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2013年1月の記事

2013年1月27日 (日)

最後の節気と大人の寓話

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最後の節気・・・これは言わずもがな大寒のことで、冬も終盤戦となりこれから半月ほどは、一年中でもっとも冷え込む時期を迎える。
昨年・一昨年と二年連続で大雪に見まわれた雪国なのだけど、いまの道路事情を見ても平年並み以上の積雪量が、もう既に積もっているような気がしてならない。今が2月末という話ならば、春に向けての楽勝ムードかもれないけれど、まだそれはひと月も先の話だった。

深い雪に覆われる地方では、風雪≠吹雪 という認識が一般的だと思う。
どの程度の視界が取れるかによって、風雪<吹雪<猛吹雪 とランクがあがってゆく。それは平坦面にしんしんと降り積もるというよりも、風で舞い飛ぶ雪が垂直面である窓や壁にも積もるのだ。僕の地方で窓雪と呼ぶ光景で、昔の人は窓にまで雪が付くほどの吹雪は、三日間は続くと言って”窓雪 三日”と言っていた。最近の温暖化といわれる影響だろうか、窓に雪が付くほどの吹雪もそんなに吹かなくなったし、3日間も吹き荒れる事はなくなってきた。
この窓雪の外にいったいどんな光景が広がっているかは、雪国のご諸兄方とって想像に難くないことだろう。

昨年の晩秋から初冬にかけてクライアントとの話題は、もっぱらこの冬の積雪量の事だった。蟷螂のたまごの高さとか、カメムシの多さとかいわゆる庶民的な感覚(経験的)での話が多かった。けれどもそんな話を聞きながら、僕が一番気になっていたのは・・・

『 昨年10月(神無月)に出雲大社で開催された、全国八百万の神々が集うサミットでの決議事項の事だった。
今までの経験から言えば、大雪というものはだいたい4~5年に一度程度の割合だったのだけど。
主宰神(議長兼)である天照大神のもと、来年の議事が粛々と決議されるなか、いよいよ降雪の議決項目だ。担当の罔象女神が登壇し、”関係各方面の調整がつかず二年続いてしまったので、この冬は予定通り平年並みで・・・”、という説明をした。にも関わらず2世あたりの若い神様が、”せっかく2年続いたのだから、何事三度で今年もやってみるのも面白いかも知れない・・・”、という気まぐれな提案をしたとしよう。
それを諌める長老達をしり目に、彼を揶揄する若年寄衆が寄ってたかって、多数決可決という事態に至っていたとすれば、僕ら雪国に住む人間にとっては、たまったものではないのだけど 』

あとほぼひと月、今年の雪はどうなることやら、やはりそれは昔から神のみぞ知ることのようだ。
   

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降雪の候、やにわに雪が連れてきてくれる、『静寂』と『明るさ』が好きだ。
街の喧騒が消えて耳鳴りにも似た、しんとした静寂が訪れる。
ずっと昔に聞いた、ストーブのやかんのお湯が沸騰する音だけが強調された
静かな夜の記憶が甦ったりもする。
雪あかりがほのかに、ブラインドの隙間からもれてくるのもいいものだ。
秋の夜長からその隙間は漆黒の闇のテリトリーだったが、いまは雪あかりの世界だ。
それが再び漆黒の闇に入れ替わってくれば、待ち望んでいた春の訪れなのだった。

  
  
  
  
 
  
  

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2013年1月20日 (日)

そらへの想ひ (2/2)

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(1/2)から少しだけ季節がすすんだそら。
日本海側では一年中でもっとも空気清澄度の高い季節の真っただ中。このぬけるような blue_sky が好きだ。これは僕の大好きな景色の一つで、春と秋の2回は天気が良ければ何かの帰りに託けて、いつの間にか鉄の馬の手綱が向く場所だ。この二つのそらを眺めるといつも心に浮かぶ一言があった。
それは周囲の人たちから、ポジティブな性格だと言われる事が少なくない事だった。それはあくまでもその人から見た主観的な表面づらの事であって、根はきっとすごくネガティブな人間なんだろうなぁ~、と僕自身では思っている。なぜならば会社員時代の経験からだけどネガティブな感情を押さえ込むと、ポジティブな感情も沈みこんでゆくという思いも何度かしているし、ポジティブな感情を必要とするときは、必ず直前には己がふかい深い、ネガティブな淵の底に横たわっていた時だったから。たぶん世の中には根っからの、天然ポジティブ人間などはきっと存在しないと思う。なぜならば、あらゆることが(不幸も含めて)素晴らしいだとか、何があっても笑っていられる事自体、おかしなこと(人)だと僕は思っているからかも知れない。
こんな事を書いていると若い頃飲みながら議論した、焼き鳥屋のオヤジの話を思い出す。
彼は”ポジティブ=カラ元気”と言っていたというより、断言に近かった。当時若気の至りで僕はそんなことは絶対にあり得ないと反論したが、僕が当時の彼の年代に近づいた時、それも強ち間違いではない”case”だという事が解ってきたものだ。

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一昨年の秋ごろからだろうか・・・・・大好きな青ぞらの好みが変わってきていた。
その理由は自分でもまだはっきりとは判らない。以前は雲ひとつない無垢の青空がたまらなく好きだったけれど、いつからかそんな青空を眺めていると、掴みどころのない一種の淋しさみたいな感覚を覚えるようになっていた。いつか記した、”魚の目に水見えず 人の目に空見えず” という言葉が沁み込んできたのは、確かその頃だったような記憶がある。
快晴のそらはただただ蒼く清々しいだけで、それがとてつもなく遠いのか、それとも意外と近いのか、そこまでの距離感が全く掴めないことに、気がついたからかも知れない。それからの僕が一番知りたかったのは、きっとそらに対する”距離感”なのかも知れないと思っている。いまでは青空の中に適度に雲が浮かんでいた方が、今の僕にとってはちょうど良いのだ。
この湖岸にある”凪のそら”と”さざめく空”を仕切る砂の山は、いつも場所や形が変わっている。それは湖面を吹き抜ける風のココロなのだろうし、ある時にはその砂山自体がなくなってしまっている時もあった。それこそ気持ち中のポジティブと、ネガティブの境界線のような気がしてならない。

あと100回程も夢を見ると、またこの景色に逢いたくてたまらなくなる季節がやってくる。
この冬の厳しい北西からの季節風は、今年どんな砂山を見せてくれるのだろうか・・・・・

  

< 風のくちづけ 陳敏 >

  
  
  
  
  
  

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2013年1月13日 (日)

もうひとつの 正月

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平成19年に施行された改正祝日法によって、長年馴染んできた成人の日が1月の第2月曜日となった。
長い間ずっと・・・1月15日=成人式=小正月(こしょうがつ)・・・、という概念で過ごしてきた僕も含めた旧い人達にとっては、最初の2年ぐらいは何となくしっくりこなかった、というのも事実だろう。新顔の海の日やあまり天気とは関係ない敬老の日はいいとして、晴れの特異日と言われていた本来10月10日の体育の日も、毎年カレンダーの上を彷徨うこととなってしまった。
けれど考えてみればその祝日法の改正によって、僕にとって月曜日の美術館という愉しみが叶うようになったのだけど。

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元日から始まる正月というのは、その年の歳神を迎えるものだと思うけれど、小正月の事を”こもちの年とり”と言い、僕の住む地方では年頭のそれとは少し事情が違う。斯くもこっちの方がずっと庶民的であり、さまざまなしきたりや食べるものに縛られる正月三が日とは違っていて、一言で言えば参加型の気楽な正月とでも表現すれば分かりやすいと思う。

中でも小正月の大きなイベントと言えば、”だんごの木飾り”と”さいと焼き”だ。
昔はどこの家でもこれを茶の間の中柱に飾ったものだし、様々なめでたい飾りをつりさげる事も、子供心に実に楽しかったものだ。けれども今は生活自体が変わってしまって、まるでクリスマスツリー(規模や飾るか否かの判断)のような感覚になってしまった。

さいと焼きは場所の問題もあり、近年まち中ではかなり少なくなってきたようだけど、町内の育成部などでは現在も開催するところがあり、小正月の伝統行事として子供たちの記憶に留めてくれている。
これは当日みなで雪を踏み固めて、燃やす場所つくりから始まる共同作業だ。藁などと共に正月の門松やしめかざりをもらい集めて、積み上げるのだけどまだ火が点いていなくても打ち上げ前の花火を見つめるように、なんだかとてもワクワクする作業だった。
暗くなるのを待ちかねたように火が点けられると、皆で”ヤハハエロ”と大声でさけんで長い棒の先に付けた餅を焼いて食べるだけだけど、家で食べる餅よりも何倍もおいしかったことしか記憶に残らなかった。僕がその行事についての古人が込めた意味合いを知る事になるのは、それから20年近くの年月を要したのちの事だった。

やはり僕にとって長年親しんできた(1月15日=小正月)というのはたぶんずっと変わらなような気がする。
たとえその日が平日であり何曜日であったとしても、アイラで祝杯を挙げるのはこの日だ。
日本全国には伝統的な小正月の行事が各地でいろいろたくさんあることだろう。
それに触れた記憶が後になって、何かのきっかけでフト浮かんでくるのはいいものだ。
    

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あと七日程で冬も終盤に近づき、底冷えの時期を迎える。
そしてそれから半月も経てば季節のわかれ目である節分が訪れる。

大  寒 

冷ゆる事の至りて
甚だしき時
なれば也
季 節 便 覧 よ り

  
  

  
  

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2013年1月 4日 (金)

心の禊 ということ

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初詣に出かけるなんてほんとうに何年ぶりだろうか。
この時期にしてみれば穏やかな気温に誘われて、それは正月気分の真っただ中の二日にフラっと立ち寄った神社だった。参道の途中にある手水舎で何気なく柄杓を手にとって迷ってしまった。確か口をすすぐのは一番最後の筈だけど、はたして右手が先か左手だったかなぁ~と。
やはりこんな最低限の作法でもあまりブランクが空くのは良くないようだ。

僕は神社仏閣を参拝(お参り)したときの願い事は、まずしたことがない。
日ごろから願い事がないわけではないのだけど、願ってしまえば長くなる(たくさんある)からだった。願い事は参拝の最後の一礼の時に手短にお願いしなければならないらしい。ではなぜ参拝するのかと聞かれれば、神仏の御前だという厳粛な雰囲気の中ほんの短い間だけど、日ごろの雑念に追われている僕自身の心の中を、完全に無に出来る感覚が好きなのだ。
   

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帰りに参道から手水舎を眺めて気がついた。
それは浄水を湛えた石臼に刻まれた”心洗”の文字と上に掲げてある”心浄”という文字だった。そういえば昔は禊や精進潔斎をして参拝したという話を聞いたことがある。現在ではなかなか難しい事なので、せめてここで”心の禊”をして参拝するという事なのだろう。
僕は人間観察も面白いかなと思って、しばらくここで手を洗う人を眺めていた。
それで思った事は、文字にしてみれば容易いのだけど、それがちゃんとできてるかは本人にしか分からないし、さっきの自分はどうだったのかと訊かれても、僕はまともに答えられない。けれど何人か眺めているうちになんとなく判るようになってきた。それは主に年配の人に多いのだけど、手水舎に向かう時と参道に戻ってくるときとでは、明らかに顔つきが違っている人達がいる事だった。

そんな光景を眺めているうちに僕は突然、神の滴礼(キリスト教的には)を受ける破目となった。気温が高いせいでベチャベチャのシャーベット状になった両手いっぱいの雪が、頭から首筋にかけて舞い降りてきた。瞬間を目撃した手水舎から出てくる若いカップルもびっくりしていたけれど現実、もう笑うしかなくて3人でのめでたい初笑いとなった。

頭と首筋の冷たさで顔つきが変わり、再び手水舎から出てきた僕。
今度は参拝最後の一礼の時にちゃんと神様へ、手短に願い事をしてきたのは言うまでもない。

  
  
  
  
  
  
  

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