« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »

2013年5月の記事

2013年5月27日 (月)

Saison, le vent est parfumé

13050400_2

連休も過ぎ去って、ひとしきりの寂しさのあとには、風薫る五月と呼ぶのに相応しい風が体を撫ぜてゆく。
天気の良い昼休みなどは特に用事がなくとも、バイクを扱ぎだしてそんな風を感じたくなる時期だ。僕の住む標高200m程度の木々は”新”という接頭語を付けるのが野暮ったい程に生い立ってきたけれど、標高が800m近いこの水辺は、2013_新緑のベールがようやく山頂にむけてスタートしたばかりだった。
 
いつものように意図的に迷い込んだ小道。
この建物はペンション街の外れ近くのみなもの畔にたっていた。色彩がもっと落ち着いていたり、もう少し季節が進んでいて手前の木々が生茂っていたなら気がつかなかったかもしれない。一瞬視界に入った鮮やかなクリームとオレンヂの外壁に、僕は無意識に鉄の馬の手綱を引いた。煙突からは良く目を凝らさないと気付かないような、うす白い煙が上がっていて、水辺近くにはカーキ色のゴムボートも見える。今の季節に人の気配があるということは、別荘の類ではないようだ。

***

爽やかな高原の風に吹かれながら、あと5日もすると6月なんだなと考えていたら、今年の4月1日には法螺話を書くこともなかった事を思い出した。僕にとってそれは恒例化したものではなかったのだけど、・・・・・らしき事を私書箱で見つけたことがずっと引っかかっていた。
昨年と言えばタイムマシンに乗った話だったし、一昨年はペアのコーヒーカップが会話を始めるという、罪のない嘘とは少しニュアンスが違いそれはもう、寓話としか言いようがない話ばかりだ。今年は煙突の煙を見ながら、この館の主にでもなった妄想をしてみることにしよう。

 

* ふた月遅れの April Fool's Day *


このシュチュエーションで生活する人物は、当然芸術家でなければならない。
不幸にも僕は絵はまったく描けないので、絵描きは無理にしても、きっと何かのデザイナーとか物書きぐらいだろう。男はずっと一人で暮らしていて(正確には一匹の白いネコと)周囲はあまり気がついていないけれど、実は人間嫌いな男なのだ。

その一日はこんな感じで始まる。
時間に縛られない生活なので、外の薄明るさで目を覚ます。2階の寝床から階下の書斎兼仕事場に降りてくると、夕べのAlcを洗い流すかのように一気にコップの水を飲み干す。それからPCの電源を入れて、お茶をいれるお湯を沸かし始めるといった具合だ。メールやニュースのチェックが終わると、次は朝飯の支度にとりかかる。時間短縮のために洗濯との同時進行はずっと前からの極まり事だ。それから好きな音楽と共に仕事にとりかかるのだが、今日は自分で決めているOFFの日なので、もちろん仕事をするつもりはない。

昼食の後は30分ほどうたた寝をして、天候の具合を見ながら西側にある畑で作業をする。2~3日前に市場で購入した、新しい品種のジャガイモを植えたり、先週播いたベビーリーフとロケットサラダに水をやったりと、結構なスピードで時間が過ぎてゆく。
それが済むと一服つけて、今日はゴムボートのメンテナンスだ。オールを固定する軸にグリスを注油して動きを確かめると、スキットルに好きなアイラを満たしルアーを積み込んだなら、いざ試運転と洒落こむ。

そんなことをしているうちに陽が傾き、夕飯の支度をする時間だ。
男が冷凍庫から取り出したのは、先日コストコ(COSTOCO_WHOLESALE)で多量に仕入れてきたエスカルゴ。(これがビックリするくらいに安くて旨い)それをオーブンに放り込んでタイマーをセットすると、おもむろに作り始めたのは魚介類とパスタの容積比率が65:35という、完全おつまみ仕様の自慢のシーフードパスタだ。次に準備するのは大人の飲み物だ。休日の夜には少しだけ上等なものをと、心がけている。この日”最初”に手が伸びたのは好みの白ワイン。この日ばかりはリラックスしているせいか、Alcが大脳皮質を冒し始めると眠気をおぼえる。休日前夜と休日の夜は相当はやい時間に眠りに就くのは昔も今もあまり変らない。
翌朝の朝飯の支度を、快適に行うための洗い物を手早く済ませるとベットに潜り込み、枕に頭をつけて意識を失うまでいつも20秒以内。
次に目が覚めたのは標高200mにあるいつもの部屋だった。


***

***

***

***

***

|

2013年5月20日 (月)

今時のケイタイ事情

13050301

友人・知人など関わりのある人たちの中で、ケイタイ・スキルが一番低いであろう男が、大そうなことを書いてしまった。

今月はじめの連休谷間の事だった。長男が唐突に帰って来たというよりは、帰省したというのが正しいのだけど。平日なのでそんなに遠くない店での、随分と久しぶりに二人で食べる昼飯となった。彼は待望の一人暮らしの楽しさや、バイトで賞をもらったことなど、上京前では考えられない程に饒舌に話す。それがようやく一段落したところで、カネ以外で困っていることはないのか?ときり出すと、やにわに彼は今のスマートフォンの不調を訴え始めた。それは時々不用意に(無断で)電源が切れる事や、他の様々な不具合の事だった。彼の言い分はそんな事も含めて、仲間内で皆が使っている i-Phone-5に変えたいということだった。なんでも通信速度の違いでS社ではなくA社でなければダメなのだという。夕方学校から戻った次男にこの事を話すと、なんと彼もi-Phoneを欲しがっていて、一番喜んでいたのは当の彼だった。

今時の乗り換え(と言うらしい)事情はキャッシュバックというものがあって、それぞれに新し電話機を手にしたほか、十万円以上の現金を支払うのではなく逆に渡された。これこそ企業努力の賜物かもしれないけれど、一般的な市場原理からすればその金額に違和感を感じたが、そこはユーザーが口を挟むことではないので、店員に言われるままに領収書を書いてしまった。

***

とうぜん僕もi-Phoneを勧められたのは言うまでもない。
現在そのキャンペーン中でキャッシュバックが更に増額されるのだという。”使えないから”と正直に断ればいいものを、ついつい恰好をつけて遠回しな言い方をしたので、だったらスマホはどうかと言われる。機能や利便性を熱心に説明する彼に悪いので数分は付き合ったが、間合いを見計らってやはりこれと同じ二つ折りの・・・・・とようやく切り出した。
彼が案内してくれたのはおそらく3~40種類はあろうかと思うスマホの一番奥、たった3種類だけのおまけに色もそれぞれ3種類といった電話機達。ボタンフィーリングの一番気に入ったものは、さすがにピンクという訳にもいかず。さりとてせっかくのボタンが見ずらいブラックは嫌で、結局は白しか選択余地はなかった。かくして白の電話機は繊細ではない男が人前でダイヤルするには、少しばかり気恥ずかしいのも事実だ。

***

僕は何が嫌だっていっても、ケイタイでメールを打つことは今でも最大のストレスだ。
アドレス帳への登録すら嫌で、いつも二男任せになっている。直接つなげて、クルクルと丸めてるとポッケに入る。そんなキーボードが開発されれば、そんな憂鬱は吹っ飛んでしまうのだけど。僕のケイタイの使い方は通常の電話機能と、Webのメールでは間に合わない速達メールの受信専用の二つ以外には、年に1~2度使う程度のカメラくらいなものだろう。
アカウント名はケイタイもWebと統一してあるから、その頭に急ぎという ”exp-” をくっつけて、ドメイン名を電話会社にするだけで、ちゃんとケイタイに速達が届くようになっている。もちろん返信は電話かWebメールからというのは仕方がない。
 

今回ドメイン名が変わったので、連休明けにでもアドレス帳からの通知を次男にでも頼もうかと思っていたところ、新しいアドレスを知りえない2人の知人からメールが届いた。不思議だったので電話して尋ねてみると、昔D社で言っていたショートメールというものが、現在は電話会社の垣根がなく使えるのだと教えられた。それは面倒なsubjectもないし、何となく聞きずらいアドレスを介さない、番号だけでやり取りできるメールだと聞いて僕は感嘆した。いまさら僕が言うのもヘンだけど、それはせっかく感触のいいボタンフィーリングの電話機だから、少し練習してみようという気にさせる会話だった。

本来の電話だと相手が何をしている時間かと気を遣う事もあったが、別にアドレスを知らなくても短いトークンで要件を伝えられて、後で電話で詳細を伝えれば良いことなのだ。この番号メール(正確な名称は知らない)とWebメールをうまく使い分ければ、これからもこの二つ折りのケイタイと基本料月額980円の最低プランで十分に生活できそうだ。

***

***

***

***

***

|

2013年5月13日 (月)

桜の頃 (3/3)

13050200
今年の”桜の頃”は3年ぶりの立夏の早朝に再会が叶った、この純真無垢な深山桜の絵で閉じたい。
”さくら色”という色表現。桃色よりも薄くて、ピンクよりもさらにうすく、やはりさくら色としか表現できないこの微妙な色彩。これは日本人にとって昔から、春特有の特別な色域に分類されているのは間違いない。冬というモノクロームの厳しい季節が通り過ぎ、地面に咲く草花とは違い立体感と遠近感を持った木々が、その色に染まるさまはそれこそ、日本人の機微に触れる光景なのだろう。それを遠目に眺めても、樹の下に立って見上げても、その色彩に触れると人(僕)はいつも何かを想い、そして感じる。 


  
──────────────────────────────────────────

   
子供の頃からそうだった。
休日の朝は、いつもよりずっと早く目が覚めるという、おかしな習慣でそれから随分と時間を経た今でも細々と続いている。ましてや天気が良ければなおさらのこと、小学校の遠足の朝のようなワクワク感で起きる時に似ているのかも知れない。

休日であり、しかも早朝のR-113は殺風景なほどに動くものも少ない。
たまにすれ違うのはたぶん帰郷の土産品などを運ぶ長距離便が殆どだろう。ひた走る早馬の鞍に身を委ねて、普段よりずっと早い速度で流れる景色の中でボンヤリと思い出していたのは、そこを初めて訪れた日の事だった。

鉄の馬を操るお墨付きをもらってから、ずっと通り慣れていた日本海へと続くこの国道。
確かある春の日のこと。いつも通り過ぎているだけのキツイ交差点を、初めて曲がったのには訳があった。それは”夏の海”しか見えていなかった若き青年が、初めて”山”というものに目を向けた年のことだった。
そして道の奥にあったのは、初めて間近でみる飯豊連峰という万年雪のある荒々しい山容。それに季節の流れ方が普段住んでる盆地とは全く違う、深山という厳しくも美しい環境だった。

   
  

もうだいぶ昔に観た宮崎アニメ
ゲルトナー・ライアの音色を初めて知ったのも
この曲だったし・・・
それまで大好きだった無垢の青空の悲しさを知ったのも
この曲だった・・・
 
  
  

いつも何度でも
  木村 弓
 
──────────────────────────────────────────

 
13050210

 
Appendix:桜の頃 (3/3)

  

例年より残雪の量が実に3尺程も少なかったこと

代わりに初めて靄(もや)のかかる美しい表情を見せてくれたこと

近くの湧き水でいれてみたお茶が沸点が低いにもかかわらず
思いのほか美味しかったこと


さくら色の透過光に会えたこと

そして教えられたこと・・・

   
   

  

   

   

  

|

2013年5月 6日 (月)

桜の頃 (2/3)

13050101
免許証の更新講習があったつい先日、それは予報とはうらはらのぬけるような青空の朝だった。
この日のついでにと残しておいた用足しもあったので、小回りの利くバイク(自転車)で出かけるつもりでいた。けれども出がけに西風に乗って来た雨の匂いを感じて、結局は足を変えて正解だった。いつも途中で大きく事情が変わる最近の予報は、珍しくこの日に限っては正確だったから。

午后の仕事の都合もあったので少し早めの昼飯。
その店で帰り際に偶然目にしたのが、雨雫の付いた窓ガラスだった。それを見つけた時ふと心の奥に、何かひっかかるような感覚を感じていた。同じ雨という外の光景でも、水滴の付いたガラス越しの方が、ふと子供のころ外で遊べなかった沈んだ記憶も浮かんできたりと、より情感が深い。店から持ち帰った水滴のイメージは、まるであてのない週末の楽しみのように、それが何なのかという確信さを欠きながら、しばらくのあいだ心の中に存在し続けていた。
  

──────────────────────────────────────────   
 

何が引っかかっていたのかと、煩悶としていた時に普段の飲み物のおかげかもしれないけれど、ようやくその二つが繋がる時がやってきた。
それは現像もすることなく放置された一枚の桜の絵の事だった。いまごろになって整理整頓の重要性に気づいてもすでに遅く、探すのにはけっこう気骨が折れる作業だったけれど、なんとか未現像の”素のデータ”に再会することができた。その絵はまぎれもなく雨粒のガラス越しに切り取った、たった1枚の雨に濡れたカノジョのポートレートだった。

人とは実にげんきんなもので、晴れた日は美しいと桜を眺めるが、雨降りともなると足元の方が気になるのか花を見上げる人はごく少ない。
きっと僕自身もそうだったに違いない、カノジョと会うまでは。隣町に出かけた時に、降るはずのない雨に会い、偶然近くまで来ていた従兄の経営するオフィスに転がり込んだ。温かい珈琲をご馳走になりながら、窓のすぐ傍で何か動いた気配に目を向けると、それは春の雨でしっとりと濡れた桜だった。その時はただ美しいとは思ったけれど、現像される事もなくその絵は倉庫の中で、白雪姫のように眠りつづけていた事になる。
 

──────────────────────────────────────────   

 
雨に濡れたからこそ見つけたその美しさ。
それを損なわないように慎重に、記憶を辿りながら現像作業を進める。それは僕にとってまるで王子にでもなったような気分の作業だった。けれどカノジョの持っている素顔の艶色を、見た時の美しいままここに表現できているかは、すこしだけ自信がない。

 
 

この曲の原タイトルは"Just The Way You Are" というのだけど
やはり日本語に訳されていた昔のアルバムを見慣れているからか
この和訳ほうがシックリとくる世代だ。

当時のアルバムには
彼の若くはつらつとした歌声が収録されているけれど
人生という時間を積んでより円熟した
今のビリーの歌声の方が僕には心地よい。



素顔のままで   ビリージョエル

────────────────────────────────────────── 

13050102

  
  
  Appendix:桜の頃 (2/3)

  
  
今年の花咲く頃はずいぶんと冷え込んだ日が続いたこと

お蔭で春祭りに昨年同様満開が重なってちょうど良かったこと


ようやく昨日辺りから気温も上がりお気に入りのアイラを片手に

ひとりのんびりと公園で読書と洒落こめたのは
桜吹雪が舞うもう5月5日の事だったこと。

 

  

  

   
  
  
 

 

|

« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »