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2012年10月10日 (水)

水平線までの距離感 (北の街へ 3/3 )

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離島に渡る事を思い立って4週間後、僕はこのデッキの上で 360°の潮風に吹かれていた。
船に乗る事すら何年ぶりだろうか、10年、いやそれ以上かもしれない。四方を山に囲まれた内陸部で生活する僕にとって、やはり洋上という場所は解放感あふれた非日常的な光景だ。盆地という場所に暮らしていると周囲360度には山が見える事は当り前だし、その峠こそが県境だという、ここだけの常識がこびり付いてきていたのに気が付いた。 

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いままで様々な場所で幾度も水平線を見てきたけれど、こんなに長い時間ずっと一人で眺めているのはきっと初めての事だろう。
この海とそらを分割している一本の線を見ていてふと思いだした事があった。それは遠い昔、学校で測量学というものを学んでいた時期があったことだ。当時テストに出たのが水平線までの距離を計算せよというものだった。条件として与えられたのは、水際に立った人間の目の高さを1.5m・地球の曲率半径を6,370kmとする・というふたつの数字だけだ。僕は問題用紙の裏に地球に見立てた丸いマンガを書いて、それに数字を書き入れて計算したら、確か答えは≒4.4kmだった。つまり昔ふうに言えばわずか一里とちょっとという距離なのだ。
どうしてこんなに出題問題の条件まで鮮明に覚えているかといえば、その計算の結果に僕すら”えっ!”と思い、検証してみたけれどどうも間違ってはいないようだった。だけど正解とも思えないような少ない数字だな、と思ったことが強く残っていたのだろう。(結局は正解だったのだけど)

このデッキからの視点ですら、僕の目の高さを2階建てに相当する海面から4mとして計算すれば、水平線まではわずか7.1km。歩いても一時間半程で着いてしまう程の距離でしかない。ぐるっと周りを海に囲まれた洋上という場所で、海風に吹かれながら眺めるたった一本の線でしかない水平線こそ、地球という天体(球体)の大きさをイメージできる盆地では見ることすら叶わない光景だった。  

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そんな事を考えているうちに、久しぶりの航海はあっという間に過ぎてしまう。
僕はバスもタクシーもなければコンビニもない、きっと縄文時代からずっと時間の流れ方が違うこの島へと桟橋を降り立った。まだ11時前で通常チェックインにはだいぶ時間があるのだけど、しまを探検したいので荷物だけ預かってもらう事を予約の時にお願いしていたのだった。
電話にて ”むげさ行がなくても、すぐ前だからさぁ、これるのぉ~?” というあったかい庄内弁で案内されていたので、特に迷うこともなく鞄からちいさな手土産を取り出すと、玄関の引き戸を開けた。
茶の間兼のたぶん帳場にいたのは僕の母親の年代とおぼしき女将さんだった。手短に挨拶をすませて荷物の置き場を訊ねると、奥から女中さんが出てきて二階の一番奥の部屋に案内される。そこでお茶とお菓子と宿帳をだされて随分と早い、事実上のチェックインとなってしまった。
出がけに女将さんから、すぐ目の前にある観光客用の無料レンタサイクルと、その日の昼メシを食べる事になった”しまCafé”の事も教わった。
  

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< 渚の鐘 >
山形県酒田市

   
ここは日本の渚百選に選ばれたという遠く、荒崎を望む西海岸線だ。
生活圏のある東海岸とは違ってここには海沿いの道路などは存在しない。300~600mに一か所左手の高台からまっすぐに海岸に通じる、人が通れる程度の道(僕にしてみれば登山道)しかない。これは本当にこの島の人達が手つかずの自然を今まで守り通してきた証しであり、全島キャンプ禁止というスタンスにもそれがうかがえる。

ちょうどこの景色を一望できる高台に”鐘”は据えられていた。
それを鳴らすと幸せになれるという鐘だった。誰もいない海岸を眺めながら一度だけ鳴らしてみる。その音色はとても・とても・澄んだもので、その残響は誰にでもある心の奥の乾いた部分に、生理食塩水のような穏やかな浸透圧でゆっくりと滲み込んでくるような気がした。
  

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< Let's launch time >
山形県酒田市

  
水平線を見ながら考えていたのだけど、ここでの昼メシは僕を運んでくれた船が再び港を出港する13:30分以降にと決めていた。
8月末までは一日3航海だった連絡船も9月から1航海だけになっていて、この船が出港してしまえば急病などの緊急時を除き、明日の同時刻まで本土(本州)へ戻る術はなくなる。

しまの東海岸を一望できる蛭子前岬で僕をここへ運んでくれた船を見送ると、発着所の右手にある”しまCafé”へとペダルも軽やかに急いだ。
そうなのだ・・・ペダルも軽いのは理由があった。なにせ僕の気持ちを一番掴んでいたのは、しま一周探検に出かける時に見かけた 
『しまで唯一生ビールの飲める店』という、ちっちゃな看板だったのかもしれない。

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これで明日の連絡船が着くまであいだ、完全なる27時間限定のビジター島民となった僕の昼メシは、いかのにんにく焼きと生ビールでスタートした。メニューにはもっきりスタイルにて供される日本酒というのが4種類ほどあって、一瞬こころがクラッとしたけれどこれからのスケジュールが台無しなるのもなぁ~・・・と結局は思いとどまった。(・・・とどまれた。というのが正解なのかも知れないけれど)

実はここ10年ほどの間でイカやタコ、貝類などの軟骨類が大好きになってしまい、なかでも(2/3)で記したのだけど、透明なイカや、口の中で吸盤との格闘を愉しむ活タコ、ルビー色の肝が添えられたサザエなどはいつしか、板さんにあまり手間を掛けさせたくないという大義名分のもと、最初から2人前を注文しなければ腰を落ち着けてゆっくりと飲めない程の好物になっていた。

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2杯目のビールをオーダーする時にできるだけのんびり作ってもらうように頼んでおいたカレーが運ばれてきた。
それはつい90分前に畑を通りかかって偶然目にした看板に書いてあった、特産のごと芋もちゃんとのっけてある特別仕様の”しまカレー”だ。 

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実際に訪れるまでは地図でおおかたイメージしていたのだけど、長さが約2キロ 幅が約700メートル程のこのしまは、極端に言えばオーストラリアのエアーズロックのような地形で上部は平たんでごと芋畑などが広がるのだけど、その両端のアプローチは自転車ではやはりけっこうキツいものがあった。夕方まで僕は子供のように夢中になってしま中を探険したけれど、さすがにシーズンも過ぎた日曜日。お昼近くに北側で2人とすれ違ちがっただけで、船の出港する時間をすぎてからはだれとも遭うことはなかった。


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< 西海岸・東海岸 >
山形県酒田市

  
くたくたになって旅館に辿りついた僕を迎えてくれたのは、皆からおかあさんと呼ばれている女将さんの笑顔とあたたかい庄内弁だ。
今朝もそうだったのだけど、頭に被った手ぬぐいがなんともチャーミングというか、ステキなおかあさんなのだ。その日の夕飯はあり得ないくらいに海の幸が並んだのは言うまでもない。一日中ずっとこんなに新鮮なイカとサザエを堪能出来た日は、いままでになかったような気がする。
一番ビックリしたのは僕が電話でしつこくイカとかサザエと言っていたからだろうか、メインという位置づけではなくてさりげなく御膳の隅の方においてあった、僕の手のひらほどもある大きな白アワビの造りだ。やはりこの感覚は実際にこの場所を訪れなければ知り得る事のないものばかりなのだった。

帰り際におかあさんが台風シーズンと12月から4月頃までは仕事がある人は来ない方がいいと、土産の干しいかを手渡してくれながら言っていた。理由を訊いてみるとやはり動きが読めない台風と真冬の季節風で海が荒れる事だった。海が荒れて10日間も船が止まる事も珍しくなく、しまの学校に赴任している学校の先生も年末に帰る事が出来ずに、ここで歳を重ねるケースが結構あるそうだ。

***

そういえば帰りの船で思い出した事があった。
今年の1月の季節風の吹きすさぶ中で眺めた、真冬の日本海の荒れ様はものすごかったことを・・・・・

冬のうみ (2/3)        2012/01 冬の日本海にて 

  
  
  
  
   
   
  
     

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