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2013年4月 1日 (月)

青春通りの店のこと

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4月という月は昔から好きだ。
自分が生まれたという理由の他にも、永かった冬が桜という日本人の機微に触れる特別な色彩を経て、初夏の少し手前である新緑まで劇的に遷り変るひと月だから。まちがいなくめぐる季節と、植物のパワフルさは凄いもだといつも思う月なのだ。
それに一日には世界的な年中行事もあるのだけど、ここ久しく(たぶん20年程)この日に罪のない嘘をついた記憶がない。もうそんな齢ではないと言えばそれまでなのだが、嘘が下手というか、とかくこの日に普段と違う事を言えば最後まで語ることなく、オチがばれていたものだ。
それで話の途中で誰からも横口をはさまれる事のないこのログに、二年ほどとんでもない法螺話を書いていた。それは昨年と言えばタイムマシンに乗った話だったし、一昨年はペアのコーヒーカップが会話を始めるという、罪のない嘘とは少しニュアンスが違いそれはもう、寓話としか言いようがない話ばかりだった。

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ちょうど一昨年の今頃こと、偶然に僕は南の街にあるこの通りに迷い込んでいた。
その時からこの店の存在は気にはなっていたのだけど、その年には扉を開く事はなかった。理由を手短に言えば、前身は銀行というタイル張りの瀟洒な建物に、メニューの内容からして”男がお一人様でというのもなぁ~”という気恥ずかしい気持ちがあった。
ここ最近の陽気は、いつも気候や時節とリンクしている僕の記憶の扉を、少しだけ開けたようで妙にノスタルジックな気分にさせる。
つい先週のこと、僕はある事を確かめたくてこの通りを歩いていた。今回あれが7月のエイプリルフールだったと、笑い飛ばせる記事が書けるかもしれない事を少しだけ期待して・・・

僕の大好きなこの通りは、坂の途中のフラワーショップも、バスカフェも、ソースかつ丼の蕎麦屋も、そしてアンティークなCaféも変わっていないけれど、やはりただひとつだけ違っていた。それは去年お茶を飲んだその店が、やはりなくなっていたこと。
それは昨年の7月、確か3度目に訪ねた時の事だった。レジで店の人から今月でここを閉店することを聞かされた。びっくりしてその理由を尋ねると、なんでもこの建物のオーナーと地縁のある人物が、ここでレストランを開くのだということをその時に聞いた。

初めてこの店の扉を開けたのは、ちょうど去年の一日遅れの日の事だ。
入口すぐの右手には最近はあまり見かけなくなった二階の席があった。そこで心にポッカリと浮かんできたのは、ずっと心の奥深くに懐抱していた止まったままの、とある光景の記憶だった。そしてその続編を一つだけ手に入れるように背中を押してくれたこの店(二階の席)は、僕にとってずっと忘れられない存在だ。

  

   

  

  

  

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