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2013年4月15日 (月)

休日ノ過ゴシカタ Vol.2 (この男・・・そば好きである)

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ここの器はそば猪口をはじめとし、地元の成島焼で統一されて、いかにも米澤・・・という風情を感じさせてくれる店だ。
主の話では地元産の実を粗めに挽いてもらっていて、一番・二番粉だけの完全なる更科ではなく、『星』と呼ばれる黒い斑点を出すために三番粉も少しだけ混ぜているという、手打ち機械切りの二八そばとの事だ。ここのを食べてからもう4年程になるけれど、豪快に音を立てて手繰った時に感じる、鼻に抜ける香りとのど越しは相変わらずバツグンだ。

とかく人には何事にも好みという垣根が存在するけれど、それが顕著に表れるのは同じものでも選択肢(店)が数多ある、そばやラーメンにうどんといった麺類のジャンルだろう。
周囲の蕎麦通のご諸兄方は一様に口をそろえる。  ”なんと言ってもそばは、たれとのバランスだろう” と・・・。
最初はあまりピンとは来なかったけれど、たれひとつにしてもそうだった。個人的には鰹くさいたれはどうも苦手なのだけれど、全粉を使ったいわゆる田舎そばは、繊細な昆布の出汁のたれだけではどうにも頼りない。やはりあの鰹出汁のパンチ力が加わり、初めて完成する事を知ったのは、そんなに昔の事ではなかった。

そばというものにはたれとのバランスの他に、日本酒とのバランスを愉しむ空間が存在するのも事実だと思う。日本酒との相性はたぶん僕ら
日本人にしかわからないかもしれないけれど、先人の知恵と云うか発見というか実に素晴らしい組み合わせだ。
以前は呑んでから手繰るか・・・、手繰ってから呑むか・・・、まるでハムレットのような選択を楽しんだものだ。けれども近年は何かにこだわる
頑固オヤジのように、自分なりのスタイルが決まってきていた。

僕自身、もり又はざるは時間をかけて手繰るものではないと思っている。
ごく短い時間で、のど越しも含めた香りすらも玩味しなければならない、ある意味難しい食べ物だとすら感じている。例えばおひとり様はなく、会話を楽しみながらというならば、それはゆっくりと蕎麦湯を飲む時という事になるだろう。主が絶妙なタイミングで盛りつけたそばは、やはり洗いたての鮮度が重要で、モタモタしているとぬるくはなるし、そば自身の吸水と乾燥とで、折角の喉越しと風味が失われてしまう。だから僕にとって時間が経ってしまったそばは、冷めたピザやパスタとの線引きが難しい。
年に3~4回の天候に恵まれたオフの日。それも遅い午後の楽しみは、何か少しあてを出してもらってゆっくりと冷酒を堪能し、残りが少なくなってきた頃合いを見計らってさっと手繰る。残り少ない酒と新鮮なそばがリンクする、この短い時間がいい。

***

それからひどく癖のある食べ物には注意が必要な事が多い。
最初は”うぇ~っ!”と構えてしまうが、在庫があるので仕方なく(もったいないから)何度か口にしていると、味覚野への新しい回路が出来てしまうのか、その味が習慣の一部と化してしまう事がある。そしてその在庫が切れた時の淋しさといったら、好みの飲み物が入荷未定の品切れになったようなものだ。それが僕の場合は叔父さんが送ってくれたくさやだった。

-P.S- 実はこの男・・・・・ うまい酒にも目がない。

  
  
  
  

    
  

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