« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »

2012年9月の記事

2012年9月27日 (木)

10㎜というパースペクティブの視界 (北の街へ 2/3 ) 

12090201

最近は一眼レフのカメラを持って出かける事はほとんどなくなっていた。
理由は単純にかさばることだった(それだけでひとつの荷物になってしまう)。もう2年程前になるだろうか、それと同じRAWフォーマットで記録できるコンパクトデジカメを手に入れてからはそんな理由で、ほとんど連れて歩くことがなくなっていた。

僕自身が絵のデータとしてはRAWデータでなければならないと思うようになったのは、その諧調(色彩や明暗の表現幅)の深さからだ。一般的なJPGデータでおのずと256段階しかないのだけど、RAWデータでは実に3840~4100段階ほどの諧調をもっている。これは現像しないと見えないので隠し持っているというのが正解なのだろう。ということはピント以外の一般的に言うほとんどの”失敗作”を救済(以前に失敗作にはならない)できる懐の深さをもっているフォーマットだ。ただそのデータ自体がやたらと大きいのが難点だけど。

今回は気がむいて連れてきてしまった一眼レフと超広角レンズで、久しぶりに覗き見る10㎜というス-パー・パースペクティブの世界。
左端の街区表示板は僕の目の前、わずか30センチの所に掛けてある。
  

***

  
この街を訪れたのはたぶん5年振りくらいだろうか。
そしてこの街に来ると必ず立ち寄るのはこの山居町だった。僕はこの場所が何となく好きで、もう内部の資料館などは見ることはないのだけれど、明治の風を感じながらのんびりと歩いていいるといつの間にか一周してしまう。塀の外の変遷してゆく住宅街の中で、この時の止まった風景が好きだ。


12090202

< いにしえの倉庫&欅と石畳 >
山形県酒田市

  
  
この酒田という街の魅力ってなんだろう? と僕は鉄の馬の手綱を操りながら考えていた。
共通点は同じ山形県であることと、それぞれ端っこ(僕の街は南の端でこの街は北の端)の街であることと、すぐそばに県境を跨いだ高い山(僕の方は吾妻山でここは鳥海山)があることだけぐらいだろうか。

この街は中学校の頃歴史で習った記憶では確か、”戦前における日本最大の地主”と言われた本間家のあった場所で、現在も市内随所にその栄耀栄華の跡を見ることが出来る。
となりの鶴岡市は庄内藩の城下町だったのだけど、ここは城下町ではなく昔からの港湾都市だった。当時庶民に詠まれたという本間家の歌に『本間様には及びもせぬが、せめてなりたやお殿様』というのがあるが、このことを伝え聞いた隣のお殿様の心中いかばかりか。市内各所に点在する本間家に関する名所旧跡。各所に記されているその功績は目を瞠るものばかりで、現在のこの街の礎を築いたのは確かな事だ。

すぐそばの鶴岡市は僕の街と同じ城下町なので、どうやら街の造りが似ているからだろう、街中を彷徨っていてもさほど違う感覚を使う必要はないのだけれど。ここは海運の街というだけあって、海とか運河(河)を優先に道路が造られているからほんの中心部をのぞけば、目的地への方向ベクトルと道路の延長ベクトルがかみ合わない事もけっこうあったりする。太陽の位置や遠くの山容で自分の位置を何とか推測して修正したりと、それでハマるのがカーナビを持たない僕の楽しみだったりするのだった。



12090203

< 遅い昼食・18番テーブル >
山形県酒田市

  
  
以前ここを訪れた時にはこのオープンテラスもこんなレストランもなかった。
入口の案内を見るとランチタイム・ラストオーダー2:00と書いてあって、時計を見るともうほとんど2時と言ってもいい時間だった。よほど空腹感をにじませていたのだろうか、客席から食器を下げてきた女将と思しき人と目があって、”どうぞ”と言ってくれたのだ。
そして僕はテラスの見える18番テーブルで、本日最後のランチの客となった。

僕は内陸育ちのせいか、海の近くに来るといつも新鮮な魚介類に触手が伸びてしまう。
この日チョイスしたのは”地元庄内浜のお造り膳”というものだった。
席に向かう途中で見えた左手のカウンター上のずらっと並んだ酒瓶たち。銘柄を御存じのご諸兄は”おっ!”というのもあるかも知れない。僕は左からの6本を7勺づつ飲めばそれぞれの素性を楽しめるだろう。


12090204

< ランチタイムの拷問 >
山形県酒田市

  
その時はふとそんな事を思っただけだったのだけど、出てきた造りを見て思わずカウンターを振り返ってしまった。
そこには内陸では絶対に食べる事が出来ない透明なイカや、翡翠のように美しい肝が添えられたサザエ、イサキなどのまさに旬が盛りつけられていた。それを目の前にして真剣に考えていたのは、呑んでしまっていっそのこと、この街に一泊してしまおうという事だった。この建物の筋向いや駐車場の斜向かいにはふたつもビジネスホテルがあったし、8時半までに戻るとすればここを5時半に立てば十分に間に合うとか・・・・
こんなふうに出来ない理由を排除していって最後に一つ残ったのは、明朝7時までに友人に頼まれていたものを届ける約束があった事だ。それは友人が仕事で必要としているものであり、明後日という訳にはいかないものだった。

どうやら、うまい酒と肴はおあずけのようだ。
何気に開いたメニューに挟んであったパンフレット。新鮮この上ない魚介類を360度海に囲まれた島で楽しむ、というものでこれこそ僕が翌月、離島へ渡るきっかけとなったものだ。




  

  

  

  

  

|

2012年9月20日 (木)

白無垢 といふ色彩 (一枚だけのポートレート)

12090201

実は僕がこのカップ達と出会ったのは最近のことではない。
オーナーから初めて見せられた時には、この無地のカップ自体よりも淡いグラデーションのかかったソーサーの方に、”ほぉ~”と注意が向いてしまったのを覚えている。そんな事があってから目の前で何度か眺めていると、このデザイナーの意図はこのカップの無地という部分にあるのではないかと思い始めていた。きっとそれがソーサーであればなにも2色である必要はないのだから。
いまどきめずらしい、文様などの装飾すら施されていないシンプルこの上ないものなのだけれど、メタリックをほんの少しだけ含む、ホワイトパールのような質感のリフレクションを僕に返してくる。そんな深い趣のある釉がかけてあったりしていた事に気が付いたのは、それこそつい最近の事だった。

***

いまだに理由は分からないけれど、このカップ達を見ながらいつも心に浮かんでいたのは、法服と白無垢の事だった。
裁判官の公平無私の象徴である、”どんな色にも染まらない”という法廷での気風を表した黒の法服。
それとは対照的な”あなたの色に染まります”という意図の花嫁の白無垢。
法服の黒に対してこれはたぶん、日本特有の”ゆかしい”というあたりの表現から派生した例えで、僕が常々日本女性の原点だと思ってやまない(信じている)部分だったりする。

自分という輝き(美しさ)を失うことなく、ソーサーの色にほんのり染まるこのカップは、僕の記憶に白無垢と大和撫子というtagを括りつけた。

実はマスターにも笑われたのだけど、これは実に3度目の正直の上に切り取れた絵だった。

   
  
   
   
   
   
   
  
   
  

|

2012年9月 8日 (土)

午後の教会 (北の街へ 1/3 ) 

12090101

僕はクリスチャンではないのだけれど、教会という所は好きな場所の一つだ。
教会に関わらず神社仏閣などは、常に時間があればのぞいてみたい場所にリストされている。さりとて僕は何らかの宗教を信仰しているという訳ではないし、それじゃ無神論者かと言えばそんなにも極端な事ではないようだ。それが証拠に僕の家にはちゃんと仏壇があって、父親も含めて先祖の写真も飾ってある。毎日ではないけれども線香を灯したら、鐘と木魚を適宜に鳴らしてちゃんとお参りをしたりする。だけどもそれは、正直に告白すると盆と正月の年二回だけの事なのだけど。それに四半世紀近く前まで、仏教というものには宗派があることと、自分の家の宗派さえ知らなかったのだ。だから僕はさしずめ限りなく無宗教者に近い仏教徒といったところだろうか。
  

***

そんないい加減な僕がそこを訪れた時にいつも注意を払うのは、建物の構造とか色彩だ。また礼拝や参拝に使う道具なども意味を理解して見るとさらに興味深いのだろう。それに経典や祝詞、讃美歌や聖典といったスピリットや、袈裟や祭服にいたるまでそれぞれが持つ意味や云われなどは分からなくても、想像もできないほど長い時間をかけて紡がれてきた、人間の精神を超えた存在が形となっているから(僕が軽々しく言えることではないのだけど)、どれにしても完成された、意味のある美しさがあるような気がしてならない。



12090102

< 栞紐の記憶 >
山形県鶴岡市

  
  
この教会は書斎から鉄の馬で2時間と少し。
重文に指定されているけれど、普通にミサが行われていて日常的に誰でも自由に見学できる。となりの併設された幼稚園だろうか、子供たちの遊ぶ声が時折聞こえる。この静かな聖堂でボンヤリと佇む静かな時間の中で、ゆっくりと音もなく心の鎧が剥がれおちるようなこの感覚が好きだ。
教会や神社仏閣という場所はほぼ無宗教の僕にすら、そこに身を置くだけできっと神仏は誰の心にでも存在するのかも知れないという、気持ちにさせてくれる不思議な場所だ。その神仏が僕に与え給もうたのは、意地を張る根拠すらも見失いそうになる、ゆったりと流れる時間だった。
  
  
  
12090103

< 初秋の水辺 >
山形県鶴岡市

  
  
内陸育ちの僕はやはりここまで来ると潮の香りが恋しくて、卵から孵ったばかりのウミガメのように海岸線をめざす。平日の水辺はさすがに人影もまばらで、真夏とは明らかに光の強度を弱めた耀く海があった。
   
   
   

9月・・・
開放的でめくるめく行動の季節は過ぎ去り
これからは澄んだ空気の中で
人にとっての ”想う季節” の始まりである

 
< 善良なる管理人 >
 

< セプテンバー・ソング   ウィリー・ネルソン >

   
  
   
   
   
   
  

 

|

« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »