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2012年9月27日 (木)

10㎜というパースペクティブの視界 (北の街へ 2/3 ) 

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最近は一眼レフのカメラを持って出かける事はほとんどなくなっていた。
理由は単純にかさばることだった(それだけでひとつの荷物になってしまう)。もう2年程前になるだろうか、それと同じRAWフォーマットで記録できるコンパクトデジカメを手に入れてからはそんな理由で、ほとんど連れて歩くことがなくなっていた。

僕自身が絵のデータとしてはRAWデータでなければならないと思うようになったのは、その諧調(色彩や明暗の表現幅)の深さからだ。一般的なJPGデータでおのずと256段階しかないのだけど、RAWデータでは実に3840~4100段階ほどの諧調をもっている。これは現像しないと見えないので隠し持っているというのが正解なのだろう。ということはピント以外の一般的に言うほとんどの”失敗作”を救済(以前に失敗作にはならない)できる懐の深さをもっているフォーマットだ。ただそのデータ自体がやたらと大きいのが難点だけど。

今回は気がむいて連れてきてしまった一眼レフと超広角レンズで、久しぶりに覗き見る10㎜というス-パー・パースペクティブの世界。
左端の街区表示板は僕の目の前、わずか30センチの所に掛けてある。
  

***

  
この街を訪れたのはたぶん5年振りくらいだろうか。
そしてこの街に来ると必ず立ち寄るのはこの山居町だった。僕はこの場所が何となく好きで、もう内部の資料館などは見ることはないのだけれど、明治の風を感じながらのんびりと歩いていいるといつの間にか一周してしまう。塀の外の変遷してゆく住宅街の中で、この時の止まった風景が好きだ。


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< いにしえの倉庫&欅と石畳 >
山形県酒田市

  
  
この酒田という街の魅力ってなんだろう? と僕は鉄の馬の手綱を操りながら考えていた。
共通点は同じ山形県であることと、それぞれ端っこ(僕の街は南の端でこの街は北の端)の街であることと、すぐそばに県境を跨いだ高い山(僕の方は吾妻山でここは鳥海山)があることだけぐらいだろうか。

この街は中学校の頃歴史で習った記憶では確か、”戦前における日本最大の地主”と言われた本間家のあった場所で、現在も市内随所にその栄耀栄華の跡を見ることが出来る。
となりの鶴岡市は庄内藩の城下町だったのだけど、ここは城下町ではなく昔からの港湾都市だった。当時庶民に詠まれたという本間家の歌に『本間様には及びもせぬが、せめてなりたやお殿様』というのがあるが、このことを伝え聞いた隣のお殿様の心中いかばかりか。市内各所に点在する本間家に関する名所旧跡。各所に記されているその功績は目を瞠るものばかりで、現在のこの街の礎を築いたのは確かな事だ。

すぐそばの鶴岡市は僕の街と同じ城下町なので、どうやら街の造りが似ているからだろう、街中を彷徨っていてもさほど違う感覚を使う必要はないのだけれど。ここは海運の街というだけあって、海とか運河(河)を優先に道路が造られているからほんの中心部をのぞけば、目的地への方向ベクトルと道路の延長ベクトルがかみ合わない事もけっこうあったりする。太陽の位置や遠くの山容で自分の位置を何とか推測して修正したりと、それでハマるのがカーナビを持たない僕の楽しみだったりするのだった。



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< 遅い昼食・18番テーブル >
山形県酒田市

  
  
以前ここを訪れた時にはこのオープンテラスもこんなレストランもなかった。
入口の案内を見るとランチタイム・ラストオーダー2:00と書いてあって、時計を見るともうほとんど2時と言ってもいい時間だった。よほど空腹感をにじませていたのだろうか、客席から食器を下げてきた女将と思しき人と目があって、”どうぞ”と言ってくれたのだ。
そして僕はテラスの見える18番テーブルで、本日最後のランチの客となった。

僕は内陸育ちのせいか、海の近くに来るといつも新鮮な魚介類に触手が伸びてしまう。
この日チョイスしたのは”地元庄内浜のお造り膳”というものだった。
席に向かう途中で見えた左手のカウンター上のずらっと並んだ酒瓶たち。銘柄を御存じのご諸兄は”おっ!”というのもあるかも知れない。僕は左からの6本を7勺づつ飲めばそれぞれの素性を楽しめるだろう。


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< ランチタイムの拷問 >
山形県酒田市

  
その時はふとそんな事を思っただけだったのだけど、出てきた造りを見て思わずカウンターを振り返ってしまった。
そこには内陸では絶対に食べる事が出来ない透明なイカや、翡翠のように美しい肝が添えられたサザエ、イサキなどのまさに旬が盛りつけられていた。それを目の前にして真剣に考えていたのは、呑んでしまっていっそのこと、この街に一泊してしまおうという事だった。この建物の筋向いや駐車場の斜向かいにはふたつもビジネスホテルがあったし、8時半までに戻るとすればここを5時半に立てば十分に間に合うとか・・・・
こんなふうに出来ない理由を排除していって最後に一つ残ったのは、明朝7時までに友人に頼まれていたものを届ける約束があった事だ。それは友人が仕事で必要としているものであり、明後日という訳にはいかないものだった。

どうやら、うまい酒と肴はおあずけのようだ。
何気に開いたメニューに挟んであったパンフレット。新鮮この上ない魚介類を360度海に囲まれた島で楽しむ、というものでこれこそ僕が翌月、離島へ渡るきっかけとなったものだ。




  

  

  

  

  

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