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2012年12月 3日 (月)

初雪のあと

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今年の初雪はうっすらと白く染まっただけで、本格的な積雪とはならなかった。
初雪から30cmとか40cmとかの積雪となる年もあるのだけど、今年は恵まれていたようだ。その後は少しだけ天気が安定して、僕の住む地方でもたぶん降雪前に屋外で楽しめるであろう、最後の小春日和が訪れる。

ずいぶん久しぶりに感じる、暖かい日射しと抜けるようなそらを見ると、朝からまるで春休みの子供のように心がウキウキする。
それはきっとそれ以前の時雨た暗い空や、初雪を見ていたからなのだろうか。この日は普通の人よりも倍の時間がとれる恵まれた昼休みの日だった。オフィスのドアを開けて外にでると全然寒くなくて、気持ちの良い気温だった。その時僕の心にポッカリと浮かんだのは、なぜか誰もいない公園のベンチだった。そこでこの陽光を浴びながら弁当を食べてみたくなって、鉄の馬で5~6分のこの公園を訪れた。

こんな天気の穏やかな初冬の日に公園のベンチで一人、弁当を食べるなんて僕にしてみればきっと初めてのことなのかも知れないな・・・・・と。フトそんなことを想っていた。
確か夏の頃だったろうか僕の中のもう一人の自分、つまり”そいつ”について書いた事があった。そのときいろいろとご諸兄からご意見を賜り、それから”そいつ”を無視して少しずつ自分の素直な感覚に従うことが出来るようになってきたからだろうか。
どうも以前とは何かが違って来ている感覚を拭う事が出来ないでいた。食べ物の好みや行動全般に言えることなのだけど、以前はぜったいにやらなかったようなことをあっさりと(平然と)やってのける僕がいた。それが証拠に後日僕を良く知る人と飲んだ時、一人ぽっちの弁当使いの話をしたら、”なんでやぁ?”というコメントを添えて大笑いされてしまった。なぜだか春頃から”おひとりさま”というのを好むようになったのは、これも間違いない事実のようだ。

***

絵の奥にある藤棚のベンチに腰掛けて、いまどき珍しい甘めの卵焼きを口に入れると、ふと子供のころの記憶が蘇ってきた。
小学生だった頃、僕の地方では”弁当使い”といって寒い時期以外は、学校が休みの時などは友達同士とかで、昼に弁当を持ち寄ってよく戸外で食べたものだった。もちろん河原などに秘密基地を作った時は毎週だったけど。今日は弁当使いをしようと決まるのはほとんど昼直前だった。急いで家に戻って弁当を作ってもらうのだけど、なにせ急なオーダーなのでいいとこおばぁちゃんの甘い卵焼きと、筋子かたらこか梅干しかなんかを飯に張り付けた程度のものだったけど、とってもおいしかったのを覚えている。その当時でも鍵っ子という奴がいて、そんな話になるとそいつの分もだれかかれかが、必ず作ってもらってくる暗黙のルールが出来ていた。
もちろんその間彼が秘密基地の留守番役になるのも、当たり前のルールだった少年時代。

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後ろを振り返るとポプラの葉が見えない風(落ちるタイミングは神のみぞ知る)に舞っていた。
僕が子供の頃はポプラの木はそっちこっちにあったものだけど、最近ではめっきり見かけなくなっていたことに気がついた。    
上の絵はインディアンサマーの昼下がり、心地よい日だまりの中での眺め。
その昼休みはもうすぐ訪れる厳しい季節を前に、僕にとっても太陽の匂いと暖かさを記憶に留める、大切な時間だった。




  
  

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