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2012年12月の記事

2012年12月27日 (木)

師走の文章

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『  今年最後の happy Monday は朝限定の日差しが届く穏やかなスタートだった。振替休日で通勤車両の騒がしさもなく、それと積雪のせいだろうか、しんとした静かな白い朝の情景が広がる。子供の頃のようにこの光景にワクワクするわけではなく、もう若い頃のように気持ちが反射的に少しだけ沈んでしまうものでもない。いまはただ季節の移ろいを心に留め、冬という時分を愛しみながら光が毎日少しずつ運んでくる、春の日差しを待つ。そんな休日へと変わっていた。
残り数日となった2012という年。もう過去になってしまった事たちを思い出す時間が欲しくて、鉄の馬の手綱を握る。
まるで日々の流れ(記憶)を遡るように流れる、トンネルのナトリューム灯の中で、僕は今年起きたいろいろな事を思い出していた。
それはかならずしも”後悔”とか、”感傷”とかいうようなネガティブな感情ではない。クローゼットの中でいつも目につく古着のように気にはなっていても、ずっと触れる事のなかった、古いアルバムをようやく開くときのようなとても穏やかで静かな時間だった。  』
   

< Air on G String     Johann Sebastian Bach >

      
いつものように朝のルーチンワークをこなし、お茶を飲んでいるとフト心に浮かんだのは美術館だった。そういえば今年の happy Monday はほとんど美術館で過ごしていたのを思い出した。そしてこの日、管弦楽とコーラスとアカペラの、思いがけないプレゼントが待っていてくれた。

このG線上のアリアは僕の心だけではなく、演奏直後も大声で遊んでいた子供たちの心すらもロックしてしまったようだった。
急に静まりかえった美術館の今年最後の開館日となるイヴのエントランス・ホールには、ただ・ただ美しいバッハの旋律だけが流れていた。
これからを担う子供たちの琴線に触れる曲だった事を願いながら。
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2012年12月22日 (土)

そらへの想ひ (1/2)

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人はそらを見上げる時に、遠い誰かの事を想い浮かべる。
その遠さとは物理的な距離だったり、また心情的な距離であったりすることだろう。

だからこそ、そらを鏡に見立てて”このそらの下のどこかで・・・・”に始まる自身の心を表白できるのかも知れない。

語りかけ・・・その人にさち多かれとの願いを託し・・・
安否を気遣う気持ちを添えたならば、
見知らぬ燕が何も言わずにそっと、そらを介して速達で運んでいってくれる。


自らその言葉を運んでゆける、その遠からじ日のために。

  
 
 
< 燕になりたい 陳敏 >



***

  
街もそらも早々と暮色に染まった昨日を境に、ようやく光の春へと季節が流れる。

冬  至 
日南の限りを行きて
日の短きの至り
なれば也
季 節 便 覧 よ り

 
  
 
 
 
 
 
 
 

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2012年12月10日 (月)

男の顔について

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彼は付き合いが出来てまだ3、4年程しか経っていないけれど、大好きで尊敬する人物のひとりだ。
コミュニティセンターの館長を務める傍ら、僕と同じように好奇心旺盛というか、何事にも興味を持ち一生懸命取り組む人だ。年の功だからだと簡単に一言では言い切れない、滲み出てくるような深みを持ちしかも実に博学なのだ。こうして呑みながら僕の知らない世界の話を聞くのは、本当に興味深くて楽しい時間だ。8月に温泉につかりながら、昨年僕がプレゼントしたアーモンドの種子の発芽に失敗したという話を聞いた。4月に会った時にはなかなか芽が出ないと言っていたけれど、その理由もすでに彼なりに分析済みで、来年の春に再び挑戦することだろう。でもアーモンドの花の美しさを少しだけ大げさに言い過ぎたかな?という、罪悪感みたいなものもないわけではない。

***

もう1年近く前にお互い酔っぱらいながら、切り取った彼のポートレート。
僕自身こんな風に歳をとりたいなぁ、と眺めていて思い出した事がある。それは藤本儀一の著書”男の顔は領収書”というもので、読んだのは随分と昔(若い頃)の事だった。

普通”領収書”とは支払ったものに対する証、相手方の受け取り証明だけど。まだ若かった僕はおそらく著者の真意を理解してはいなかっただろう。その時頭に浮かんだのは、二十歳までのめりこんでいた麻雀の師匠の話で、強くなるためにはそれなりの授業料(負け)を払わなければならないのだと言っていた、そんな他愛もない事だけだった。
この歳になってみて領収書という意味を広義で考えると(ようやく考えられるようになった)、世間という場所で生きるてくるために、それなりに支払ってきた対価の証。良く言えば授業料というか失敗代はもちろんのこと、時価という値段しかない恥や外聞、また人の心を傷つけた治療費なども当然あることだろう。そんな諸々がすべて顔に出るという事だったのだと言うことに気がついた。
確か20代の頃、もう入手ソースは忘れてしまったけれど、船底に付くフジツボのように心にこびりついている言葉があった。
それは”男のツラ構え・・・仕事の自信”というもので、当時エンジニアだった僕はいつもそのことを考えて憧れていたのだけど、自分の顔の事など考える余裕もないままにいつの間にか歳をとっていた。

***

彼の顔つきをしばらく眺めて気が付いたこと。
それは少し距離を置いたこのポートレートが、まだまだ請求書以外なにものでもない事だ。


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< やぁ!  (20m先のポートレート)    sub title:  人ごみの中のに立つ男 >
宮城県仙台市(ペデストリアンデッキにて)

  photo by my eldest son:

ときどき鏡に映る自分の顔を見て”えっ!”と思うことがある。
それは何の疑いもなく自分の顔だと思っていたものと、幾許かの誤差が生じている時があることだ。顔立ちは変わらないけれど、顔つきはやはり変化してゆくというのは本当のようだ。
ちょうど1年半前に、とんでもない事が身に降りかかってきた時の記事 shadow warrior (影武者)  の絵とは明らかに僕の顔つきが変わっている。(髪の色は同じだけど)

今回の僕が写っている2枚の絵は、二人の息子達それぞれの手で撮影されたものだということを記しておかなければならないだろう。
  



  

  

  


  

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2012年12月 3日 (月)

初雪のあと

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今年の初雪はうっすらと白く染まっただけで、本格的な積雪とはならなかった。
初雪から30cmとか40cmとかの積雪となる年もあるのだけど、今年は恵まれていたようだ。その後は少しだけ天気が安定して、僕の住む地方でもたぶん降雪前に屋外で楽しめるであろう、最後の小春日和が訪れる。

ずいぶん久しぶりに感じる、暖かい日射しと抜けるようなそらを見ると、朝からまるで春休みの子供のように心がウキウキする。
それはきっとそれ以前の時雨た暗い空や、初雪を見ていたからなのだろうか。この日は普通の人よりも倍の時間がとれる恵まれた昼休みの日だった。オフィスのドアを開けて外にでると全然寒くなくて、気持ちの良い気温だった。その時僕の心にポッカリと浮かんだのは、なぜか誰もいない公園のベンチだった。そこでこの陽光を浴びながら弁当を食べてみたくなって、鉄の馬で5~6分のこの公園を訪れた。

こんな天気の穏やかな初冬の日に公園のベンチで一人、弁当を食べるなんて僕にしてみればきっと初めてのことなのかも知れないな・・・・・と。フトそんなことを想っていた。
確か夏の頃だったろうか僕の中のもう一人の自分、つまり”そいつ”について書いた事があった。そのときいろいろとご諸兄からご意見を賜り、それから”そいつ”を無視して少しずつ自分の素直な感覚に従うことが出来るようになってきたからだろうか。
どうも以前とは何かが違って来ている感覚を拭う事が出来ないでいた。食べ物の好みや行動全般に言えることなのだけど、以前はぜったいにやらなかったようなことをあっさりと(平然と)やってのける僕がいた。それが証拠に後日僕を良く知る人と飲んだ時、一人ぽっちの弁当使いの話をしたら、”なんでやぁ?”というコメントを添えて大笑いされてしまった。なぜだか春頃から”おひとりさま”というのを好むようになったのは、これも間違いない事実のようだ。

***

絵の奥にある藤棚のベンチに腰掛けて、いまどき珍しい甘めの卵焼きを口に入れると、ふと子供のころの記憶が蘇ってきた。
小学生だった頃、僕の地方では”弁当使い”といって寒い時期以外は、学校が休みの時などは友達同士とかで、昼に弁当を持ち寄ってよく戸外で食べたものだった。もちろん河原などに秘密基地を作った時は毎週だったけど。今日は弁当使いをしようと決まるのはほとんど昼直前だった。急いで家に戻って弁当を作ってもらうのだけど、なにせ急なオーダーなのでいいとこおばぁちゃんの甘い卵焼きと、筋子かたらこか梅干しかなんかを飯に張り付けた程度のものだったけど、とってもおいしかったのを覚えている。その当時でも鍵っ子という奴がいて、そんな話になるとそいつの分もだれかかれかが、必ず作ってもらってくる暗黙のルールが出来ていた。
もちろんその間彼が秘密基地の留守番役になるのも、当たり前のルールだった少年時代。

***

後ろを振り返るとポプラの葉が見えない風(落ちるタイミングは神のみぞ知る)に舞っていた。
僕が子供の頃はポプラの木はそっちこっちにあったものだけど、最近ではめっきり見かけなくなっていたことに気がついた。    
上の絵はインディアンサマーの昼下がり、心地よい日だまりの中での眺め。
その昼休みはもうすぐ訪れる厳しい季節を前に、僕にとっても太陽の匂いと暖かさを記憶に留める、大切な時間だった。




  
  

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