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2013年3月18日 (月)

電話と 時計と 電話帳

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電話機という便利なものが発明されて、いったいどれぐらいの時間が経つのだろうか。
百年・・・いやそれ以上かもしれないけれど、それが一人一台(一回線)レベルの携帯電話機までの普及を果たすということは、発明者自身もきっと予想だにしていなかったことだろう。

先々月の睦月の事。その日は午後三時からという、実に中途半端な時間から始まる会合&宴席に、出席しなければならない日だった。最初はタクシーで向かうつもりだったのだけど、午前中のラヂオが言っていた”日ごろの運動不足”というトークンがずっと頭の片すみに残っていて、結局ギリギリになって40分程の久しぶりの雪道散歩を楽しむ時間、という使い方を選択した。
10分ほど歩いたところでペース確認のためにポッケをまさぐり、初めてケイタイを仕事場に置き忘れた事に気がついた。
いつもこんな徒歩移動の時は、途中で時間を見ながら歩くペースを調整するのだけど、肝心の規矩準縄となるその時間がさっぱりわからない。出がけには手袋とのかくれんぼを楽しんだりしてから、仕事場を後にしたのでハッキリとしたその時間の記憶もない。運が悪い時は重なるもので、久しぶりだし近道なのでと歩いていたのはコンビニどころか、商店すらもない大通りから2ブロック程入った住宅街の通りだった。
時間に遅れるのは最悪だけど雪道で走る訳にもいかず、僕は半分競歩のような歩き方になってしまった。それで結果的に予定よりも結構早く到着できたのだけど、そのあとの乾杯。それはもう・・・体に沁みわたる至福の一杯だったことは、ご諸兄方にとっても想像に難くないことだと思う。

でも次に抱えている僕の問題は夕方仕事を終えた友人が、僕に電話をしてくる事になっていたことだ。
彼の話では呑んだ僕を拾って(ピックアップして)、たしか先々週に届いたとメールをしておいた”南蛮渡来の抜荷の品”をその日に受け取りたいとの事だった。
そんな事情もあってさて、どうしようかと困っていた時に入口にポツンと置かれてあった久しぶり見かける、緑色の公衆電話を見つけた時は嬉しかった。けれども僕にしてみればあの呪文のような番号などは、記憶のハードディスクに入っている訳もなく、ケイタイの電話帳がなければ電話を目の前にしても、かける事も叶わない事実を突き付けられただけだった。隣に貼ってあるタクシーと代行社の番号のリストを恨めしそうに眺めながら、あの四角に並んだ3列×4列プッシュボタンをみていたらケイタイなどなかった時代の記憶なのだろう。むかし何百回とかけた彼の自宅の電話番号が、僕が白プレーヤーになった時のオセロゲームの盤面のように浮かんできたのは、自分でもビックリしたのだけど・・・そんな話を車中でしたら、ウチの番号は三角形に並んで覚えやすいからなぁ~、と一笑に附されてしまった。

***

僕のケイタイ音痴は周囲の人たちが周知の事で、そのアドレスと言えばPCアドレスに特急のサインである”exp_”を付けた、緊急の受信用専用だし、通話とメール以外は何も機能がついていない。 写メにしてもそうだ。年に1~2度使うかどうかで、方法も良く覚えていない。そういえば一昨年に地元の名峰 ” 兜山 ” に登ったときに、その山頂からの光景を知人に写メで送ったら、いま機上の人ですか?と返信が来た。アングルはそこそこ普通だったので、何らかの設定がマズかったのに違いなかった。
確か一昨年の事だった。
自分のケイタイ番号も満足に言えなかった僕をよほど気の毒に思ったのか、表示方法を教えてくれた人がいて、いまでは訊かれてもちゃんと答えられるようになった。これはある意味自分でも凄いと思っている進化であり、現段階ではその可能性は皆無に等しいのだけれど、きっと来年あたりはスマホでこのログを更新しているのかもしれない・・・。

   

< Winelight  Grover Washington Jr >




この曲との出会いはもう30年も前の事になる
  
これを聴きながら皆でのんで騒いだものだ
そのころは若気の至りという言葉を隠れ蓑に
実に血気盛んな青春時代だった
  
  
もちろん
その中に彼がいたのは言うまでもないし
この曲を仲間内に持ち込んだのも
やはり彼だった
   

   
    
  

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