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2012年10月の記事

2012年10月28日 (日)

好奇心といふ行動

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この吊り橋に来たのはほんとうに偶然だと言っていい。
休日の好天に誘われて、もう随分と久しぶりとなってしまった風景に会うために鉄の馬を走らせていた時だった。もう少し先に行けばお気に入りの風景第一幕が始まると思っていた矢先。無情にも行き先の道路を封鎖していた看板に、”この先は工事中で通行止めだよ!”と告げられる。迂回路の看板を見るとそれは、僕がこの路を走るのに慣れすぎてしまって、その存在すら意識になかった川向の道路だったことに気がついた。
昔からそうだった・・・・・僕は一つの目的地に対しての往復路は、同じ路を通るのは好きではなかった。
地形や時間が許せば必ず違うルートを探す。それは自分がいままで見たこともないような風景や、光景に出合えるようなワクワク感がいつも根底にあるのかもしれない。
予期しない迂回路。 それは知らない路を通るのが大好きな僕にとって、好奇心のレーダー感度を最大に上げる楽しい時間の始まりだった。

人気のない平たんな林間の直線区間を迂回の時間を短縮すべく、鉄の馬にひたすらムチをくれていた時だった。
左側にポツンと立っていたのは、観光客につい見落とされる事を願っているような目立たないちっちゃな看板だった。昔(10年程前)サーキットを走っていた頃よりも、ずいぶんと動体視力が落ちてきた事を実感していた僕の目は、(新幹線でスルーする駅名が、今はなかなか読み取れない)最後の”吊り橋”という3文字だけを、なんとかかろうじて拾うことができた。
  

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僕のキライなもの3つは? と、人に訊かれると・・・
                     1:高い所 2:ヘビ 3:ゴシップ話 と迷わずに、若い頃からそうだったというコメントを添えて答えている。

これはそのつり橋で無意識に切り取った絵なのだけど、注意深く見れば1:の根拠がすぐにわかってしまう。

僕の左足は完全にグレーチング(網のような鉄板)の上にあるのだけど、右足の踵まではそれに預けることは絶対にない。別に設計者の強度計算を信頼していないのではないし、施工業者の手抜きをうたぐっているいる訳ではないのだけれど、きっと生理的に避けてしまうのだろう。

この橋を往復する間に歳も少し重ねたことだし、この苦手を少しだけ克服できるようになっているかも知れないと考えてみた。
そしておそるおそる真ん中のグレーチングの上を5歩ほど歩いてみたのだけど、その瞬間僕のお尻からまたぐらにかけて氷点下5度の冷風が吹き抜けていった。
やはり僕はきっとカナダのCNタワー展望台にある、グラスフロアに寝転べる人たちとは人種が違うらしい事を確信した。
  

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< 4本の放物線 >
宮城県七ヶ宿町

 
以前何度か記したのだけど、僕は以前建設関係のエンジニアだった。
そのなかでも、”橋”という構造物はその美しさから、なにかと好きなものだった。その目的はルート上の支障物  (例えば河だったり、道路だったり、   線路だったり) を跨いで二つの何かを繋ぐものなのだけど、支障物側から直角に眺めるとものすごくめだつ構造物だ。
一般的に単純なラーメン構造の鉄橋よりも、格段に計算が複雑で手間がかかるのだけど、ルート上にも美しい曲線を見せてくれるのが”吊り橋”という橋なのだった。
 

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< Will You Dance?     ジャニス・イアン >

  

  10月の終わりにこの曲を・・・
 

 
  
  
  
  
  

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2012年10月19日 (金)

ワインと 音楽と 似顔絵と

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今年6度目の Happy Monday 。今回は運よく、隣町のワイナリー秋の収穫祭とリンクした。
一昨年と昨年も土・日だけの開催だったので会場を訪れる事は叶わなかった。僕は特にワインが大好きだと言うものでもないし、昨今お流行りのヌーボーを予約したりすることもない。それでも何故に足が向いてしまうのかと言えば、それに合わせて開催される”スペシャル・ミュージックライブ”が目当てだった。当時は結構メジャーと言えたアーティスト(失礼!)のライブが日替わりで開催され、入場は無料でだれでも気軽に楽しむ事ができる。それにアルコールを大っぴらに飲みながら、屋外でのライブを楽しめる機会はそうはあるものではない。ちなみに前日と前々日は南佳孝とか庄野真代だった。だからやはり僕も含めてそれなりの年代の人々で賑わうのだろう。
3年ぶりの収穫祭、この日は小室等・ブレッド&バターにムッシュ・かまやつがやってくる。僕はあの曲を生で聞きたくて、3:30の開演まではだいぶ間がある十時の電車で、隣町へと向かった。

   
  
  
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< シャルドネ ・ ナイトハーベスト >
山形県高畠町

  

会場はまだお昼前というのに(僕の街から電車で10分)人・人・人でごった返していた。
いつも楽しみにしているグラスワインの販売所も、テントの中では収まりきれずに会場通路に蛇行して並んでいる。ここは、いつもそうなのだけどその年号の入ったグラスを、最初の一杯の時に200円上乗せで購入して、あとは”おかわり”として中身だけの価格で購入できるシステムだ。でもこのグラスけっこう人気で、毎年コレクションしている人もいると聞く。今年は葡萄の葉っぱで作ったギターのデザインだった。

グラス売りのワインはいつも10種類程のワインが並ぶ。
今年は少しディープに飲みたいと思い、とにかく全種類を制覇して一番気に入ったもの1つだけ、とことんのみ込もうと思っていた。周囲の状況から思うと、今日ほど一人で来たことが幸運だった日はなかった。なぜなら行列に並んでいるのは、空っぽのグラスを二つ~四つ持っている人か、まったく手ぶらの初購入の人達なのだった。そんな中で僕はワインを注いでもらうとそのまま最後尾に再び並ぶ。これをさっきから何度も繰り返していいるのだけど、見回してもテイスティング(飲みながら)をしながら並んでいるのはどうも僕だけのようなのだ。これも”酔っぱらってくると人目が気にならなくなる”と言う悪癖のなせる行動というか、良く言えば個性なのだと思えばあまり気に病まなくなる。

僕はワインの事はよく分からないのだけど、好みを言えと言われれば赤・フルボディー系が好きだ。なぜかと言えば料理の切り替えが(後味の切り替え)が僕にとって一番スムーズだと感じるからだ。でもこれは重厚な料理があっての話で、からくちでは少しばかり重すぎるのだけど。

途中から立食パーティーのように器用に左手乗っていたのは、さきほど比較的すいていた屋台で仕入れてきた塩麹漬の鶏肉ソテーだ。
その時のグラスの中身はまだ前半戦なのでとうぜん赤。それもFBに敵うはずもなく、行列を繰り返し白の列へとはいってゆく。僕は今まで白を飲む機会(シーン)はほとんどなかった。いくらワインとはいえ結構毒が回ってきていたのを感じていた僕は、味覚が比較的まともなうちにとわりと高額な外側からとスキャンしていっての2銘柄目だった。次に行列に並ぶ為に歩きだしながら一口含んで、あっ!と思わず後ろの銘柄版を振り返ってしまったのがこのワインだった。それは先ほど食べた鶏肉ソテーの後味を倍に増幅すると、鈴を鳴らすように喉の奥へと流れて行った。
同じものを買うために2回行列に並んだ。でも間もなくステージが始まるし、僕は何度も買いに行くのが面倒になって、ショップで良く冷えたこのナイトハーベストのレギュラーボトルと、さっきの塩麹鶏肉を手に入れた。
  

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この絵を見た僕を良く知るご諸兄は、きっと大笑いしたことだろう。
僕はあまりコメントできないのだけど、周囲の評価では特徴は良く掴んでいると言われた。
だからこのLogに時々目を通してくれている、僕のイメージ(アバター)を知らない全体の2/3のご諸兄方の為に載せる気になったのだけど、注意書きが必要なようだ。   ”似顔絵はあくまでも、イメージです”・・・・と。

会場には似顔絵を描く人が二人いて、一人は”普通にも描けますけど、マンガ風の方が得意です”と書いてあった。普通の似顔絵しかもっていなかった僕は、こっちに興味を魅かれた。デッサンの最中彼女はせっかく描いた僕の左手を全部消して、何かをつまむ指先をするようにと言われた。何をするのだろうと見ていた僕をしり目に、彼女はワイナリーのパンフレットをみながら本物のシャルドネを描いてくれた。
そうなのだ実際には僕の左手はシャルドネのボトルを鷲掴みにしていた。なるほど葡萄がボトルだったらまったくの、のん兵衛オヤジに見えなくもない。いま思えば彼女のセンスに救われたことになるのだけど・・・もう少し目だけは素面っぽく描いてくれてもよかったのになぁ~。

   
   
   
   
    

  

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2012年10月10日 (水)

水平線までの距離感 (北の街へ 3/3 )

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離島に渡る事を思い立って4週間後、僕はこのデッキの上で 360°の潮風に吹かれていた。
船に乗る事すら何年ぶりだろうか、10年、いやそれ以上かもしれない。四方を山に囲まれた内陸部で生活する僕にとって、やはり洋上という場所は解放感あふれた非日常的な光景だ。盆地という場所に暮らしていると周囲360度には山が見える事は当り前だし、その峠こそが県境だという、ここだけの常識がこびり付いてきていたのに気が付いた。 

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いままで様々な場所で幾度も水平線を見てきたけれど、こんなに長い時間ずっと一人で眺めているのはきっと初めての事だろう。
この海とそらを分割している一本の線を見ていてふと思いだした事があった。それは遠い昔、学校で測量学というものを学んでいた時期があったことだ。当時テストに出たのが水平線までの距離を計算せよというものだった。条件として与えられたのは、水際に立った人間の目の高さを1.5m・地球の曲率半径を6,370kmとする・というふたつの数字だけだ。僕は問題用紙の裏に地球に見立てた丸いマンガを書いて、それに数字を書き入れて計算したら、確か答えは≒4.4kmだった。つまり昔ふうに言えばわずか一里とちょっとという距離なのだ。
どうしてこんなに出題問題の条件まで鮮明に覚えているかといえば、その計算の結果に僕すら”えっ!”と思い、検証してみたけれどどうも間違ってはいないようだった。だけど正解とも思えないような少ない数字だな、と思ったことが強く残っていたのだろう。(結局は正解だったのだけど)

このデッキからの視点ですら、僕の目の高さを2階建てに相当する海面から4mとして計算すれば、水平線まではわずか7.1km。歩いても一時間半程で着いてしまう程の距離でしかない。ぐるっと周りを海に囲まれた洋上という場所で、海風に吹かれながら眺めるたった一本の線でしかない水平線こそ、地球という天体(球体)の大きさをイメージできる盆地では見ることすら叶わない光景だった。  

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そんな事を考えているうちに、久しぶりの航海はあっという間に過ぎてしまう。
僕はバスもタクシーもなければコンビニもない、きっと縄文時代からずっと時間の流れ方が違うこの島へと桟橋を降り立った。まだ11時前で通常チェックインにはだいぶ時間があるのだけど、しまを探検したいので荷物だけ預かってもらう事を予約の時にお願いしていたのだった。
電話にて ”むげさ行がなくても、すぐ前だからさぁ、これるのぉ~?” というあったかい庄内弁で案内されていたので、特に迷うこともなく鞄からちいさな手土産を取り出すと、玄関の引き戸を開けた。
茶の間兼のたぶん帳場にいたのは僕の母親の年代とおぼしき女将さんだった。手短に挨拶をすませて荷物の置き場を訊ねると、奥から女中さんが出てきて二階の一番奥の部屋に案内される。そこでお茶とお菓子と宿帳をだされて随分と早い、事実上のチェックインとなってしまった。
出がけに女将さんから、すぐ目の前にある観光客用の無料レンタサイクルと、その日の昼メシを食べる事になった”しまCafé”の事も教わった。
  

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< 渚の鐘 >
山形県酒田市

   
ここは日本の渚百選に選ばれたという遠く、荒崎を望む西海岸線だ。
生活圏のある東海岸とは違ってここには海沿いの道路などは存在しない。300~600mに一か所左手の高台からまっすぐに海岸に通じる、人が通れる程度の道(僕にしてみれば登山道)しかない。これは本当にこの島の人達が手つかずの自然を今まで守り通してきた証しであり、全島キャンプ禁止というスタンスにもそれがうかがえる。

ちょうどこの景色を一望できる高台に”鐘”は据えられていた。
それを鳴らすと幸せになれるという鐘だった。誰もいない海岸を眺めながら一度だけ鳴らしてみる。その音色はとても・とても・澄んだもので、その残響は誰にでもある心の奥の乾いた部分に、生理食塩水のような穏やかな浸透圧でゆっくりと滲み込んでくるような気がした。
  

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< Let's launch time >
山形県酒田市

  
水平線を見ながら考えていたのだけど、ここでの昼メシは僕を運んでくれた船が再び港を出港する13:30分以降にと決めていた。
8月末までは一日3航海だった連絡船も9月から1航海だけになっていて、この船が出港してしまえば急病などの緊急時を除き、明日の同時刻まで本土(本州)へ戻る術はなくなる。

しまの東海岸を一望できる蛭子前岬で僕をここへ運んでくれた船を見送ると、発着所の右手にある”しまCafé”へとペダルも軽やかに急いだ。
そうなのだ・・・ペダルも軽いのは理由があった。なにせ僕の気持ちを一番掴んでいたのは、しま一周探検に出かける時に見かけた 
『しまで唯一生ビールの飲める店』という、ちっちゃな看板だったのかもしれない。

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これで明日の連絡船が着くまであいだ、完全なる27時間限定のビジター島民となった僕の昼メシは、いかのにんにく焼きと生ビールでスタートした。メニューにはもっきりスタイルにて供される日本酒というのが4種類ほどあって、一瞬こころがクラッとしたけれどこれからのスケジュールが台無しなるのもなぁ~・・・と結局は思いとどまった。(・・・とどまれた。というのが正解なのかも知れないけれど)

実はここ10年ほどの間でイカやタコ、貝類などの軟骨類が大好きになってしまい、なかでも(2/3)で記したのだけど、透明なイカや、口の中で吸盤との格闘を愉しむ活タコ、ルビー色の肝が添えられたサザエなどはいつしか、板さんにあまり手間を掛けさせたくないという大義名分のもと、最初から2人前を注文しなければ腰を落ち着けてゆっくりと飲めない程の好物になっていた。

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2杯目のビールをオーダーする時にできるだけのんびり作ってもらうように頼んでおいたカレーが運ばれてきた。
それはつい90分前に畑を通りかかって偶然目にした看板に書いてあった、特産のごと芋もちゃんとのっけてある特別仕様の”しまカレー”だ。 

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実際に訪れるまでは地図でおおかたイメージしていたのだけど、長さが約2キロ 幅が約700メートル程のこのしまは、極端に言えばオーストラリアのエアーズロックのような地形で上部は平たんでごと芋畑などが広がるのだけど、その両端のアプローチは自転車ではやはりけっこうキツいものがあった。夕方まで僕は子供のように夢中になってしま中を探険したけれど、さすがにシーズンも過ぎた日曜日。お昼近くに北側で2人とすれ違ちがっただけで、船の出港する時間をすぎてからはだれとも遭うことはなかった。


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< 西海岸・東海岸 >
山形県酒田市

  
くたくたになって旅館に辿りついた僕を迎えてくれたのは、皆からおかあさんと呼ばれている女将さんの笑顔とあたたかい庄内弁だ。
今朝もそうだったのだけど、頭に被った手ぬぐいがなんともチャーミングというか、ステキなおかあさんなのだ。その日の夕飯はあり得ないくらいに海の幸が並んだのは言うまでもない。一日中ずっとこんなに新鮮なイカとサザエを堪能出来た日は、いままでになかったような気がする。
一番ビックリしたのは僕が電話でしつこくイカとかサザエと言っていたからだろうか、メインという位置づけではなくてさりげなく御膳の隅の方においてあった、僕の手のひらほどもある大きな白アワビの造りだ。やはりこの感覚は実際にこの場所を訪れなければ知り得る事のないものばかりなのだった。

帰り際におかあさんが台風シーズンと12月から4月頃までは仕事がある人は来ない方がいいと、土産の干しいかを手渡してくれながら言っていた。理由を訊いてみるとやはり動きが読めない台風と真冬の季節風で海が荒れる事だった。海が荒れて10日間も船が止まる事も珍しくなく、しまの学校に赴任している学校の先生も年末に帰る事が出来ずに、ここで歳を重ねるケースが結構あるそうだ。

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そういえば帰りの船で思い出した事があった。
今年の1月の季節風の吹きすさぶ中で眺めた、真冬の日本海の荒れ様はものすごかったことを・・・・・

冬のうみ (2/3)        2012/01 冬の日本海にて 

  
  
  
  
   
   
  
     

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2012年10月 1日 (月)

月の見えない十五夜の夜に、酔っぱらっておもふ事

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今年はあいにく台風の影響で実際には観ることは叶わなかった。
でも運良く台風一過となった限られた地方の人達や、国際線の機上の人々、宇宙ステーションの”希望”に乗り組んでいる星出氏も、きっと日本人だからこそわかる素晴らしい十五夜を観賞できた事だろう。

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僕なりの感覚では満月を愉しむには、周囲の空に明るさがまだ残る、東の空に昇ったばかりの月が一番美しい気がする。
しばらく時間が経って高度と明るさを増した月は直接見ると、けっこうな眩しさを感じてしまう。昔なにかで読んだのだけれど、平安貴族も観月の宴や舟遊びと称して、杯や揺れる水面に月を映して愉しんでいたようである。これは実に粋な遊びだったのではないだろうか。これならばあまり満月にこだわる必要もないようだ。けれどもその分僕は杯の中身にものすごくこだわりそうだけど。

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十五夜と言えば満月というイメージがあるかもしれないけれども、厳格な満月と重なるのはそうはないことだ。
今夜の十五夜は昨年と2年連続で満月と重なった年だった。暦の月が美しければ満月であろうとどうでも良い事なのだけれど、天文学が好きな僕はいつもこんなことをフト気にしてしまう。それに僕なりには酔っぱらってしまう都合上、明日は休日とか・・・曜日との折り合いも必要なわけで、だから今年の十五夜は期待していたステキな満月なのだった。

昔はWebなどという環境はなかったから、いつもちょうど今頃に来年度の『天文年鑑』という本を購入していた。
それがなければ来年に起こる天文的なショー、(出来事)がさっぱり分からない訳で、前日や当日に新聞・テレビで公表されてもなぁ~と続けていたのだけど、いつしかWebの普及でそれも必要としなくなってしまっていた。けれどもメディアやWebが伝えるニュースという受動的なソースでは間近に迫ったひと月とか、半月先の事で予定が立たない。さりとて”検索”という能動的な情報ソースに切り替えても、例えば”星食”などというそのキーワードが思いつかなければまったく役に立たないのだった。だから今ではあまり見かけなくなった、一年を一目で見渡せる大きなカレンダーのような天文年鑑。最近ではそのWeb版を見つけてそれで一年の大まかなイベントを把握できるのは実にありがたい。
  
  

< bossa nova on G    宮本文昭 >

彼は僕が好きなオーボエ奏者で、かれこれもう20年ほど前から聴いている。
これは多くのご諸兄もご存じのG線上のアリアという名曲で、数多くのアーティストが演奏してる。
なぜかこの月(絵)を眺めていたら
ときどき虫の音とリンクする彼のオーボエが聴きたくなった。

あと少ししてこの水平線から昇るのも、きっと満月にちがいないと思いながら・・・
娘である宮本笑里(えみり)のこれからの成長も実に楽しみだ。

  
  
  
    
   
  
  
  
  

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