挙できる人は、はたして何人いるのだろうか。
先月の事だったけど、知人とDeepに呑んでいるときにそんな話になった。癖と言えば一般的に個人の動作などを伴う行動を指すのだろうけど、”酒”などの接頭語がついてしまえば、誰かしら相手があることになりその評価はあまり良くない事が多い。

面白いもので他人の癖というものは、見ていてけっこうわかるものだけど、当の本人はなかなか気づいていないことがほとんどだ。
ましてやそれを七つ言えと言われると、一つ、二つ、あるいは三つ位まではなんとか言えるような気がするけれど、その先は目が宙を追ってしまう。友人達と呑んでいる時などは互いにそれ自体が、生体認証にでもなっているようなものだろう。
例えば次に彼はきっとアレをするにちがいない・・・・・ほぅらやった。と必ず当たる評判の予言者にでもなった気分の中で安心するように。
以前気づいたのだけど、癖というものも嗜好と同じように年月とともに変化するもののようだ。僕が随分昔にやっていた食べ物のにおいを嗅ぐこと。今はもうすることはないけれど、この頃次男がそれを時々やっているのを見て、妙な懐かしさを覚えた。もちろん止めるように注意したけれど、たぶんその時期が来なければやめる事はない。

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そんな僕も気づいているけれど、もう30年もなかなかやめられない癖が三つある。
一つ目はわりとノーマルにしても二つ目と三つ目は、子供の指しゃぶりと唐突的な行動のようなもので、僕の歳からすればおそらく奇癖という範疇に入ることだと思う。

一つ目は、考え事をすると手のひらでグーを作り、その穴とキッスをしたり息を吹き込んだりすること。

二つ目は、これからの半袖の時期に車内(鉄の馬)で起こる密か事。
こんなふうに書いてしまうとなんだか女性週刊誌や三面記事のようだけど、この行為はやはり人には見られたくないものだ。それは簡単に言えば手首から15cm程の前腕にある長い体毛を、唇で挟んで軽く引っ張ったりすることだけど、これがことのほか両者(唇と体毛)にとって気持ちが良かったりする。さらに距離が伸びてくれば、汗などの体臭が混じってくる訳で、長月までの情熱的な4か月間。誰もいない鉄の馬で繰り返される僕だけの密かな情事といっていいのだろう。

三つ目は、ところ構わず窓から外を覘くこと。
この件に関しては、なぜだか一階の窓にはあまり興味を示すことはなくて、高い建物ほど顕著に表れる。初めての店やオフィスビルなどでも、いきなり窓に寄っていって外を眺めたりしてしまう。そしてたぶん変な人だと思われただろうといつも後悔するのだった。

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後悔しながらその必要性を考えてみるのだけど、癖というものに理由はないのだといつもの結論で閉じてしまう。
外を見て何をしているのかと言えば、いつも自身の位置を見ているのだ。自分の街ならば既知の建物や山並みを見ると、まるで”Google earth”の衛星写真にマップピンが打たれたようなものが浮かんでくる。
知らない街の初めての建物だと、太陽の位置からその建物のエントランスと、その窓の位置関係を3Dの立体モデルが浮かんだりする。なぜそんなことをしてしまうのかはさっぱり判らなかったけれど、最近この歳になってひとつの仮説に辿りついた。
それは少年時代のボーイスカウト隊員の頃まで遡り、週末いつもやっていた方向と距離の感覚を養う訓練だった。
隊長のいるベースキャンからしょっちゅう飛んでくる、”現在位置を報告”というトランシーバーの音声に、班長だった僕は磁石と大まかな歩数から、真北とベースと自分の三角形を思い浮かべ、”2時の方向・距離250”などと答えなければならない。5つあった班の中で精度がバツグンに高いと、隊長から皆の前で褒められて子供心にすごく嬉しかったのをはっきりと覚えている。

やはり子供は褒めて育てろというのは素晴らしい教育だなと思った・・・僕の場合もう時、既に遅しだけど。



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