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2013年4月 8日 (月)

boys be ambitious

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ずっと昔、”歳をとると言う事は夢を一つずつ失くして行く事”だという、随想みたいなものを読んだ事がある。
いったい誰が書いたのすらも覚えてない程に過去の事だけど、以来その文章がずっと心の奥にあって、何なしらの折に心に浮かんできていた。40年という時間を遡ると僕の夢は、天文学者に花火師、それからレーシングドライバー。また定番とも言える社長という職業にも憧れたのだけど、いずれも(まだ・・)実現していない。

暇があれば図書室で、天文学の本を読み漁っていたのは小学校の頃だった。
コピー機など便利なものがない時代のことだったから、内容をノートの書き写していたものだ。夜はよるで星空(あの頃はきれいだった)を眺めてながら、地表から大気圏そしてその先の宇宙という真空の空間へと思いを馳せていた。中学校になって小遣いやお年玉なんかを貯めて、ようやく屈折式の望遠鏡を手に入れた時は本当にうれしくて、夜になるのを待ちかねては肉眼では到底見る事の叶わない、遙か何万光年という星々の世界に入り浸っていた。

花火師への夢は毎年目の前の河川敷で開かれる、自宅で間近に見ていた花火大会が始まりだった。
従兄弟から火花になぜいろいろな色が作れるのかを教わったのが、そもそものきっかけだった気がする。もともと化学や物理大好き人間の僕は、その原理を知った途端、妄想の世界で自分の作った花火を打ち上げていた。
なぜ花火が好きかと言えば、自分の手を離れてしまえば(打ち上げてしまえば)全て自動的に実行される”automatic”なプロセスだからだ。想いを込めたストーリーを詰め込まれた玉の運命は、極々客観的い言ってしまえば点火と同時に遙か上空まで運ばれて、そこで何の感情も持たない割薬が事務的に星を辺りの空間にまき散らすだけの事だ。そして観客はその星の発色具合や広がり方を見て、歓喜するか落胆するかのどちらかだろう。それはすべてに対して言い訳の利かない評価の瞬間だ。
花火師にとっての打ち上げの瞬間。それはドミノ倒しの最初の一つを倒す時の気持ちに似ているのかもしれない。何故ならば自らの手を離れた瞬間から成功も失敗も含め、それを作った自分すら介入できない、結果しか持たない世界(story)が動きだすのだから。
おそらく現在世界一のレベルであろう日本の花火師たち。その精緻な技と芸を競う大曲の花火大会、きっと来年には見ておかなければならないのだろう。

それからだいぶ後になってから、レーシングドライバーを夢見たきっかけは、なんと昔のスポーツタイプの自転車だった。
昨今ではハンドルに変速装置がついているのが当たり前だけど、僕が初めて乗ったころのはサドルからハンドルまでまっすぐなフレームがあって、その真ん中あたりに変速レバーがついているタイプが主流だった。当時は物の軽量化などと言う事はお構いなしに、それこそ仮面ライダーのサイクロン号のような、加飾あふれたコンビネーションランプとウインカーまでついていた。前後のブレーキを使い分けて自転車の挙動をコントロールしながら、シフトを変える。そんな乗り方をしていた昔の記憶。それが初めてサーキットのコースを非日常的なスピードで駆け抜けた時のドーパミンの根源だったのは間違いない。
   

***

昨年の連休明けの頃、高校のPTAから一本の電話があった。
三学年の男子生徒に4か月後に迫った進路の選択について、何か参考になるような話を喋ってくれないかという事だった。当時、なぜ僕のようなアウトローにこんな依頼を・・・と思いながら、予定が取れたので取りあえずは引き受けてはみたものの、少し気落ちしたのはその前夜はずっと楽しみにしていた、知人達との飲み会の予定があった事だ。
それに聴衆の中には当然長男もいる訳で、普段から言っている事とはだいぶかけ離れた評論家みたいな理想論もなかなか言えない・・・。
そんな足枷にずっと悩みつつも、ただただ日にちだけが過ぎて行った。案の定、当日は軽い二日酔いの中何を話すか、ほとんど思いつかないままに、口から出たのは・・・
今は学業、それがいずれ生業(なりわい)へ変わる二つの決定的な違い。
将来、働いてお金を得るという事はどういう事なのか。これから先経験するであろう事柄で、自分にとって無駄な事は何一つないという事。そして社長という、究極の職業も常に肌身離さず意識の中に持っていること。この4つはだけはコアとして話した記憶がある。
本当はもっと実務的な話をしたかったのだけど、入口付近でメモをとっていた学年主任の先生の視線が気になってそこまで言及できなかった。
いろいろ脱線話もあったけれど、生徒達も笑ったり頷いたりして聞いてくれたし、なによりも僕自身もなぜだか楽しめた貴重な20分間だった。
  

僕も経験してしまっているからもちろん分かるのだけど、若さというものは実にいいものだ。
金もなかったけれど、俗世の変なプライドなどもなくて、目の前にはただ洋々とした時間の海だけが広がっていた。
それにまだ仕事で気をもむ時代ではなかったけれど、なにかと別の事でいろいろと気をもんでいた楽しい時期の記憶だ。
   



青春時代 森田公一とトップギャラン

  
  
  
  
  
  
  

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